先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

アイヌ文化と植物の関わり紹介 解説や資料、標本など展示 美幌博物館で10月21日まで /北海道

2018-07-26 | アイヌ民族関連
毎日新聞2018年7月25日 地方版
 アイヌ文化から見た身近な植物の生態を学ぶ特別展が、21日から美幌町の美幌博物館で始まった。アイヌの人々の食生活や装飾などの生活と植物との関わりを、解説パネルや植物標本などで紹介している。
 「アイヌ文化に活(い)きる植物」と題する28回目の特別展。ゴザが、なぜガマの葉で編まれたのかをひもといたり、オオウバユリからのデンプンの作り方を映像で解説。たばこを吸うキセルに使った、くり抜きやすいノリウツギ、祈りに活用されたエゾヤナギなどアイヌの暮らしに深い関わりのある植物の姿を紹介している。
 博物館のある地名の由来になったエゾノウワミズザクラや、フクジュソウを春にイトウが遡上(そじょう)することから「チライ(イトウ)ムン(草)」と呼んだエピソードも交え約70点の資料を展示している。
 別海町から来た女性(40)は、「身近な植物を料理に使っているので、アイヌ文化は興味深い」と熱心に観賞していた。特別展のみの観覧は無料。10月21日まで。【本多竹志】
https://mainichi.jp/articles/20180725/ddl/k01/040/065000c

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田中優子の江戸から見ると 「晩活」

2018-07-26 | アイヌ民族関連
毎日新聞2018年7月25日 東京夕刊
 前回「晩節」について書いたが、これからは高齢者が活躍する「晩活」も大事だ。江戸時代には「隠居」という生き方があった。井原西鶴は商人だったが30代で俳諧の宗匠となり、隠居して40代から多くの小説を書いた。松尾芭蕉は江戸で町名主の町代を務めていたが、やはり30代で隠遁(いんとん)し全国を旅しながら俳諧師として生きた。歌川広重は武家をついでいたが、20代後半で家督を譲り隠居して浮世絵師となった。年齢に関係なく、家督を譲ることで隠居となる。秩序の「隠」にまわった多くの人たちが活躍し、江戸文化を築いたのである。
 むろん高齢隠居もいた。伊能忠敬は10代で下総国佐原村の伊能家の婿養子となって家業を立て直し、資産を…
この記事は有料記事です。
残り484文字(全文788文字)
https://mainichi.jp/articles/20180725/dde/012/070/012000c

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北海道)北海道命名の松浦武四郎がつなぐ縁 三重と連携

2018-07-26 | アイヌ民族関連
朝日新聞 018年7月26日03時00分
 北海道の名付け親として知られる三重県出身の探検家、松浦武四郎(1818~88)にちなみ、北海道と三重県が25日、観光客を相互に誘致する取り組みを始めると発表した。
 ちょうど今年は北海道命名150年目、武四郎生誕200年にあたる。産業分野ではすでに連携しているが、観光分野にも広げる。北海道と三重県がともに連携協定を結ぶANAホールディングスも加わり、北海道発、三重県発の旅行ツアーを企画するほか、機内誌で双方の魅力をPRして観光振興につなげる。
 26日~27日に札幌市で開かれる全国知事会議に合わせて道庁を訪問した鈴木英敬・三重県知事は、伊勢名物の赤福などに道産の小豆が使われていることに触れ、「たくさんの縁があると知ってもらい、道民、県民がお互いに足を運ぶようにしたい」、高橋はるみ北海道知事は「来年、再来年とさらに連携が進むように努力したい」と述べた。
 武四郎は江戸末期から明治にかけて「蝦夷」と呼ばれた北海道を探検し、1869年に「北加伊道」などの名前を明治政府に提案した。アイヌ語の「カイ」(ここに生まれた人)の意味を込めたとされる。(長崎潤一郎)
https://www.asahi.com/articles/ASL7T4DQVL7TIIPE00M.html

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浜田青陵賞に関根達人氏 考古学的な分析手法を評価

2018-07-26 | アイヌ民族関連
朝日新聞 2018年7月25日16時33分
 考古学とその関連分野の優れた研究者に贈られる第31回浜田青陵(せいりょう)賞(大阪府岸和田市、朝日新聞社主催)の受賞者に、弘前大学人文社会科学部教授の関根達人(たつひと)さん(52)が選ばれ、25日、発表された。授賞式と記念シンポジウムは9月23日、岸和田市立文化会館で開かれる。
 関根さんは埼玉県生まれ。東北大大学院で考古学を専攻し、2001年に弘前大に着任。前近代のアイヌの歴史と文化について北海道・樺太(サハリン)・千島の広範な地域と、日本や中国、ロシアとの交流から解明を試みた。また、江戸時代の墓石や石碑に着目し、紙の文書に記されなかった歴史を明らかにするなど、考古学的な手法で新たな中近世史を構築したことが評価された。
https://www.asahi.com/articles/ASL7L7R3GL7LPLZU00V.html

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訪日客、地方に呼び込め 釧路で3市長「サミット」

2018-07-26 | アイヌ民族関連
北海道新聞 07/25 21:42
 【釧路】訪日外国人を地方に呼び込む国の観光立国ショーケース事業のモデル都市による「3都市首長サミット」が25日、釧路市で開かれ、蝦名大也・釧路市長、山野之義・金沢市長、田上富久・長崎市長が取り組みや課題を語った。
 「地域が稼ぐ仕組みづくり」をテーマにパネル討論。蝦名市長は釧路市阿寒町の阿寒湖畔で計画している、夜の森を映像や光で演出する体験型デジタルアート事業に触れ「アイヌ文化や手付かずの自然など、ここでしか味わえないものを充実させていく」と話した。(小野聡子)
残り:153文字/全文:380文字
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/212266

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探検家の「武四郎」縁で観光PR 北海道と三重県協力

2018-07-26 | アイヌ民族関連
北海道新聞07/25 14:09
 高橋はるみ知事と三重県の鈴木英敬知事は25日、道庁で記者会見し観光PRで連携していくと発表した。「北海道の名付け親」とされる三重県出身の探検家松浦武四郎(1818~88年)の生誕200年と、北海道が今年、命名から150年目の節目を記念。
 全日空とも協力し、両道県でそれぞれ観光情報を発信するほか、武四郎をテーマにした企画展などに取り組む。
 会見では、高橋知事が「大変に意義深く、この試みを来年、再来年と続けていきたい」と期待を表明。鈴木知事は「道民と県民につながりを知ってもらい、実際に足を運ぶ機運につながるよう努力したい」と強調した。
 武四郎はアイヌ民族と協力して蝦夷地と呼ばれた幕末期の北海道を探査。自然や人々の暮らしぶりを克明に記録した。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/212108

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台湾先住民と歌声響かせ 白老で500人を魅了 /北海道

2018-07-26 | アイヌ民族関連
毎日新聞2018年7月25日 地方版
 2020年の「民族共生象徴空間」の開設に向け、多文化共生のまちづくりを進める白老町で23日、台湾の先住民と町民らによる合唱コンサートがあり、澄み渡る歌声が約500人の観衆を魅了した。
 町民組織「みんなの心つなげる巨大パッチワークの会」の主催。2014年から台湾と文化交流を続ける白老日台親善協会が、台湾原声童声合唱団(馬彼得団長、89人)に参加を呼びかけた。
 同合唱団は、台湾南投県玉山の8~15歳の先住民族で構成。08年に創立後、11年の第2回香港国際青少年合唱コンクールで金賞を受賞し、14年から東京やヨーロッパ、米国、中国で公演するなど幅広く活躍している。
 コンサートは、アイヌ民族文化財団の職員のムックリの演奏で始まり、合唱団が4カ国言で「アメイジング・グレイス」などを披露。特別出演した歌手の一青窈さんが「ハナミズキ」などを熱唱した。最後に一青窈さんと合唱団、町高齢者大学コーラスクラブが合同で「花は咲く」を歌うと、場内は歓声に包まれた。
 合唱団は、小樽市(25日)や札幌市(29日)でも公演する。【福島英博】
http://mainichi.jp/articles/20180725/ddl/k01/040/053000c

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一青窈さんをゲストに 台湾原声童声合唱団コンサート-白老

2018-07-26 | アイヌ民族関連
苫小牧民報2018/7/25配信

最後に合唱団、一青窈さん(中央)、高齢者大学コーラス部が合唱
 台湾原声童声合唱団コンサートin白老(みんなの心つなげる「巨大パッチワーク」の会主催)が23日、白老コミュニティセンターで開かれた。同合唱団の子どもたちが美しい歌声を披露したほか、スペシャルゲストの一青窈さんと白老町高齢者大学コーラスクラブのメンバーを交えて「花は咲く」を合唱し、白老と台湾の文化交流を図った。
 同合唱団は、台湾南投県の玉山の集落で暮らす原住民の子どもたちで10年前に設立。純粋な歌声は、聴衆たちを感動させ、世界的にも高い評価を得ている。
 白老入りしたのは、合唱団の子どもたち54人と大人36人。アイヌ民族文化財団によるムックリ演奏やウポポ、古式舞踊で幕開け。合唱団の子どもたちは、ブヌン語で「拍手の歌」「Pislhai猟祭り(狩りのお祈りの歌)」など、ブヌン族に伝わる曲目を合唱したほか、高齢者大学コーラスクラブのメンバーとともに日本語で「ふるさと」を披露した。
 第2部では、一青窈さんが「ハナミズキ」など3曲を披露したほか、合唱コラボレーションとして出演者全員で「花は咲く」を合唱し会場を盛り上げた。
 コンサートは、白老日台親善協会が昨年、台湾を訪問した際に合唱団の訪問依頼を受けたことがきっかけで、同合唱団の来日に合わせて実現。コンサート前には白老小学校の児童たちと歌による交流なども行われた。
https://www.tomamin.co.jp/news/area2/14310/

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『辺境を歩いた人々』 宮本常一著

2018-07-26 | アイヌ民族関連
読売新聞 2018年07月25日 05時20分
 未開の蝦夷えぞ地を6度探検、アイヌの地名や暮らしを今に伝え、北海道の命名者になった松浦武四郎をはじめ、江戸後期から明治に至る“旅する巨人”を活写する。
 とにかく歩く。搾取に苦しむ奄美の島民に慕われた笹森儀助は、40代後半から旅に出、南の島の熱病マラリア、毒蛇も恐れず、「あぶないところでもいかなきゃわからん」と足を延ばした。みちのくを踏査した菅江真澄は還暦を過ぎても調査し、旅を人生の友とした彼らは定年という言葉を知らなかった。好奇心、海外の脅威から国土を守る気概、困った人を救う……動機は様々だが、歩く、聞く、書くを人生の習慣にした彼らは、足で稼ぐ記者の先駆者である。
 北方探検の近藤重蔵の子に生まれた近藤富蔵は、人を殺あやめて八丈島に流刑になったが、境遇にめげず、井伏鱒二が「青ヶ島大概記」の種本にした膨大な「八丈実記」をまとめた。
 日本全国をくまなく歩き、民間伝承を記録した民俗学者宮本常一(1907~81年)は本書を書き、4人を忘れられない日本人にした。(河出文庫、760円)(鵜)
https://www.yomiuri.co.jp/life/book/column/pocket/20180718-OYT8T50008.html

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武四郎と地方創生紐解く サイネックスが松阪市に100冊寄贈 三重

2018-07-26 | アイヌ民族関連
伊勢新聞 2018-07-25
【松阪】全国で行政情報誌を発行している「サイネックス」(大阪市)の村田吉優社長は24日、松阪市役所で竹上真人市長に自身が監修した書籍「歴史で紐(ひも)解く地方創生 全国を踏破した超人 松浦武四郎」を百冊寄贈した。北海道の名付け親として知られる同市出身の松浦武四郎の生誕200年と、同市で創業した同社の創立65周年を記念した取り組み。
同書は歴史思想研究家の近藤静雄氏が執筆。同社で印刷し、創生社(東京都千代田区)から発行した。A5判、167ページ、税別1500円。
村田社長は「調べれば調べるほどものすごくスケールの大きな人物。アイヌが住んでいるところが日本の領土と考え、アイヌと交流を深めながらぐるっと回って国境を定めた。それほどの人が松阪から生まれ、誇り」とあいさつ。
近藤氏は「民間の人が非常に元気な松阪から武四郎が生まれた。アイヌ由来の地名を刻んだのが武四郎の優れた業績。晩年の活動も面白く魅力を感じる。人生そのものがさんぜんと輝く作品だった。つくづくもう少し知られたらと思う」と述べた。
竹上市長は「今年は生誕200年と北海道命名150年がいみじくも重なり、NHKでのドラマ化など注目されている。生誕200年事業に向け北海道アイヌ協会を訪ねた時、理事長から武四郎の業績への謝意を伝えられ忘れられない」と感謝。図書館や学校、公民館で活用したいと述べた。
http://www.isenp.co.jp/2018/07/25/20794/

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「全国知事会議」前に… 高橋知事と三重県の鈴木知事 北海道博物館視察(動画)

2018-07-26 | アイヌ民族関連
UHB 7/25(水) 19:40配信
 7月26日から札幌市で始まる全国知事会議を前に、高橋はるみ知事と三重県の鈴木英敬知事が北海道博物館を視察しました。
 野呂有里記者:「北海道に縁の深い松浦武四郎の話題を通じ、2人の知事の会話も弾んでいます」
 三重県は、"北海道の名付け親"と呼ばれる松浦武四郎の生まれ故郷です。
 松浦武四郎の歩みをたどる特別展を訪れた両知事は、武四郎が記した詳細な北海道の地図をはじめ、アイヌ民族に由来する品や書物などに見入っていました。
 北海道 高橋はるみ知事:「現代のわれわれが協力することも約束した。交流の拡大を目指したい」
 三重県 鈴木英敬知事:「次世代の交流を深めたい」
 全国知事会議は26日から2日間の日程で開かれ、大阪府北部地震や西日本豪雨などの対応などについて話し合います。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180725-00000009-hokkaibunv-hok

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アメリカ人がインディアンジュエリーをつけない理由|映画『ウインド・リバー』

2018-07-26 | 先住民族関連
女子SPA!2018.07.25 此花さくや

 80年代後半から90年代前半にブームになったアメカジや渋カジ。ネイティブアメリカンアクセサリーの高級ブランドであるゴローズを身につけるのは当時の若者の憧れでした。一時のブームは去ったものの、インディアンジュエリーの根強いファンはいまだに一定量います。
 とはいえ、アメリカでは、アメリカ先住民が住む地域の人々やヒッピー風の人々以外、インディアンジュエリーを纏う人はほぼいません。それはなぜなのでしょう? 90年代の映画や7月27日(金)に公開されるサスペンス映画『ウインド・リバー』に、その答えが隠れているような気がします。
スピリチュアルか、悪役か。映画で描かれるアメリカ先住民
 第二次世界大戦前のハリウッド映画において、ゲイリー・クーパーやジョン・ウェインの西部劇に登場するアメリカ先住民は、白人女性や子供の安全を脅かす存在として描かれてきました。
 しかし、戦争が終わり、1960年代の公民権運動が盛んになるとアメリカ先住民を悪者に仕立てることはタブーに。そこで、台頭してきたのが、スピリチュアルな存在としてのアメリカ先住民。確かに、アメリカ先住民の文化は多様性に富み、部族が住む土地が生み出した自然観、宇宙観、創造神話や霊魂世界に基づいた土着の宗教がありました。
 こういったスピリチュアルな部分を切り取って、アメリカ先住民をロマンティックな存在として描写する映画が、90年代に登場しました。北軍の軍人がスー族の一員となるケビン・コスナー監督/主演作『ダンス・ウィズ・ウルブス』(1990年)や、先住民のモヒカン族に育てられた白人が最後のモヒカン族になるダニエル・デイ=ルイス主演『ラスト・オブ・モヒカン』(1992年)に代表されます。
 そして、映画『ポカホンタス』(1995年)は先住民の娘ポカホンタスとイギリス船のキャプテン、ジョン・スミスの恋を描いたディズニー映画。異人種間の恋愛を描いた初のディズニー映画という点では画期的ですが、ポカホンタスがいとも簡単に白人と恋に落ち、先住民の戦士だけが死んでしまうことなど、白人に都合よく描かれているようにも見られます。
 ちなみに、ポカホンタスはイギリスに渡り、イギリス人と結婚して社交界で活躍した実在の先住民女性ですが、ジョン・スミスとの恋愛は脚色されたものだそう。
ロマンと差別の対象であるアメリカ先住民
 10年ほどアメリカに住んでいた筆者は、アメリカ先住民と直接知り合う機会はありませんでしたが、ミドルクラスの白人から先住民に対する相反する思いを聞いたことがあります。
 ひとつはロマンティックな思い。筆者が大学生のときに、アイビーリーグ(ハーバード大学をはじめとするアメリカの名門私立大学8校の総称)の学生の友人が数人いました。彼らが好んで話題にしていたのが、授業で教えるアメリカの歴史がいかに間違っているかという話。アメリカ先住民のほうが本当のアメリカ人なのに、彼らの歴史が教科書に載っていないのはおかしいというのです。
 いわゆるリベラルな知識階級の学生たちでしたが、自分たちには分からない“非西洋”の文化を理解しようとするあまり、非西洋文化を必要以上にロマンティックに捉える傾向がありました。例えばパーティーで、チベットのお経のビデオを皆で神妙な面持ちで鑑賞し、「なんてビューティフルでスピリチュアルなんだ!」と感嘆したり……。
 もうひとつは、人種差別。ある白人の同級生は先住民の保留地の近くで育ったことから、「インディアン居住地に住むと年金をもらえるから、あえて働かない怠け者が多いのよ、インディアンって。確かに白人が彼らにしたことは最低だけど、200年以上も経っているんだからもうカンベンしてよね」などと言っていました。
 あくまで筆者の主観ですが、映画に登場する“高貴でスピリチュアルなインディアン”や“悪いインディアン”といったステレオタイプには、先住民に対する白人の奇妙な憧れや人種差別が投影されているのかもしれません。
アメリカ先住民の“いま”と向き合う映画『ウインド・リバー』
 7月27日(金)に公開される『ウインド・リバー』は、これまでのアメリカ先住民を扱った映画とは一線を画しており、“いま”の先住民が陥っている問題に焦点をあてています。
 ワイオミング州の先住民の保留地ウインド・リバーを舞台に、先住民の少女ナタリー(ケルシー・アスビル)が殺された事件を、野生生物局の白人ハンター、コリー・ランバート(ジェレミー・レナー)と、FBIの新米女性捜査官ジェーン・バナー(エリザベス・オルセン)が追っていくサスペンスです。
 手に汗握るスリリングなストーリー展開も見ものですが、まず、深い雪に閉ざされた山岳地帯に保留地があることに驚きます。事実、1790年から1834年まで、先住民たちを保留地に強制移住させる法律がありました。たとえ平原に住む狩猟民族であっても、狩猟に向かない地へと追いやられ、不毛な土地で無理やり農業に従事させられたのです。
 そのうえ、先住民が受け取るはずの年金や食料はその多くが保留地監督官などによって横領されていたため、先住民はいつも飢えていたのだとか。保留地に先住民を閉じ込めて徐々に伝統をなくさせて、白人化していくのが目的でした。
 現代の保留地にも産業がないことから、多くの先住民が年金を捨て保留地を出て、アメリカ社会に溶け込もうとしているのだとか。一方、保留地に残った人々は僅かな年金をもらい貧困にあえいでいます。
 本作に登場する少女ナタリーの父マーティン(ギル・バーミンガム)は娘の死を悼むために、自己流で部族の儀式らしいものを行いますが、そのやり方が分からないと自嘲気味に語ります。この場面には保留地に住む先住民がアメリカ人化してしまった様子が浮き彫りにされています。
 また、ナタリーの兄を含め保留地の若者たちが将来を切り開こうとする気力もないまま、ドラッグやアルコールに溺れている痛々しい状況も映し出されています。先住民をロマンティックに描くわけでも、悪役として描くわけでもなく、保留地の”いま“と真摯に向き合った本作。凍てつく雪の風景の美しさと戦慄の殺人事件が絶妙に溶け合い、最後までスクリーンから目が離せないおすすめの傑作サスペンスです。
 インディアンジュエリーが白人に人気がないのはなぜなのか。自分たちの先祖が殺戮し、不毛の地へと追いやった先住民のアイデンティティを、軽々しくファッションにはできないーーそんな風に彼らは無意識に感じているのかもしれません。
https://joshi-spa.jp/865219

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0.7%の言葉 知っていますか

2018-07-26 | アイヌ民族関連
NHK 7月24日 17時50分

東京・渋谷のスクランブル交差点。外国人も多くさまざまな言語が飛び交うこの場所に立つ女子大学生は、少数民族・アイヌです。週に1回北海道に通い、ラジオのアイヌ語講座の講師を務めています。北海道がこのほど行った調査では、アイヌの人たちでアイヌ語で会話ができる人はわずか0.7%しかいないことがわかりました。東京オリンピックを、さまざまな価値観をわかり合える社会へのきっかけにしたい。今回はアイヌの言葉を見つめます。(ネットワーク報道部記者 郡義之、室蘭放送局記者 横山寛生)
長老だけど話せない その理由
まず取材に訪れたのが、札幌から約80キロの平取町。アイヌ文化の伝承活動が盛んな地域で、川奈野一信さん(83)に会いました。
力強い声が印象的でアイヌ文化をよく知る長老、アイヌ語で「エカシ」と呼ばれる存在です。
「若いころは、近所のおばあさんたちがアイヌ語で話すのをよく聞いていた。だから、アイヌ語を聞けば、ある程度意味がわかるよ」
私は期待を込めてアイヌ語を詳しく教えてもらおうと、話を聞いて驚きました。
「アイヌ語は話せないんだ」
エカシは、その理由をゆっくりと説明してくれました。
明治に入って進められたアイヌの伝統や文化を否定する同化政策。学校や職場はおろか、家庭での会話も日本語でした。 エカシは「アイヌ語はもう終わりだ」と思い、進んで学ぼうとはしなかったのです。
北海道が去年行った調査では、1万3000人以上いるとされるアイヌの人たちで、アイヌ語で「会話ができる」と答えたのはわずか0.7%。消滅の危機にひんしている言語の一つです。
ピㇼカオッカイポ!(いい男だねえ)
もう1人、話を聞いたのが平取町の山あいの集落に住む木幡サチ子さん(90)です。
アイヌの血を引くおばあさんはアイヌでは「フチ」といいます。
「ヒナㇰワエエㇰ?(どこからきたの)」
「ピㇼカオッカイポ!(いい男だねえ)」
取材を始めるとわき水のごとくアイヌ語が出てきて、メモを取るのが追いつかないほど。年齢を感じさせない元気なフチです。九州生まれの私(横山)も、生きたアイヌ語を前に胸が熱くなりました。
習って覚えた
木幡さんのアイヌ語も、親から伝えられたものではありません。幼いころにはすでに日常会話が日本語で行われる環境で、働き始めても教養としてアイヌ語を習うには忙しすぎたと言います。
木幡さんがアイヌ語を学んだのは60代になってから。民族の言葉をもう一度学びたいと、アイヌ初の国会議員として活動した故・萱野茂さんのアイヌ語教室で学んだのでした。
今では、数少ないアイヌ語を話せる人たちが集まった時に、アイヌ語での会話を楽しんでいます。上達の秘訣は、言葉を交わせる環境があることだと言います。
独自の文字もたない言葉
アイヌ語は、日本語とは根本的に異なる独立した言語です。
単語をみても、男性「オッカヨ」、村は「コタン」、山は「ヌプリ」などと、日本語からは意味が想像できません。
最大の特徴は独自の文字がないこと。親から子へと受け継がれてきた「音」の言語です。
今でこそカタカナなどほかの言語の文字を使い、録音も残されていますが、記録されなかった語彙が失われていることも想像に難くありません。
とっておきのユカㇻ
「あんまり外ではやらないんだけど」
そういって、木幡さんが披露してくれたのが、「ユカㇻ」というアイヌ民族に伝わる叙事詩。物語を通じて神や自然と、人間との関わり方などを教えてくれるものです。
木幡さんは祖母が子守歌代わりに歌っていたユカㇻ「ヌタㇷ゚カタ」を語りました。
抑揚のある伸びやかな節回し、よどみなく流れ続ける言葉の響きに、私はカメラを握りしめて聞き入ってしまいました。
アイヌ語の未来 エカシとフチの願い
木幡さんは今、地元でアイヌ語の講師を務めていますが、体力の限界からやめたいと思うこともあると話します。それでも「一人でも多くアイヌ語を覚えて、伝えていってほしい」との思いで続けているそうです。
「エカシ」の川奈野さんも、アイヌ語教室の運営メンバーを務めながら、自身もアイヌ語を学び直す日々を送っています。
「すぐには覚えられないけど、ここで終わらせるわけにはいかない」(川奈野さん)
かっこいい言葉
平取町から約800キロ離れた東京。ここにアイヌ語を今に伝えようとする若者がいます。
渋谷のスクランブル交差点に立っていたアイヌの女性、関根摩耶さん(18)。慶応大学に通う1年生です。彼女は今、神奈川県藤沢市に暮らしながら、北海道に通い民放ラジオで週1回放送されるアイヌ語講座の講師を務めています。
またアイヌの言葉を広めようと、日高地方を走る路線バスの車内で流されているアイヌ語のアナウンスも彼女の声です。
「アイヌ語に多くの人に触れてもらって、かっこいい言葉だと思ってもらいたいんです」(関根さん)
自分を変えた出来事
平取町の出身の関根さんは、兵庫県出身の父とアイヌの母の間に生まれました。アイヌ語を大切にする両親に育てられ、自宅では毎日、アイヌ語のCDが流れていました。
「雪を見れば、アイヌ語で雪を意味するウパシという単語が思い浮かぶ、そんな子でした」(関根さん)
しかし、思春期を迎えると、アイヌ語と距離を置きたいと感じるようになりました。イヤホンで音楽を聴きながら、アイヌ語を遮断する日々。アイヌが過去に受けた差別など負のイメージが、そうさせたのかもしれないと言います。
そんな関根さんを変えたのが、高校生の時、研修で訪れたアメリカ・ハワイで出会った1人の男性でした。男性はハワイの先住民族出身で、関根さんがアイヌだと知ると、男性は「あなたは、アイヌ民族であることに誇りを持ちなさい」と笑顔で語りかけてくれました。
聞けば終戦直後、アメリカ空軍の技術者として日本を訪れた際、日本人が冷ややかな態度で接するのに対し、唯一、丁寧なもてなしを受けたのが、アイヌの人たちだったというのです。このひと言で関根さんは変わりました。
ケラ・アン!
関根さんはふだんの会話でも、自分の出自やアイヌ語などを織り交ぜながら話すと言います。そのかいもあって周りでは最近、アイヌ文化がちょっとしたブームです。
大学の食堂でも、ご飯を食べた友人が「ケラ・アン!(おいしい)」とひと言。同級生の男子学生は、アイヌをテーマに小説を書き始めたといいます。
2020へのメッセージ イランカラㇷ゚テ
北海道白老町では今、アイヌ文化を伝える拠点「民族共生象徴空間」の整備が進められています。
完成は東京オリンピック・パラリンピックと同じ2020年。ここにはアイヌ文化を紹介する博物館や慰霊施設などが設けられ、虐げられてきた民族の文化を世界に紹介することになっています。
関根さんには好きなアイヌ語があります。
「イランカラㇷ゚テ」
日本語で「こんにちは」という意味です。
「この言葉を直訳すると、『あなたの心にそっと触れさせてください』という意味になります。人の優しさ、温かさを感じるんです。争いなく、ともに生きていく姿勢や、ものを大事にする気持ち。こうしたアイヌの精神は、これからの日本に必ず必要なんです。私は東京オリンピックをきっかけに、そのことを多くの人に伝えていきたいです」
そしてこう語ってくれました。
「アイヌは『人間』という意味です。私は1人の人間として、アイヌ語も日本語も共生できる社会を作りたいです。必ずできると信じています」
https://www3.nhk.or.jp/news/special/mirai/tokushu/2018_0724.html

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