katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

りょうさんx2教室

2024-10-30 01:12:40 | モザイクタイル教室

今日はりょうさんが午前午後の2マス続けてのロングランの教室。正直言えば、体調面が大丈夫かな?・・・が一番心配なんで、まずはそこから。

すると、大丈夫です・・・と返って来たから、それなら折角アトリエなんで、じゃガラスタイルって事で・・・になったのね。これをkameyaさんでやると、

当然切れば飛び散ったりすると、タイルと違って刺されば血が出る。しかも楊枝よりも細くなるから、刺さると傷が深かったりもするのね。だからガラスタイルは覚悟がいるのね。

それと、最初に刃を入れた時と、欠けた部分を切るって時にタッチの差みたいなものがあって、最初は固く感じるんだけれど、欠けた後は柔らかい感じ。

この差の感覚がタイルにもあるんだけれど、ガラスタイルほどでは無いから、タイルを切っている感覚で切ると、硬いんだか柔らかいんだか・・・って、

思うのね。ここに慣れないと、ただ割るくらいの事しか出来ないから、クラッシュのような流動的なパーツになるのね。それがキチンと刃を入れられて、

ニッパーの握り方や、力の入れ具合や、タイルを持つ手の使い方に慣れると狙った形を必然で切れるようになるのね。まぁそこはある程度回数と慣れ。

こんな事から、りょうさんの体調を聞いて、問題無ければ折角アトリエだから、ガラスタイルを進めましょうって事で、2マス分切り続けたのね。

そうね、そんな準備をした後で、いよいよテクニックとなるんだけれど、これらを守ると大抵は切れるようにはなる。ただ切れると、キチンと切れるでは、

ニュアンスが変わるのね。それを究極に切れるようになると、繊細なんて言葉に変わる訳で。何でも人のやる事は一緒で、音楽だってタッチがあるし、野球や

サッカー、テニスのようなスポーツだって、全力で打つんじゃ無く、ドロップショットのような相手の裏をかく弱い玉だったり、バントなんて勢いを殺す

打ち方みたいに差を付ける事で、幅を広げるものなのね。その時に全力で叩くって場合は、多少のコントロールは気にせず、勢いで押し切るなんて場合、

モザイクで表現すると、クラッシュみたいな流動的なパーツになり、スピードや勢いでは無く、針の穴に通すようなコントロールって言うのなら、先の細い

えんぴつを削ったような三角とか、えっ?このパーツを切ったの?って言われるようなパーツは完全に繊細って言葉に合うのね。ただ当然、それは難しいのね。

そりゃそうだよね、繊細なんて言葉に当てはまるような事を、そんなに簡単に出来るはずが無いのね。ただ今まで言って来た事を守って繰り返すなら出来る。

それを夢中になって進む事を重視すれば、当然能率効率を取るから、必ず言った事をおろそかにするもので、当然パーツは荒れるのね。それを今進まなくても、所作を覚えるって、

方向性を繰り返すと、切り方は合っているけれど、中々進まないって事になるんだけれど、そこを耐えられると、ただ漠然と切っている場合は、その窮屈感を

無視しているのだら、繊細からは離れて、どんどん切れたってパーツを量産するはずなのね。それは意識が薄いから。けれどそうした意識を持ちながら・・・

って場合は、そうすると繊細さに近づくって行為だから、すぐには出来なくてもやり方は合っている・・・を手に入れられるのね。ただそれとて、まだまだ

弱いのは、あくまでそれは所作だからね。所作なんてのは単なる準備なんで、そんなの良いじゃんって人は、当然甘く思っているのね。でも実は理に適っていて

こうすると曲がる確率を下げる、って事を脇を締める、ニッパーの上とタイルの上を合わせて並行にするとか、あれこれと重なって、失敗の確率を下げるから、成功に近づくって考え方なのね。

それを俺だって、ピアノ弾けるって、猫踏んじゃったくらい弾けるのね。でもね、それは音が合っているだけで、繊細なんて事からは大きく離れるのね。

それでね、そんなのどーでも良いじゃんって人は、数撃ちゃ当たる方式だから、やってりゃ上手くなるって流派だから、それなら教える事が少ないのね。

でも繊細を目指すなら・・・って話。しかも、世の中は残酷でね、そのまま続けても万が一、10年続けるのなら、残念な結果が待っていると思うのね。

何故なら楽しい事だけを続けているのだから・・・だから作品が10年前とさほど変わっていないから、第三者に見せても進歩を見抜いて貰えないのね。

でもこうした所作や考え方や、その良さを見抜く目を身に着けてしまうと、当然と言うか、そう言う人はこれを切りたい・・・って思うものなのね。

勿論、その時は切れなかったり、失敗も多々あるけれど、挫けずに耐えると、そのうち切れるのね。その失敗もどうして失敗したんだろう?所作間違えたかな?

って振り返ったりして、次の失敗を前の失敗と違う失敗をするように心掛けるのね。そうすると、あっこれは是正したんだ・・・って気付くものなのね。

つまりその失敗で、こんな失敗はこんな理由からだ・・・って気付けるのね。もうそんな事が出来るようになったら、ほぼ成功が手に入ったようなもの。

今失敗している事なんてどーでも良いのね。だって未熟なんだから。フルーツだって成熟するまで時間は掛かるし、未熟なんて喰えたもんじゃないのね。

ただ成熟も未熟から始まるのね。しかも虫だって来るし、暑さ寒さも対策が必要だし、栄養だって水だって・・・何でも育てるって言うのは難しいのね。

それが人なんだから、そう簡単じゃ無いのね。でも農家なら経験値で、こんな事に気を付けるって知っているだろうし、でも自然には勝てなかったり・・・

何でも辞めなきゃ、経験値として役立つし、辞めてしまえばおしまい。そんな中でこうして進んでいる・・・キチンと自分の今までの作品を超えている。

お見事だと思うのね。そんな中、母の体調が思わしくなく、緊急入院の連絡が妹から来た・・・しかも両方の妹が来たって聞くと、ヤバいのかな・・・って、

思いもしたが、仕事が終わってからで・・・って事で話は付いて、終わってから向かったのね。どうやら緊急だったんで、病院が決まるまで時間が掛かったって

事でね・・・。そうね、ひとまず寝顔は見た。そしてしばらくぶりに兄妹3人で合った・・・大人になると、合う機会は冠婚葬祭くらいになるって、先人が

言ってた通りになりつつある。そうね、もう少し頑張って生きてろっ・・・心配掛けたまま逝かれると、後味悪いじゃん、かぁちゃん・・・。って、ほっぺ

叩いて帰ってから、アトリエに戻ってピエロの壁画の側面の絵を描いて・・・

まぁ困った時はミュシャって決まってんのね・・・昔から。


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