ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2017.5.31 採血後ハーセプチン181回目(3.3倍量1回目)、ジェムザール(5割減量)7クール1回目

2017-05-31 22:23:30 | 治療日記
 昨夜はもし元気だったら、母の病院帰りに3週間ぶりにSさんの瞑想ヨーガのクラスに行こうと思っていたけれど、とんでもなかった。夫からはいつも自分の体力のなんたるかを分かっていない馬鹿なやつだと呆れられている。さもありなん。
 早めにベッドに入ったが寝苦しく、部屋の空調の温度設定が上手くいかず、疲れているのに夜中2回も目が覚めてしまった。

 今朝、夫にモーニングLINEしてから、熱めの浴槽足湯を済ませる。昨日ほど日差し燦燦のお天気ではないが、湿度が高くバテそうな暑さだ。治療後の悪心に備えて食べ過ぎないよう朝食を済ませ、チェックアウトして病院へ向かった。

 IDカードを通して採血受付機へ。ピンクの番号札を見ると15人近く待っており、8分待ちとあった。荷物を整理しながら一息ついていると、10分ほどで採血室へ入れた。
 今日はマーカーを含みフルチェックなので4本。初めてお目にかかるSさんという女性だ。

 ここのところ毎回のように採血しているせいか、右腕の変色した太い血管を見て、「皆がここを使うのね、大事にしないとね。」と言われる。使える血管を潰してしまって苦労されている患者さんが沢山いるようだ。抜く時「痺れていませんか。」と訊かれたが、痺れはないけれど頻繁に刺すことで血管が硬くなっているのか、痛かった。

 止血しながら腫瘍内科受付に移動。まだ早いので、待合椅子はいつもの定位置を確保。電子書籍で読書を開始。kindle版で1000頁近く(単行本では420頁弱)あったのに面白くて、手が止まらず、一気に読み終えてしまった。明日以降に、と言うとまた書かずじまいになりそうなので、一言だけ。

 昨年の8月発刊の単行本で、まだ文庫化されていない。Kさんの電子本棚のおかげでとてもラッキーな出会いだった。塩田武士さんの「罪の声」(講談社)だ。私にとっては初めての作家さんで、31年前のグリコ・森永事件をフィクションにしたミステリーだが、どこまでが事実でどこからが創作なのか分からない話に引き込まれた。

 最近、息子のおかげか、関西地方の土地勘がある程度ついたせいもあって、舞台をリアルに思い浮かべることが出来たのも引き込まれた原因かも。読み終わってちょっと脱力してしまった。うーん、紙の文庫だけ、と自分の世界を狭めないで、ポチっとすれば1分後に読めます、の電子書籍を購入するのもありかもしれない。

 小1時間ほど経って、本を置く時間がもったいないと思いながらも、そろそろ掲示板に番号が出るのではないかと血圧測定へ。92-68、脈拍は81。上と下の差があまりない。20分ほどして中待合に入れ、さらに20分ほどして先生がお顔を出された。

 「さて、2週間、大丈夫でしたか?」と問われ、「期せずして2週間休薬でしたので、体調良く過ごせました。痛みも1度ロキソニンも朝昼と飲んだだけですみました。」とお答えする。「ただ、ジェムザールを始めて以来、口の中があまり調子がよくないのです。」と言うと、「口内炎ですか」と。
 「それもありますが、4年前の夏、上顎の口蓋隆起部分の腐骨が自然脱落したのを口腔外科で診て頂きましたが、今回も残った反対側の口蓋隆起部分に口内炎が出来、腫れて真ん中が白くなっており、もしや同じ状況では、と心配です。今は腫れが大分収まってきて、明らかに骨が露出しているという状況ではないようですが、次回からランマークも4週に1度になりますし、来月地元のクリニックで3か月に1度の検診もありますが、出来れば次回のランマーク注射前に口腔外科で診て頂きたいのですが」とお話する。

 先生は電子カルテを確認され、診てもらうのは悪くないので、次回2週間後に先に口腔外科に紹介診察を入れ、その後こちらにしましょう」と言ってくださる。良かった。羹に懲りて、の老婆心で結果オーライならノープロブレムだ。安心してランマークを続けることが出来る。もし顎骨壊死ということでも、いずれにせよ処置は地元クリニックでは叶わないのだから、早めに繋いでおいて頂いたほうがこれからスムーズに治療が出来るだろう。

 採血の結果、白血球は4,000、好中球が1,600。予定通り治療が出来ますね、とのこと。他の数値では相変わらず血糖値は低い(66)が、低血糖の症状が出ていないようなので大丈夫でしょうとのこと。次回は久しぶりにレントゲンも撮って、採血では白血球のみ測りましょうとなった。

 気になるマーカー値は「(こういう動きになるのは)よくわからないのですが」とPCを見ると、若干下がっていた。今年になってジェムザール開始後、少しずつ下がってきていたが、先月グイっと上がっている。長い目でならせば下降傾向だが、ちょっと不思議な形のグラフになっている。とはいえ2か月連続で上がっているわけではないからよしとしよう。細かい数値にあまり神経質になることはなさそうだ。

 ジェムザールは、予定通り今回から5割減量で隔週に。ハーセプチンは3倍量の1割増し。内服薬は4週間に1度にしてくださった。薬局が混むので毎回立ち寄って薬を受け取るよりずっと有難い。吐き気止めは、今回もナウゼリンとノバミンの両方を倍の10日分処方して頂き、痺れ止めに4週間分の漢方2種と、低カルシウム血症対策のデノタスチュアブル、ロキソニンの処方。診察室での検温は6度8分。ご挨拶をして診察室を後にした。

 化学療法室へ移動。待ち時間にいつものように夫やお友達に報告LINEやメールを打つ。Sさんから、お母様の手術が無事終わって良かったですね、と連絡がある。ご自身も大変なのに気にかけていただき、有難い。今日はすんなり5分ほどでMさんから声がかかって、久しぶりに外側のリクライニング椅子に案内された。その後、20分ほどで待ってMさんが針刺しに見える。ちょっと緊張したが、ちょっと痛い程度で済み、「大丈夫でしたよ」と言った。

 薬が届くのに30分ほど待つ。ふと見ると、今までロングヘアだったKrさんがバッサリショートヘアになっている。訊けば小児のウィッグ用に30㎝以上伸ばす必要があり、ようやく伸びたので寄付されたそうだ。「せっかくここ(化学療法室)にいるので、そのくらいはしたいと思っていて」と仰っていた。立派なことである。

 今日から1割増量のハーセプチン、デキサート(ステロイド)とアロキシ(吐き気止めのセロトニン拮抗薬)の混合、5割減量のジェムザール、生理食塩水の4本だ。Kwさんが点滴を始めてくださり、ハーセプチンから開始。Okさんが様子を見に来られたので、「4か月かけて半分量の隔週になりましたよ」と苦笑いすると、「よく戦ったよね。〇〇さんの生活を見ていると、減らしても確実に続けられた方がいいから、ようやく落ち着くところに落ち着いたという感じだね」と仰る。
 まあ戦ったといっても減らして減らして半分の量で隔週だから、なんとも情けないことだが。マイペースで、細く長くしぶとく、である。

 ハーセプチンに1時間15分、吐き気止めは20分。この頃からロールカーテン1枚隔てた後ろ側の席からの、メガトン級の鼾の音に悩まされる。読書しながらかなり気になる。耳栓を持って来れば良かった、トホホな状況だ。それにしてもお疲れなのか、羨ましいほどの爆睡だ。看護師さんたちも苦笑い。ジェムザールの30分強と最後の生理食塩水の15分ほどの間、なんとか耐えて読書を続けた。

 始まって2時間半弱で終了。抜針はKwさん。それほど衝撃がなく、ラッキー。血圧は117-80、脈拍は63。私にしてはちょっと高めか。
 看護師さんたちにご挨拶して化学療法室を後にする。
 計算時間を見計らって自動支払機へ移動。IDカードを通し採血と点滴、3割負担で5万円弱をカードで支払う。

 外に出ると少し雲が出ているが、蒸し暑い。薬局に入ると、待合椅子はいつもながら混んでいる。今日は順番を追い越されることなく30分ほどの待ち時間で済んだ。さすがに4週間分の薬なので、袋がより一層大きくなった。2,500円弱を現金払い。

 病院と薬局の滞在時間は6時間半近く。気持ち悪さがまだそれほど酷く出ていないので、駅ビルのレストラン街に。ワンパターンだけれど酸っぱくて喉越しよくつるんと入る冷麺にした。電車で席も確保し、ひたすら読書を継続。ようやく飲み終わって乗換駅に。お弁当を調達し大荷物だったので最寄り駅からはタクシーで帰宅。

 帰宅後は最低限の片づけをしてリビングで横になる。夫が帰ってきた時も寝込んでいた。食欲はすっかりなくなっている。巻物のお寿司を半分だけ食べて後は夫に助けてもらう。怠くて眠い。何もする気が起きない。

 明日は幸いにも都心横断会議にはあたっていない。
 入院中の母は気になるが、今日明日は行けないからと了解してもらっている。夫が明日仕事帰りに様子を見に行ってくれるとのこと。かたじけなくも有難いことだ。お風呂に入って少しでも早く休みたい。

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2017.5.30 母の手術無事終了

2017-05-30 21:36:14 | 日記
 昨夜は早めに休んだが、なかなか寝付かれず。明け方一度お手洗いに起きてとろりとしたら目覚ましが鳴った。いいお天気だ。気温は30℃を超えるという。
 
 いつもどおり夫にモーニングLINEをし、浴槽足湯を済ませてから朝食へ。焼きたてのデニッシュと野菜ジュースで目覚める。バスに乗ろうかと思ったものの、月末だし、遅れるのが怖かったのでタクシーに乗り込む。見ればバス停は長蛇の列で混雑している。バス通りは渋滞で、すぐに裏道を入ってくれたが、バイパスも混んでいて、運転手さんいわくいつもより大分時間がかかってしまいましたとのことだった。

 約束の時間より10分前に病室に入ると、ルート確保のための点滴につながれた母が横になっていた。すっかり病人然としている。眠れなくて睡眠剤を出してもらったそうだ。
 今朝は絶食だが、昨日は昼も夜もきちんと食べられたそう。ほどなくして今日の担当の看護師Tさんが目薬を差しに来てくださる。

 30分近くとりとめもない話をしているとお迎えが。弾力ストッキングを履き、上半身だけ手術着に着替え、帽子を被って車椅子に乗せられていざ手術室へ出発だ。
 小さくて痩せっぽちの母は、若くて元気に満ち溢れている看護師さんの隣でますます小さく消え入りそうに見える。エレベーターで3階に降りると、もうそこが手術室の入り口。入室から15分ほどで手術開始、1時間半ほどで終了という。「それでは頑張ってね」と手を振って、向かいの家族待合室に入った。

 拝借している電子書籍で昨日のエッセイに続いて、今日は警察小説を読ませて頂いた。こんなに薄くて軽いのに数千冊も入っているなんて。死ぬまでに到底読みきれないではないか。扱いも大分慣れて、必要以上に毛嫌いしていたかも、とちょっと反省。

 母が手術室に消えてからあっという間に1時間半ほど経つ。すでに何人かの方が、先生からお話が、とか終わりました、とか言われて席を立っている。あと15分だと思っていると、「終わりました」と呼ばれる。早かった。
 母は左目に大きなガーゼをして車椅子に座っている。再び看護師さんとともにエレベーターで部屋まで上がる。「早かったね」と言うと、自分でもちゃんと時間がわかっている。先生からのお話は特にないようで、要は問題なく手術が終了した模様だ。

 ベッドに戻って術着をパジャマに着替え、体温、血圧、酸素量の測定。どれも問題なし。ルート確保していた点滴も抜いてもらい、ずいぶんすっきりする。これから入院中はずっとうつ伏せの姿勢ということで、それがなかなか辛いのだそうだ。ドーナツ状の枕を持ってきてくださり、体勢を取るが、これがなかなかうまくいかず、早くも顎を出している模様。

 一時間は安静ということと、最初のお手洗いに立つ時には看護師さんをお呼びするようにということで、ナースコールを押させて頂く。それでも私が見る限り、前回の直腸がんの手術の時とはまったく異なり(全身麻酔でもないので)片目でちょっとよろついているけれど、意識はしっかりしているし、まあ心配なさそうである。曲がりなりにも眼球を3箇所切開したわけだから、かなり痛むのかと訊いても、ちょっとチクチクする程度だという。人間の身体というのは凄いものだ。
 
 小一時間して昼食が届いた。フルーツもたっぷりついた普通食だ。朝抜きだったせいか、お腹がすいたようでちょっと多くて残すかもしれないと言いながらも時間をかけて完食した。隣で見ていてびっくりだ。まあしっかり食べて予定通り退院したいということなのだろうけれど。入院中は、食事やお手洗い以外は基本うつ伏せでいなければならないが、既に慣れない姿勢で腰やら膝やらあちこちが痛いようだった。

 夕方、先生の回診が何時になるかわからないということだったし(母の手術の後も、ひっきりなしに手術が続き、隣のベッドの方も午後の手術が控えているようだった。)、私もすることもなく、もう大丈夫と言われて病室を後にした。

 明日は私の通院日。当初は自宅に戻って夫と夕食を済ませてから、通院先に近いホテルに向かう予定だったが、暑さ疲れと病院疲れで、ホテルに直行させてもらうことにした。
 滞りなく治療が出来るように、昨日今日の疲れを持ち越さないように今晩は早めに休みたい。
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2017.5.29 母の入院と電子書籍デビュー

2017-05-29 22:15:22 | 日記
 明日、大学病院で硝子体手術を受ける母が予定通り入院した。
 いつもどおり夫を送り出し、母に忘れ物チェックや火の始末、戸締りなどをしっかりと、と電話を入れる。その後、念の為警備会社に母が入院するため1週間不在にします、という電話を入れてから病院へ向った。

 私鉄とJRを乗り継ぎ、さらにバスに揺られること20分。電車に乗っている正味時間はそれほど長くないが、2回の乗り換えというとどうしてもドアツードアで1時間半近くかかる。それでも予定していたより1台ずつ早い電車とバスに乗れて、約束した時間の20分以上前に病院に到着した。あまり早すぎるのも、とコンビニでお茶を購入して時間調整。待ち合わせ場所に行くと、母もタクシーがスイスイと裏道を通ってくれて、丁度着いたところだとのこと。手続きが直ぐ出来るというので、そのまま入院手続き室へ移動した。

 必要書類を提出し確認して頂いた後、差額ベッドの手続き書類に代理署名するとそれで終了。8階の病室へ向かうようにとのご指示。今回の入院中、毎日洗濯物を取りに来ることが叶わないので、パジャマやタオルも病院でお借りすることにしたので、母の荷物も最小限だ。

 ナースステーションにお声をかけると、すぐに病室に案内される。半独立の4人部屋。明るく全てのベッドサイドに窓があり、外が良く見える。1年半ほど前に直腸がんで入院した病院の個室よりもいいわね、というのが母の弁。収納箇所も機能的にできており、さすがに新しい病院である。もろもろ荷物を整理していると、ほどなくして今日の担当看護師Sさんがいらして、今回の入院生活の説明や点眼薬のこと、明日の手術までの流れやその後の過ごし方などの説明があった。名前が書かれたリストバンドをするともうすっかり入院患者の体だが、まだパジャマ姿になっていないので、ベッドにちょこんと座っているとなんだか借りてきた猫のようだ。

 身の回り品で必要なものを再びコンビニまで買いに行き、同じ階にあるデイルームなどを一緒に見学。昼食から提供されるそうだが、私は午後から仕事なので、それを見届けることなく病院を後にした。明日は朝一番の手術。先日、手術室入室の1時間前には付き添いとして部屋で待つようにと言われていたが、30分前で良いですよとのこと、少しほっとした。朝の30分は大きい。それでも夫よりかなり早く家を出なければならないので、既に前泊の手配はしてある。

 病院を出て職場に向かう途中の駅ナカで軽食を済ませ、仕事へ。大車輪で色々片付け、会議に2つ続けて出ること3時間。結局残業になって夫と殆ど同時の帰宅。
 明日の支度があるだろうから、と夫が夕食当番を引き受けてくれた。かたじけない。ぱぱっと食べた後、明朝に備えて病院行きのバス停に近いホテルを目指した。

 母には水分補給して、ちゃんと食事をして、よく眠るようにと言ったが、何分気が小さいのでどうしているものやら。それでも、明朝のみ絶食だが昼からは食事も提供される。眼帯をしてうつぶせで過ごさないといけないけれど、術後最初のお手洗いには看護師さんが付き添うものの、それ以外は自力歩行が可能とのこと。お腹を切る手術とはやはり違うようだ。

 標題のもうひとつのこと。
 夫が、我が家は妻の本で溢れているとこぼしたところ(かくいう夫も紙の本専門なのだが)、夫のお友達が試しにどうぞ、と電子書籍を貸してくださった。
 アナログ昭和人間の私はこれまでやっぱり本は紙でないと、と硬く信じて疑わなかったのだけれど、今回期せずして2連泊(母の手術付添い前泊と自分の通院前泊)になってしまったので荷物は多いし・・と思い切って紙の本を置いて、軽い電子書籍なるものをお供にした。

 そのお友達お勧めのエッセイを読み始めたが、思ったより違和感はない。これは便利かも、というのが素直な感想だ。もちろん今後紙の本を一切読まず、全て電子化しようとは思わないけれど、これも選択肢の一つだな、と有難く拝借している。
 本当に凄い世の中になったものだ。55歳、遅ればせながらの電子書籍デビューである。


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2017.5.28 執着を手放すこと~死ぬときにはじめて気づく人生で大切なこと33~

2017-05-28 21:22:44 | 読書
 ブログを愛読している緩和医療医の大津秀一先生が新刊を出されたことを知り、早速購入、拝読した。一気読みするのはもったいない、と思いつつも、とても読みやすく、頁を繰る手が止まらなかった。

 「終末期がん患者2000人に寄り添った医師が知る 死ぬときにはじめて気づく人生で大切なこと33」(幻冬舎)である。
 以前、先生のベストセラー「死ぬときに後悔すること25」を拝読した時にもこのブログで紹介させて頂いたことがある
 帯にはこの“「死ぬときに後悔すること25」の著者がたどりついた本当に幸せな生き方。縛られていたものを捨てたとき、悲しみや切なさは消え、執着から解放される。”とある。

 今年の初め、瞑想ヨーガのインストラクターSさんから、今年は色々なものを上手に手放せるタイミングであると聞いた。不思議なことに、これまで何故か拘って手放せずにいたものを、割とすんなり解放することが出来ている。そして、とても楽に自由に、何よりとても生きやすくなっている。
 そんなわけで、この帯の惹句にも素直に頷かされた。

 「はじめに」で、先生が書かれている通り“気がつけば、私たちは様々なものにがんじがらめになって生きています。やらねばならない日々の仕事や家事、勉強や、下さなければならない判断、それを前にして悩むことなどにも多くの時間を費やしています。誰かや何かを失うことがあります。それは、生きていると頻繁に訪れます。けれども、縛られていたものを手放さざるを得なくなったとき、悲しみや切なさと同時に、過剰な執着や執心から解き放たれて、「自由になった」と感じることはないでしょうか。どこからか、自由を始めてみませんか”と。
 
 社会編で13、思考編で12、人間関係編で8つのエピソードが収められており、あわせて33である。新刊なので細かな内容に触れるのは控えるが、どれも、進行したがん患者さんたちの様々な尊い魂の叫びや気づきに満ち溢れている。

 ヨーガの智慧でもあることを、「おわりに」で先生が書かれていたのが印象的だ。
“自らの心が、実は心身を縛ってしまっているだけのことなのかもしれません。手を放してみれば、楽になるのに、自由になるのに。それを知っているはずなのに、それでも私たちはなかなか手放すことが出来ません。(略)33人の先輩たちは、自由になることを考えにくい状況から、少しだけでも自由になってみることを後に続く私たちに伝えました。彼らはそのことの大切さに気付いたのです。”と。

 自分を不幸だと思い込んでしまうのも自分だし、自分を幸せに出来るのは自分だけ。まさに自分を解き放てるのは自分だけなのである。
 だからこそ、遺された時間がごくごく短くなってからではなく、今から少しでも手放せるものを手放して自由になっておきたい、と強く思わされる1冊だった。

 明日は母の入院に付き添った後に仕事へ、そして明後日は手術の付き添いで1日休暇、水曜日は自分自身の通院日でまたしても休暇。ということで来週はドタバタと慌ただしくなりそうである。
 体調管理をしっかりしつつ、出来るだけ上手に色々なことを手放しながら、1週間を乗り切りたい。
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2017.5.24 もしや、再び顎骨壊死?!

2017-05-24 21:02:00 | 日記
 先日、“地味に辛いのは・・・”という記事で口内炎のことを書いた。
 その後口の中が大分落ち着いて、ようやく美味しく食事が頂けて嬉しいと思ったのも束の間、数日前からまた上顎にひとつポツンと口内炎が出来ている感じ。とにかく飲物を飲んでも沁みるし、食べ物を摂れば必ず当たるので痛いし、不愉快なことこの上ない。自分でもライトや鏡で確認し、夫にも見てもらったら「赤く腫れているよ」とのこと。

 ふと、思い出したくない記憶が頭をよぎる。そうである。4年前の夏のこと、上顎左側の口蓋隆起部分の骨が分離して自然脱落したことがあった。結果、口蓋隆起で出っ張っていた部分の皮膚が平らになり、随分楽になったけれど、当時はあわや顎骨壊死かと大騒ぎしたのである。

 あの時は何分初めてのことだったし、顎骨壊死は殆どの場合下顎に起きるとばかり思い込んでいて、上顎に口蓋隆起があれば、そこにも頻発するという知識がなかったので、口内炎だと思っていた白いポツンが姿を変えて、突然骨が露出した時には本当にびっくりして落ち込んだ。

 今回は残る右側の口蓋隆起の真ん中部分に白いポツンである。どうも4年前と状況が似ている。そもそも顎骨壊死の副作用を持つゾメタやランマークの投与歴が合計9年にもなるし、10年来、3ヶ月に1度の歯科検診は続けているものの、今年になってからはジェムザールも開始したわけで、もはや相乗副作用で何が起こっても不思議はないのである。

 今は急性期で、周りが赤く腫れて真ん中が白いポツンだから、このまま腫れが退いて骨が露出するかどうかはわからないけれど、とにかく気になってすぐ舌がその部分を確認に行ってしまう。トホホである。

 いずれにせよ、前回のように上手いこと腐骨部分が分離して自然排出されて、鬱陶しい口蓋隆起部分が平らになってしまえばこれはもうWin-Winなのだけれど、そうではなく、顎骨壊死となれば、当面ランマークは中止になるだろうし、抗がん剤治療のジェムザールもストップがかかるかもしれない。

 今はこのポツンがただの口内炎で、自然治癒かまたは腐骨であるにせよ、前回同様の自然排出を祈りつつ、来月予約している3ヵ月に1度の歯科検診を待たずに、来週水曜日の通院日に早速相談の上、口腔外科の受診をお願いしようと思っている。

 ところで、月曜日の夜、夫の帰宅と前後して大きなスーツケースを初めとした冬物の洗濯物が一杯詰まった宅配便3個が届いた。それに加えて夫が持ち帰ったスーツケースも洗濯物満載のおまけつきである。
 当日夜2回、昨夜も2回、普段の洗濯に加えて洗濯機をフル回転させているが、ベランダに干すにも限りがあるので、いまだスーツケースの冬物は処理しきれない。
 夜遅くに洗濯機を回しながら、息子が家を出て3年あまり、すっかり夫婦2人の洗濯物の量に慣れてしまったことに改めて気付かされる夜である。

 さて、昨日届いた今月2回目のお花のこと。年に1度、この時期だけのお楽しみ、プレミアムなピンクの芍薬が4本、白とクリームのアルストロメリアが1本ずつ、美しいブルーのデルフィニウムが2本。花言葉はそれぞれ「はにかみ」、「凛々しさ」、「清明」だそうだ。涼やかなガラスの花瓶に投げ入れたらあっという間に薄い花びらが見事に開いてとてもゴージャス。上品な香りに癒されている。

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