菅義偉首相の政治スタイルが圧政型であることを早くも見せつけるできごとが起きました。それは、日本学術会議会員の任命拒否です。経緯を毎日新聞記事で見ます。
「学問と政治の関係の大きな分水嶺」 学術会議に政権の人事介入
揺らぐ学術会議の独立性 (毎日新聞 2020年10月1日)
9月28日夜、日本学術会議の事務局に、10月1日付で首相が会員に任命する学者らの名簿が内閣府から送られてきた。学術会議が推薦した105人分の氏名が記載されているはずだが、いくら数えても99人分しかない。
「なぜ人数が足りない?」。事務局の問い合わせに、内閣府官房人事課は次のように答えたという。「人事上の問題で、理由は回答できない」
会員210人からなる学術会議は3年に1回、半数の105人を改選する。学術研究団体などから提出された推薦書をもとに、今回は2月から学術会議の選考委員会で選考が進められ、7月9日の臨時総会で候補者105人が承認された。
8月31日、安倍晋三首相(当時)あてにその一覧表を提出。約1カ月が過ぎ、いよいよ新体制始動という矢先の「任命拒否」通告だった。
なぜ政府は推薦された6人を任命しなかったのか。政府はその理由を明かさないが、安全保障法制や「共謀罪」を創設した改正組織犯罪処罰法の制定に反対を表明するなど、菅政権が継承した安倍政権の看板施策にもの申してきた学者が複数含まれていた。
申請から6人落としたことの説明なしに決定書類を学術会議事務局に送りつけた内閣府官房人事課の非常識さに怒りを覚えます。内閣府官房は国の中心の中の中心。それがこういう非常識さでは国の中枢に希望を持つことはできません。人でなしかと罵りたい。
この任命問題の経過を箇条書きに整理してみます。
【 任命問題の経過 箇条書き整理 】
① 日本学術会議会員数は210人と定められている。(法第7条1項)
② 会員の任期は6年。(法第7条3項)
③ 3年ごとに半数の105人づつ任命する。(法第7条3項)
④ 今回は2月から学術会議の選考委員会で選考を進めた。(法第17条)
⑤ 7月9日、臨時総会開催、会員候補者105人が承認された。(法第17条)
⑥ 8月31日、安倍晋三首相(当時)宛てに、会員候補者推薦一覧表を提出
(法第17条)
⑦ 9月28日夜、日本会議事務局に内閣府から10月1日付承認会員名簿到着
(法第7条2項)
⑧ 同夜、日本学術会議事務局が閲覧して承認人数が99人で6人不足と知る
⑨ 同夜、事務局から内閣府官房人事課に承認不足6人を通知、理由照会
⑩ 同夜、内閣官房人事課「人事上の問題で、理由は回答できない」
日本学術会議の推薦する会員候補者105人の一部である6人について、内閣総理大臣が推薦を承諾せず、自動的に任命しなかった。承認の諾否の結果は、即、任命の可否なので、これはワンセットの行為になります。
この問題の前提には、日本学術会議による学術会議会員候補者推薦に対して、「内閣総理大臣には推薦拒否、即、任命拒否できる権限がある」というまちがった認識があります。当事者である日本学術会議も内閣総理大臣も、第三者であるマスコミ報道も、そう思っているのではありませんか。
しかし、私は、内閣総理大臣に「推薦拒否・任命拒否の権限がない」と考えます。関係条文をみてみましょう。
〇日本学術会議法 第7条2項
会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。
〇日本学術会議法 第17条
日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。
上の第7条2項の文言は、「任命する」です。これは、「任命しなくてはならない」という意味です。学術会議から会員候補の推薦書を受け取って任命をしないまま放置するという「不作為」もまた違法と言えます。
さらに、任命してもよいし、任命しなくてもよい、という意味ならば「任命することができる」という文言になります。
日本学術会議から会員候補者の推薦があれば、内閣総理大臣はその推薦に応じて、任命しなければなりません。また、推薦なしに任命してはいけません。「推薦」と「任命」は一対の行為になっています。
上の承認・任命に関する日本学術会議法における日本学術会議と内閣総理大臣の関係と同様の両者相互関係を示している第25条、第26条の条文を見てみます。この条文は、上の「内閣総理大臣に任命拒否の権限がない」という解釈を補強するものです。
〇日本学術会議法 第25条
内閣総理大臣は、会員から病気その他やむを得ない事由による辞職の申出があつたときは、日本学術会議の同意を得て、その辞職を承認することができる。
〇日本学術会議法 第26条
内閣総理大臣は、会員に会員として不適当な行為があるときは、日本学術会議の申出に基づき、当該会員を退職させることができる。
法第25条、法第26条ともに、条文の文末が「~することができる、させることができる」という文言になっていて、法第7条の文末は「~する」です。これは、学術会議法の他の条文が日本学術会議の運営に関わっているのに比して、25条、26条が会員個人の身の処し方に関する規定であるという違いによります。
さて、上の法第25条の規定では、「日本学術会議の同意を得て」が、内閣総理大臣による承認の条件になっています。同意がなければ、承認してはいけない。
同様に、上の法第26条では、「日本学術会議の申出に基づき」が条件になっています。
法第7条、法第25条、法第26条に共通しているのは、内閣総理大臣は日本学術会議の運営について、学術会議という団体の意思を尊重しなければならず、その意思に沿った法的行為をおこなわなければいけないという原則です。この原則はまた、日本学術会議法という法の精神でもあります。
日本学術会議法にこのように共通して流れている法の意図は、日本学術会議が裁判所や検察庁や公正取引委員会に見られるような独立性の高い学術団体として成立した経緯と学術会議法立法時の趣旨とが相応したものと思われます。