MJHA(日本を再び健康な国に)〜東洋医学の実践的理論研究~

MJHA(日本を再び健康な国に)という志で、食・運動(姿勢)・休息(睡眠)に関わる問題等を論理的に説きます。

解剖と生理の学び〜東洋医学と鍼灸理論の学びの二重の困難性〜

2017-05-02 08:00:24 | 日記
解剖と生理の学び直しをおこなっている。東洋医学と鍼灸理論の学びにくらべて、なんと容易いことかと……。

鍼灸国家試験では、解剖と生理の知識が必要となる。それゆえ、それを絶好の機会と捉えて解剖と生理に関しては(鍼灸の教科書レベルでは)知らないことが無いというレベルにすべく、それ以上に薄井先生の『ナースが視る人体』(講談社)、薄井先生、瀬江先生の『看護の生理学(1〜3)』(現代社白鳳選書)等を自身の実力とすべく取り組むこととした。

実際に、その学びを始めてみると知識的という面からは、「?」「こんなに簡単なことだったのか?」「要はその意味を理解して覚えるだけでは無いか!?」との思いとなっている。

これは、東洋医学、鍼灸理論の学びに存在する二重の困難性にくらべての思いである。その二重の困難性とは、一つは、東洋医学、鍼灸理論に関わることは、実際には存在しない、もしくは実体としては存在しないものの学びであるということ。例えば、「蔵証」「経絡・経穴」「補瀉」等である。簡単には、目に見えないものの学びである。

もう一つは、実際には無い、無いとしか思えないものを有るとして、信じてかからねば学べない、という困難性である。例えば、「迎随の補瀉」ということが問題とされるが、(専門外のかたのために解説すると「経絡の流れに従って斜刺すれば補法、逆らって斜刺すれば瀉法、とする鍼の打ちかた」)、そんな通常ならばとても真面目には信じれないようなことを、有るとして信じてかからねば、東洋医学、鍼灸は学べない、という困難性である。

そんな東洋医学、鍼灸理論の学びにくらべての、解剖と生理の学びの容易さである。ここは、ゴールデンウィークということで時間が取れるので、改めてもう少し詳細に説きたい。

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