昨日、マンションの館内放送で、管理組合からと、男性の声で、放送がありました。
リビングに設置してあり、そこから管理事務所への連絡や、外のインターフォンからのテレビ電話や、いろいろがつながっている「ホームコントローラー」というシステムなので、リビングの近くにいないと聞き取れないのです。
ですから「ピンポン」と鳴っても、聞き漏らしてしまうことがあるので、ベッドルームの入り口にも、インターフォンの電話をつけています。
でも「ホームコントローラー」ではないので、外部からの「ピンポン」という音と、その人としゃべることはできますが、館内放送は聞けません。
なので、朝、あった放送は、何か音がする、くらいにしか思っていなかったのですが、夕方4時過ぎ。
サロンにいたので、よく聞こえました。
何年前かは、よくわからなかったのですが、昨日、8月24日、夕方の4時何分。と、正確に分まで行っていましたが、それも聞き漏らしました。
このマンションで、火災がありました。
え、今日だったの?
それで慌ててリビングに行って、館内放送を聞きました。
「日本で初めての高層マンションの24階からの火災。煙などを吸われた方はいらしたと思いますが、その部屋120平米、一部屋は燃えてしまいましたが、他に延焼は、まったくありませんでした。しかし復旧には半年かかりました。あの時のことを教訓に、火災には気をつけて生活していきたいものです」
と、そんな感じの放送でした。
火災以来、初めて聞いた、住民への呼びかけの放送でした。
とにかく、大火災だったのに、上の家も下の家も、両隣さんも、まったく影響を受けず、その夜から普通に暮らしていると、翌日のワイドショーもトップニュース。
マンションを建設した清水建設の株も、ものすごく高騰したらしいです。
あの日のことは、拙作『超高層マンション、暮らしてみれば』(講談社)に詳細に書いてありますので、ご興味のある方は図書館ででもどうぞ。
とにかく、日本で初めての梯子車も届かない、24階での火災。
夜7時のNHKニュースでもトップ。
翌日の新聞も、一面トップで火災写真とともに載っていました。
日本中に知れ渡ったニュースで、火災のあった、その夜。
某出版社の社長から、ご心配くださるお電話が。
翌日には、編集者の方が二人、拙宅に、駆けつけてくださいました。
数日後には、総理が火災現場をみにきたというニュースも、テレビで流れていました。
新しい管理会社は、こんな形で、火災のことを、もうすっかり忘れかけていた私たちに、その同日の朝と、夕暮れの同時刻に告知してくれたんだと、昨日の夕暮れは、あの夏の日を思い出し、ちょっと、うるっとしました。