経営コンサルタントへの道

コンサルタントのためのコンサルタントが、半世紀にわたる経験に基づき、経営やコンサルティングに関し毎日複数のブログを発信

■【小説風老いぼれコンサルタントの日記】 2月4日 ◇会議での発言 ◇江戸の「四文屋」 ◇経営に王道なし

2025-02-05 08:03:00 | 【小説風老いぼれコンサルタントの日記】

 

  ■【小説風老いぼれコンサルタントの日記】 2月4日 ◇会議での発言 ◇江戸の「四文屋」 ◇経営に王道なし 

 平素は、私どものブログをご愛読くださりありがとうございます。

 この度、下記のように新カテゴリー「【小説風 傘寿】 老いぼれコンサルタントの日記」を連載しています。

 日記ですので、原則的には毎日更新、毎日複数本発信すべきなのでしょうが、表題のように「老いぼれ」ですので、気が向いたときに書くことをご容赦ください。

 紀貫之の『土佐日記』の冒頭を模して、「をとこもすなる日記といふものを をきなもしてみんとてするなり」と、日々、日暮パソコンにむかひて、つれづれにおもふところを記るさん。

【 注 】

 日記の発信は、1日遅れ、すなわち内容は前日のことです。

■【小説風 傘寿の日記】

 私自身の前日の出来事を小説日記風に記述しています。

2月4日

 「トランプ関税」という言葉が飛び交っています。
 カナダやメキシコに日本の自動車関連企業が多く進出していますので、発動されれば影響は大きいという見方が多いです。
 一方で、メキシコやカナダとの協議で発動を1カ月延期することで合意したと発表されました。ウクライナ問題でも、発言が後退しているトランプ発言をみても、すべてにおいて自分が思うように行くわけではないということを認識し始めたのでしょうか。
 関税をあげれば、アメリカ国内の物価高に繋がることは、素人でも解ります。日本企業の自動車部品は機能部品で、すぐに他社への切り替えや開発は容易ではありません。その部品への依存度の高いアメリカ自動車メーカーも高い部品を買うことになります。
 トランプ大統領には、グローバル・サプライ・チェーンが定着していることが理解できているのでしょうか。トランプ関税は、天に向かってつばをするようなものです。

 かねてから興味を持っていた江戸庶民の生活、江戸から学ぶことが多く、時々気分転換に、江戸に関する書籍を手に取ります。
 とりわけ故杉浦日向子女史の本は、江戸風物詩を手に取るように語ってくれます。

◆ 四文屋 7

 オリジンという総菜チェーン店をご存知の方も多いと思います。

 100グラム○円で、いろいろなおかずを買うことができます。

 江戸時代の「四文屋(しもんや)」は、さしずめ今日のオリジンのようなお店です。

 煮売り屋とも呼ばれていたようで、何でも四文で買えます。

 芋の煮っころがしから大根の煮つけ、麩を煮たものまで何でもあったようです。

 江戸っ子のたんぱく源は豆腐でした。

 豆腐は切り売りされているので、江戸っ子は、豆腐が崩れないような容器を持って買いにいくのです。

 私が子供の頃も豆腐屋さんに鍋を持って買いに行った記憶があります。

 「一里腐屋」という「振り売り」が街の中を売り歩きます。

 売り声を出して売り歩くのですが、豆腐屋さん独特の笛は時代がもっと下ってからのようです。

 豆腐屋さんの声が聞こえると「一丁おくれ」というふうに買っていました。

 合理性は、今日の商売人も顔負けで、月契約制度もありました。

「わが家には毎日○刻頃、一丁を届けてくれ」というような約束して、定時に届けてもらう方法です。

■ 「杉浦日向子の江戸塾」バックナンバー ←クリック

 杉浦日向子女史の江戸塾は、江戸時代のエコ生活から飽食時代を迎えている我々に大きな示唆を与えてくれます。

■【今日のおすすめ】

 【お節介焼き情報】 会議で反対する場合の代案の考え方

 企業等における会議の進め方というのは、意外と難しいものです。

 一方、会議の席で発言する場合には、「出席者は感情を持つ人間である」ということを忘れてはなりません。

 私の失敗を含む体験からひと言。

■【今日は何の日】

  当ブログは、既述の通り首題月日の日記で、1日遅れで発信されています。

  この欄には、発信日の【今日は何の日】と【きょうの人】などをご紹介します。

 

  この欄には、発信日の【今日は何の日】などをご紹介します。
   https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/7c95cf6be2a48538c0855431edba1930
  ■【今日は何の日】 2月5日 長崎二十六聖人殉教の日 プロ野球の日 ふたごの日

■【知り得情報】
 「経営とは、環境対応業である」という名言は、私の先輩コンサルタントが残してくれた言葉です。
 その経営環境は、めまぐるしく変化します。政府や自治体も、その変化に対応できるように中小企業向けの各種施策を提供しています。ところが、その情報が中小企業に伝わっていないことが多いです。その弊害除去には焼け石に水かも知れませんが、仕入れた情報をときどきご紹介します。
  重複してお届けすることもありますが、ご容赦くださいますようお願いいたします。

◇《制度法令》NPEの第二種特定化学物質への指定について
 ~化審法におけるNPEの取扱方法が変わります!~
 界面活性剤等として幅広く使用されるNPE(ポリ(オキシエチレン)=ノニルフェニルエーテル)が化審法における第二種特定化学物質に指定されます。NPEを取り扱う事業者の皆様に新たな義務が生じますので、経済産業省より周知いたします。
 [日 時] 4/1(火)より施行
 詳しくは以下のサイトをご覧下さい
https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/kasinhou/information/NPE_risk_assessment.html
https://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/kasinhou/files/information/ra/pamph_npe.pdf

  出典:e-中小企業庁ネットマガジン

■【経営コンサルタントの独り言】

 その日の出来事や自分がしたことをもとに、随筆風に記述してゆきます。経営コンサルティング経験からの見解は、上から目線的に見えるかも知れませんが、反面教師として読んでくださると幸いです。

 

  経営に王道なし、されど成功の道はある 204

 私は、「経営に王道なし」「経営に秘策はない」と考えています。

 愛知県の某コンサルタントも同じようなことをおっしゃっています。

「それでは、経営コンサルタントなど不要ではないか」と言われてしまいそうですね。


 経営環境は日々変化しています。

 その中で、マイナーチェンジをしながら企業経営を行って行きます。

 しかし、全体ベクトルはかわりません。

 それがぶれてはダメなのです。

 そのためには、何を、どのようにしたら良いのか、経営コンサルタントはアドバイスをします。


 ところが、時には時代が大きく変化し、それに対応できない企業が出ることもあります。
 その時には、舵を大きく切る必要があります。

 これが全体ベクトルの切り替えです。

 生兵法は怪我のもと、ここで必要なのは、“真”のプロ経営コンサルタントです。

 では、そのようなプロフェッショナルは、どこに行けば見つかるのでしょうか・・・

  http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/e949f82f36d6a980e36728f806a4f760
  http://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/429df70ca17002fb14275749f31aefd4

■【老いぼれコンサルタントのブログ】

 ブログで、このようなことをつぶやきました。タイトルだけのご案内です。詳細はリンク先にありますので、ご笑覧くださると嬉しいです。

 

 明細リストからだけではなく、下記の総合URLからもご覧いただけます。
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17

 

  >> もっと見る

■【小説風 傘寿】老いぼれコンサルタントの日記 バックナンバー
  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a8e7a72e1eada198f474d86d7aaf43db
 


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■【きょうの人】 0205 ■一向上人(一向 俊聖) 踊り念仏の普及 ■尾崎 士郎 小説家、「人生劇場」 社会主義活動をベースにした作品が多い

2025-02-05 06:33:00 | 【話材】 きょうの人02月

 

  【きょうの人】 0205 ■一向上人(一向 俊聖) 踊り念仏の普及 ■尾崎 士郎 小説家、「人生劇場」 社会主義活動をベースにした作品が多い

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

■ 一向上人(一向 俊聖) 踊り念仏の普及


 いっこう しゅんしょう
 暦仁2年1月1日(1239年2月6日)-- 弘安10年11月18日(1287年12月24日)


 鎌倉時代の僧侶で、伝記に謎が多く、生没日も定かでなく、実在すらが疑問視されていましたが、考古遺物により、存在が証明されました。

 伝承によりますと、筑後国西好田(福岡県久留米市か)の鎮西御家人草野氏の草野永泰の第二子に生まれたとあります。

 俊聖(一向上人)は、寛元3年(1245年)に、播磨国の書写山にある圓教寺に入寺して天台教学を修めることとなり、建長5年(1253年)に剃髪受戒して名を俊聖としました。

 翌年夏には書写山を下り、奈良の興福寺、鎌倉の蓮華寺(光明寺)をはじめ各地を遊行回国し、踊り念仏(踊躍念佛)、天道念仏を修し、道場を設けるまでに至りました。

 一遍と並んで浄土系遊行聖となり、各地を回り踊り念仏を広めました。

 弘安七年、近江蓮華寺を立てて開基となりました。49歳で同寺で最期を迎えたといわれています。

 

■ 尾崎 士郎 小説家、社会主義活動をベースにした作品が多い

 おざき しろう
 1898年(明治31年)2月5日-1964年(昭和39年)2月19日)

 小説家で、新聞連載小説『人生劇場』がヒットし、流行作家になりました。

 愛知県幡豆郡横須賀村(現西尾市)、1898年に生まれました。

 中学在籍中に、雑誌『世界の日本』に論文「いかにして選挙権を拡張すべき乎」を寄稿したことが契機となり、その評者の早稲田大学教授・永井柳太郎の目にとまりました。早稲田大学政治科在学中に、社会主義運動にかかわり、中退後、国家社会主義に身を投じたりしました。

 1921年(大正10年)に時事新報の懸賞小説で、大逆事件を取材した『獄中より』が第二席で入選し、以後本格的に小説家として身を立てるようになりました。

 1933年(昭和8年)から都新聞に『人生劇場』を連載開始、大ベストセラーとなり、文芸懇話会賞を受賞しました。戦前、雑誌『文芸日本』、戦後に『風報』を主宰したりもしています。

 川端康成とは関東大震災の翌年1923年(大正12年)に出会って以来からの変わらぬ親友で、葬儀の弔辞は川端康成が読み哀悼の意を表したそうです。

 『石田三成』『真田幸村』『篝火』などの歴史小説も書いたほか、相撲にも詳しく、長編小説『雷電』など相撲関係の著作もあり、横綱審議委員を務めたこともあります。

 展示物に徳利などがあり、相当なる酒豪であったそうです。1964年(昭和39年)、大田区山王の自宅で、直腸癌により、66才で死去しました。

 尾﨑の功績は、平成20年5月にオープンした「尾﨑士郎記念館」に表されています。

  尾﨑士郎記念館
   https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/e/814873daf9796f4929d3c829754062d2

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。


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■【今日は何の日】 2月5日 長崎二十六聖人殉教の日 プロ野球の日 ふたごの日

2025-02-05 00:03:00 | 【今日は何の日02月】

 

  【今日は何の日】 2月5日 ■ 長崎二十六聖人殉教の日 プロ野球の日 ふたごの日

 一年365日、毎日が何かの日です。

  季節を表す日もあります。地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。誰かの誕生日かも知れません。歴史上の出来事もあります。セミナーや展示会もあります。

  これらをキーワードとして、私たちは自分の人生に、自分の仕事に、自分自身を磨くために何かを考えてみるのも良いのではないでしょうか。

  独断と偏見で、エッセー風に徒然のままに書いてみました。皆様のご参考にと毎日続けていこうと・・・というよりも、自分自身のために書いてゆきます。 詳細 ←クリック

今日は何の日インデックス】  日付を指定して【今日は何の日】を閲覧できます

■ 長崎二十六聖人殉教の日

 1596(慶長元)年2月5日に、豊臣秀吉の名により、カトリック教徒が弾圧され、長崎西坂で26人が処刑されました。

 殉教したのはペトロ・バプチスタ神父を含む6人の外国人と日本人20人です。この26人は、1862年にローマ教皇ピウス9世の時に「聖人」に列せられました。

 しかし、その背景には、キリシタン大名等の行き過ぎたやり方がありました。キリスト教徒が寺社を焼かれたり、僧侶を迫害したりしたのです。

 これは少々信じられない行為ですが、こともあろうにポルトガル商人が日本人を奴隷として海外に売ったということがわかりました。 それもあって秀吉が「バテレン追放令」を発布したのです。

 禁制扱いされた宗教を邪宗門ということは知られており、北原白秋の邪宗門も出されています。キリシタン弾圧は歴史的には何度も行われてきましたが、秀吉のキリシタン弾圧による長崎西坂の二十六聖人殉教レリーフの記念碑は有名です。

 
■ ふたごの日

 「ふた(2)ご(5)」の語呂合せから、2月5日を双子育児用品の専門店・ベラミが制定しました。

 ベラミ(Bel-Ami)は、もともとは、モーパッサンの小説のタイトルで、「美しい男友達」という意味です

【Wikipedia】 ジョルジュ・デュロア
 美貌の青年:ジョルジュ・デュロアが、女性たちを利用して栄達する姿を描く。自然主義文学の典型例とされる。
 軍隊から除隊し、アフリカからパリに戻ったデュロアは、職もなく困窮していた。再会した戦友:フォレスティエの紹介で記者となるが、エッセイ記事が書けず、フォレスティエの妻:マドレーヌに代筆させる。
 デュロアは記者の立場と美貌を武器に上流階級の夫人たちに取り入り、ド・マレル夫人、ヴァルテール夫人を次々に利用していく。フォレスティエの死後、マドレーヌを妻とするが、財産を奪い、彼女の不貞を理由に離婚する。最後は、新聞社の社長令嬢:シュザンヌと再婚する。 
 


■ プロ野球の日

 2月5日は「プロ野球の日」です。1936年2月5日に、日本で最初のプロ野球の組織である全日本職業野球連盟が結成されました。

 その時のチームには、東京巨人軍(現 読売ジャイアンツ)や大阪タイガース(現 阪神タイガース)等、7チームがあったそうです。

 1846年6月19日に、史上初の野球の試合がニュージャージー州で行われたという公式の記録が残っています。

 野球という競技の歴史は、諸説あって定かでないようです。以下Wikipedia他を参照しながらまとめてみました。

 先史時代に野球のボールと同じくらいの大きさの石が狩りや戦いに使われていたと言いますが、まさかそれが野球の起源ではないでしょう。

 12世紀に、2チームに分かれて競う「ラ・シュール」というスポーツがあったようです。手足や棒などを使うというところは野球に近いですが、それを使ってサッカーのようにゴールに玉を運ぶという点では異なります。

 それがイギリスに渡ると「ラウンダース」というゲームに変質しました。投手が小石を詰めたボールを投げ、ストライカーと呼ばれる打者が、船の艪を今日のバットとして打ち返し、しかも4つのベースを回るというゲームで、わたしはこれが起源のように思えます。

 ラウンダースはアメリカに入り、それがベースボールという言葉になったかどうかは確認できていませが、ベースボールという言葉がが記録としてある最も古い文書は、1791年のマサチューセッツ州のものです。

 その後、各地に普及し始めましたが、地域によりルールが異なるゲームでした。その不便を解消するためにカートライトがルール統一化に乗り出しました。それが今日の野球ルールの原型と言えます。

 8月9日は「野球の日」で、これは、「や(8)きゅう(9)」の語呂合わせから、スポーツ用品メーカーのミズノにより制定されました。また、真夏のこの時期は、高校野球の熱戦が繰り広げられる時期でもあります。

 8月17日は「プロ野球ナイター記念日」です。1948年8月17日の巨人対中部(現在の中日)のゲームが夜間、横浜ゲーリッグ球場で初めて開催されました。「ナイター」という和製英語がこの時初めて使われました。

 9月3日は、「く(9)さ(3)」の語呂合わせから「草野球の日」です。またこの日は「ホームラン記念日」でもあります。

 1977年9月3日、後楽園球場で巨人の王貞治選手が通算756号ホームランを打った日を記念して制定されました。それまでアメリカ大リーグのハンク・アーロンが持つ記録で、王選手が世界最高記録を更新した日なのです。

 その年の9月5日には、初の国民栄誉賞が贈られました。因みに王選手は引退するまでに868本のホームランを打ちました。

 1934(昭和9)年12月26日に、大日本東京野球倶楽部(読売巨人軍の前身)が日本で最初のプロ野球チームとして誕生しました。これを記念して12月26日が「プロ野球誕生の日、ジャイアンツの日」として制定されました。

 アメリカのプロ野球チームが、日本を訪れており、その対戦のため急遽創立されたそうです。

(ドアノブ)

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