あやしい傷痍軍人さんが近づいてきます。
じわり、じわり、と半歩ずつ近づいてきます。
首からぶら下がっているキーチェーンが左右に揺れないように、そろりそろりと歩きます。
前回、武術的身体操作、疲れない体の再構築の為に、一本歯の下駄歩きの基礎に戻っているお話をいたしました。このくだりです。
https://blog.goo.ne.jp/keisclinic/e/a1365833c08da7110159dbe6a3caa45a
写真のようにぶら下がっているキーチェーンが一切揺れないように、体が左右にぶれないように歩きます。
上半身は完全脱力を心掛け、頭頂部から糸で吊り上げられているような気持ちで歩きます。
すっすっと、能楽のようにすり足で半歩ずつ歩きます。
大地は踏みしめずに、ちょっちょっと軽く触れるようにいたします。つま先ではなく足裏の全体、地面の傾斜具合によっては、かかと重心ですすみます。
早く走りたいときは、そのまま体軸を前傾させ、前に転んでゆく足が地面を踏みしめる前に次の足を差し出します。地面を蹴らず、そのまま前に転び続けるような走り方をいたします。
上半身は同じくゆすらずに、ぶれずにいます。
これが江戸時代の飛脚の足運びの一つだと教わったことがあります。
こういう身のこなしが身についてくると、無駄な力みが無くなり、疲れない体を構築することが可能です。
ずいぶん前になりますが日本に帰った時に、初心者向けの高尾山を登ったことがありました。その際に、この歩き方を参考に上りますと、本当に疲れずに歌舞伎のたたらを踏むように、とととんとんと山頂まで行けてしまい、自分自身でも驚かされたたことがありました。
今思えば、幼少のころから力むことしか知らず、いつも疲れてばかりいました。一生懸命の努力感を感じている割には、全く成果が上がらないということの繰り返しでした。
これって自己満足的な努力感ですね。無駄な力みを感じていたということです。
武術の技でも、鍼灸治療の手技でも、漢方医学の腹診などでもそうなのですが、たまたまものすごくうまくいったときは、その手ごたえを全く感じずに結果が出てしまうことがあります。これがいつでもそうならば、その道の達人ということになるのでしょう。
仕事柄、その道の達人たちにお会いする機会があったのですが、「手ごたえ」はないほうが良いとおっしゃる先生が何人かいらっしゃいました。
相手に技をかけたり、患者さんに対する施術の際に、10の気力や力を出して、4分の手ごたえがあったということは、その4分は無駄な力みだとのことでした。本当にうまくいって、10の気力全てを相手に渡せたというときは、こちら側はほとんど手ごたえがないということです。
難しいですね。哲学の域でもありますね。
いつかは衰えたり壊れてしまう筋力に満ちた力強い体ではなく、無駄な力を使わないという意味での疲れない体を目指しております。
いつの日か達人になることを夢見ているのですが。。。時間ばかりが過ぎてゆく。。
大統領選挙が終ったら、米国のコロナ騒ぎは消失しますよ。
政治利用する価値がなくなりますから。
新型コロナウィルスでは死にません。
どっしりと構えておりましょう。
大丈夫、だいじょうぶ。。
漢方アメリカOnline
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