少し前、キンモクセイが香っていました。昔は10月初めに咲いていたように思う。
昔はどこにいても濃厚な匂いが漂い、その頃に秋祭り。
今でも、私の中ではキンモクセイは秋祭りの香り。
お祭りに何食べていたかなあ・・・
お膳はバラ寿司(ちらし寿司)、豆腐の味噌汁、醤油豆(乾燥したソラマメを焙烙で炒ってたれに浸ける)、てっぱい(ダイコン、ニンジン、フナまたはしめ鯖の酢味噌あえ、ネギと唐辛子でトッピング)、揚げ物各種(衣に赤、緑の食用色素を豪華に混ぜる)、魚(我が家では刺身のことが多かった)。
食べ終わると「うどんは別腹」と、大なます皿に湯ダメのうどんを勧められる。そばちょこでなくてうどんちょこは同じ柄の大振り、丸い底のもの。以前は骨董市でたまに見ていたけど、最近はそれもない。
昔の農村、お酒はわざわざ買わずに甘酒を手作り。
お土産は一升瓶に詰めて。紅白のかまぼこは定番。我が家では海苔巻きでなく、赤飯、またはバラ寿司だったかも。
この本からお借りしました。
寿司桶は巨大。ベビーバスくらい。一斗くらい作る。
実際、ベビーバスとしても利用していたかも。洗うから大丈夫。昔はそうでしたよね。
なます皿、私の持っているものはこんな感じです。以前上下町で買った。私はちらし寿司に使う。
うどん入れるのはもっと大きかった。もうどこにもない、あったとしても高価な幻の器。
お祭りの楽しみは、親戚の人が大勢来てごちそうを食べて、大人がくつろいで幸せそうなら子供も幸せ。
お小遣い貰って親戚の子と神社へ行く。露店で買い物。小さなおもちゃ、写し絵、ちょっとした食べ物。いまだフリマが好きなのは雰囲気が似ているから?
当時は平日がお祭りで、小学校は5つの町内が校区。自分の町がお祭りの子は、先生が授業の一時間を早引きさせてくれていた。嬉しそうに帰る友達。次は私の番とワクワク待ち遠しい。
お祭りの一週間前くらいから、獅子舞が門付けして回る。甲高い鐘の音が遠くからでもよく聞こえる。それを聞くと気もそぞろ。
獅子舞は二人で。胴の布は武者絵など、絵羽になっていて豪華。獅子は動きが大きく、迫力満点。
キョウクチと呼ばれる唐子に扮した子供二人が、獅子の前で挑発するように踊る。小学校低学年の男の子が選ばれる。これは大変に名誉なことで、獅子舞の一週間は学校も公休扱い。みんなとても羨ましがっていた。学業よりお祭り優先。
しみじみとゆっくりした時代でしたね。
獅子もキョウクチも、秋の初めからけいこ。夜、農家の納屋にむしろを敷いて。
熱気がありましたね。広島県の農山村部には神楽があるけれど、あんな感じでしょうか。
リンク付けておきます。よかったらご覧ください。
2019.5.26「舞」讃岐の伝統 三木町 二條獅子連 - YouTube
現存獅子組800組!独自の進化を遂げた獅子舞の王国へ | 高松観光 | エクスペリエンス高松 (art-takamatsu.com)
獅子舞研究の達人に聴く!さぬき市の獅子舞のヒ・ミ・ツ: さぬき市再発見ラジオ あそびの達人 (seesaa.net)
昭和40年代、NHKの番組で北海道の獅子舞が香川県そっくり。入植した人達の集落だったそうで。また東京にも香川の獅子舞の同好会がある模様。
胴の部分の布は油単と言うらしい。二人で入り、広くて長くて動きが複雑、それがよその土地とは違うようです。実母は自分の実家地方の獅子頭がとても大きくて、それが自慢でした。それは実用と言うよりは飾り。今もあるのかなあ。。。。
家にいてじっととしているので、気持ちがどんどん昔にワープする私。
獅子舞は我が実家地方では一時廃れていましたが、この10年くらいで昔を知る人が中心に復活したらしい。
とは言え、鉦を打ち鳴らしての一週間の門付けは、都市化してうるさいとか言われそう。子供の公休扱いも無理でしょう。
しかし形を変えてでも文化として残ってほしいものです。
大獅子、ほんとにあった。
冠櫻神社の大獅子|高松市 (city.takamatsu.kagawa.jp)
もうお、びっくり。