JR直営の印刷場名は国鉄時代の印刷場名を使用します。
10年以上前に御紹介した券も再度御紹介しようかと思います。
古紙蒐集雑記帖
長野電鉄の特別補充券
本日、水浜軌道様のブログ「海辺のきっぷ館」とリンクを張らせて戴きました。今後もたくさんの「きっぷ系」ブログを参考に、いろいろな情報を収集していきたいと思います。よろしくお願いいたします。
(4-タ)様のブログ「(4-タ)」10月27日エントリーの「特別補充券の種類」の記事にて、特別補充券の種類についての解説があります。
特別補充券類は、硬券収集が盛んであった頃、きっぷコレクターの中では地味な存在でしたが、JR各社や大手・中小私鉄の乗車券類の機械化が進むうち、「希少性」「保存性」の面からでしょうか、今や人気のコレクションアイテムになってきているようです。しかし、あくまでも非常用である特別補充券類は、各社局の判断により必ずしも趣味発行をしていただけるというものではなく、また、一部心無い者の行動により、鉄道事業者の業務に支障が出てくる事態が発生し、趣味発行不可という事態に陥っているのが現状です。お互いにきっぷコレクターとして、鉄道事業者には迷惑をかけないように充分こころがけて趣味の世界を楽しみたいものです。
さて、今回御紹介するのは、長野電鉄の某駅にあった特別補充券(出補)です。
なんの変哲もないように見えますが、これがまた特徴あるものでした。とにかく、裏を見てみましょう。
(1)のグリーン料金とA寝台料金に通行税が含まれている制度は平成元年3月31日までですが、(2)の「東京電環」は正確には「東京電車環状線内」といい、昭和47年9月1日に「東京山手線内」改定されています。驚くのは次の(3)です。
「キロ程が片道30キロメートル以内の区間…」という制度は昭和41年3月5日から昭和44年11月14日までの制度で、翌11月15日には「片道50キロメートル以内…」に改定されています。ということは、この券は昭和44年以前に作成されたものであり、また、等級制が廃止されたのが昭和44年5月10日ですから、実に37年以上もの間残っていたことになります。
大変薄いですが、地紋を拡大して良く見てみると、
国鉄地紋が使われており、国鉄が私鉄乗車券の印刷を受注していたころのものであることが推測されます。
この券は恐らく今も存在していると思いますが、特補はベテランの駅員氏でないと記入の仕方がわからない為あまり売りたくないとのことでしたので、駅名は伏せさせていただきます。
この記事は(4-タ)様の「(4-タ)」10月27日エントリー、「特別補充券の種類」にトラックバックさせていただきました。