今日はkameyaさんの出張教室。久し振りの4人全員揃ったのね。そんな中、棟梁とおかみさんがデイ・サービスで使うお雛様をやってくれたのね。ではまずおかみさんから。本来、おかみさんにしても、棟梁にしても、生徒さんの中でも切る事がとても上手い人達なのね。
それをお絵かきタイルの良さを生かして、なるべく切らない・・・って言うスタイルで作ったのね。ただ最近良く使う比喩で、甘いとしょっぱいって比較があるんだけれど、甘く作った食べ物と、しょっぱく作った食べ物って、誰が作ってもそっち側寄りになりそうでしょ?
つまりタイルを切る作り方とタイルを切らない作り方って話になるのね。こんな事は誰でも判るのね。じゃ甘じょっぱいってどんな感じ?そしたら、甘じょっぱいモザイク・・・つまり少しだけ切っても良いみたいな比喩だったり、お好みで切っても良いとか、何となく切って見れば・・・の場合、
一体みんなはどうする?って、この曖昧さを一体、切る事がむ達者な2人はどう作るのか?って事が、とても興味深かかったのね。そうやって見た時に、まず切る腕前として、お内裏様の棒みたいなものを、段々細くしたり、お雛様の頭のパーツをピッタリ切るなんて事は、2人共に普通にこなしたのね。
まっ、当然って言えば当然。だからこの程度の事は全く興味が無いのね。ただ、例えばお雛様の4パーツは穴の通りに入れるってだけ。つまり規定演技なのね。そこをピッタリ切るか?入れば良いのか?になると、料理の比喩なら、面を取るようなひと手間を考えて切るような2人の姿勢なら、当然、
きちんと、ちゃんと切るはずなのね。それをもし手慣れない人がやれば、入れば良いや・・・とかになり、全部違う大きさでも平気で入れるだろうし、手作り下地なのだから、全てきちんと同じ形に彫れている訳では無いから、穴に合わせて切れば、マチマチになるけど、タイルが統一出来る寸法
に合わせて切るような事も出来ると思うのね。それに加えて、棒を段々細くするなんて難しい事もすんなり出来るのね。それをたった3粒でこなせるのなら、段々細くするような虫の触角なんてものだったら、何十個の段々細くも出来そうでしょ?それは何故か?って言うと、何故切る事が上手くなったか?なのね。
それは感じる姿勢なのね。その姿勢が無いと、たった3枚だから・・・って思うし、そのたった3枚を面倒だからとか、切っても上手く行かないからって姿勢が、最初の1歩目を拒む事で、楽をして先に進もうとする気持ちから、何処までやってもこの先、上手くならないって事に繋がるのね。
所が姿勢として、先に進むよりも、綺麗なのが一番、美しいに決まっているって姿勢の場合、先に進むよりも気持ちとして、取り組み方が違うから、たった3枚をおろそかにしないのね。つまり逆に言えば、たった3枚なら良いじゃん・・・で始まる人もいれば、たった3枚でも・・・の人の違い。
これは感じるって姿勢であって、五感の話だから、音楽なら、ドが鳴っていれば、叩いているばしょは一緒って事になるから、強弱も関係ないし、音がきちんと出ているかどうかなんて気にしない・・・って事になるし、だから姿勢が変わらない限り、この先が見えているのね。
学校でもそう。ここに入りたい・・・って努力するのと、何処でも良いから入れば良いや・・・では、努力の度合いは違うし、胃に入れば何でも一緒なら、醤油に塩にケチャップにソース、色々掛ければ良いし、味変も出来るから、それで良いじゃん。ほら雑になる。
しかも更に、凄い贅沢なのは、その腕の人がなるべく切らない姿勢でやるのだから、クラッシックを弾ける人が、お遊戯会でチューリップの歌を弾くようなものなのね。だってデイ・サービスの下地なのだから。ここまでの説明をして、一番の差が出るお絵描きタイルの部分の考え方ね。
一切切らずに探し続けて、しかも何となく左右対称なんて事をする。しかも扇までお絵描きタイル・・・おかみさんは切らないスタイルって考えだったのね。つまりこれはデイ・サービスのサンプルとしては最高な仕上がりのお手本なのね。誰にでも権利がある、合ったものを見つけるって事。
当然、時間も掛かるけれどね。つまり切らずに見つける手間を惜しまない・・・お絵描きタイルの特徴の丸みを生かす、食材のままの提供みたいな話。そして曖昧な色合いをそこにトッピングするから、大人っぽい仕上がりにも見えるのね。では棟梁。
2つ作ったんだけど、まずは姿勢としてちょっと切る・・・ってスタイルなのね。つまり甘じょっぱく作るよ・・・って決めてあったんだろうね。そうなると恐らく和風が好きな棟梁は、何とか染めみたいな、モヤッとした部分を作ろうとしたり、形としての模様ではなくて、色のモヤッとでは無く、
形としてのガツンとか、色合いでガツンみたいに、パンチを効かせて来るはずなのね。そんな事はやる前から判り切っているのね。何故なら曖昧な味付けの事を寝ぼけた味って表現する人だからね。当然何らかのパンチを効かせて来るのね。その時に比較して貰うと、お内裏様の小さなエメラルドグリーン。
この2粒ありきで始まっていると思うのね。これが棟梁の考えるパンチなら、この分量分を見せる大きさで切るはずなのね。そのバランスが左右に1個ずつこの分量だったんだろうね。しかも左右対称には入れないスタイルでね。だからずらしたんだろうね。ではお雛様を見てね。
今度は丸を挟んで蝶ネクタイみたいに左右対称にして来た。しかもまた左側に小さなパーツのパンチを入れて来た。つまりスタートから、甘じょっぱく、ちょこっとは切るよ・・・ってスタイルだったのね。では2組目。
ほら判りやすいでしょ?お雛様のスタイルは一切変えていないのね。つまりこの蝶ネクタイスタイルは、本人が気に入っている仕上がりなんだろうし、左サイドに小さいパーツが入るのも一緒。つまり色合いを変えただけで、やり方は一緒なのね。ではお内裏様は?左右対称に変えて来たのね。
結構心変わりしているのが判るのね。ほらこれが物作りって言うのは、自分自身なんだ・・・って事の現れなのね。その人の心境が手に取るように判るでしょ?まぁ良いものを見せて貰ったのね。2人共上手くなったのね。とても面白いものを見せて貰ったのね。ではラパンさん。
何せ久し振りにいらしての大作の写し・・・しかも横でお楽しみの2人・・・果てしなさは何倍にもなるし、大作と言うのなら、同じように始めたりょうさんは既に張っている・・・プレッシャーが伸し掛かっているのね。きっと楽しく無かっただろうね。しかも1回では写せる量じゃ無い。
話す余裕など無かったはずなのね。ただ息が詰まるくらい細かい線・・・根気強く夢中になるほど焦るだろうし、だから時よりみんなのを見に歩いていたのね・・・ここは頑張れとしか言えないのね。ここで挫けたら、この先なんてもっと大変なのね。こんなのただ写すだけだからね。
写せば終わるなんて作業みたいなものと、これからどうしようかな?といちいち悩んで決めて、果てしなく切っていくモザイク・・・比べるまでも無いのね。こんなのは序曲。しかも誰でも出来るなら簡単なものなのね。誰にでも出来ないから凄いのね・・・凄い作品がそんなに簡単なはずは無いのね。
だから頑張れ・・・としか言う事は無いのね。ではそこを切り抜けて、大作の入り口に入ったりょうさん。
自宅でもパーツを切っているらしいのね。必ずそれは上手くなるきっかけになるのね。最初は上手く切れるなんて事は無いのね。でも、そうしてコツコツ向き合うと、きちんとしたパーツを切ろうとする。でも今は思ったように切れない・・・きっともどかしいだろうし、果てしないと思うのね。
ただコツコツやるから繰り返す。繰り返すから上手くなる。別にこれで良いや・・・って妥協すれば、誰のものでもない自分の作品だから、諦めようが辞めようが、何でも良いのね。だって趣味なのだから・・・でも、本気なら辛いなぁ・・・って事もあるし、面倒臭い事だってある。
お手軽楽しい簡単は、とても気楽なのね。ただ気楽で凄いものが作れるか?となったら、そんなの作れるはずが無いのね。でも、もしそれが生きがい・・・なんて言葉に昇華したのなら、大変な事はあるけれど、実は棟梁もおかみさんも、そんな夢中な時間を過ごしたから上手いのね。
目の前に良い参考例があるのだから、先人に聞けば道は開けるのね。ただ歩くのは自分だから、歩道は動かないのね。後はその内に終わるから、慌てずにコツコツなのね。そしたら凄い作品になるはずなのね。そんな中、ブログを見た・・・ってリピーターさんから電話があって、もし私で良ければ
・・・って、しながわ水族館を手伝って貰える事になった。しかもその後、さくらから、せがれも手伝います・・・って言ってたって。じゃ2人共頼む事にしたのね。何故なら、この先必ずこれ以上な事を起こそうと思っているのね。その時に、いきなり・・・よりは、そう言う経験値を経ての方が、
必ずプラスになるし、何よりも手を上げてくれたのだから、そのやる気を今後にも繋げたいしね。こうして広がって行くと、いつかもっと大きな事がやって来た時に、大きな力になる事は間違い無いのね。しかも来てから・・・じゃ無くて、準備として万端になって来る。だからとても心強い。
何しろ人1人の力なんて知れているのね。しかも最初は出来なくて当たり前。でも最初の1歩が無ければ、100歩目なんてあるはずが無いのね。そんな事を感じる1日だったりしたのね。そんなこんなで、そんな後は、コーナンで彫り残しを直して、更にアトリエでペーパー掛け・・・。って事で、
流石に12時で終了。ただ明日の午前中の父の病院って言うのが、無くなってしかも、さくらとキウイが手伝ってくれるって言うので、メドが立ったのね。