最近、またコロナ関連で憂鬱になって来た。
コロナが最初出て来た時は、全然ニュース見てなくて、急に休校になったような感じだったから、その後はニュースをよく見るようになって、そうしたら憂欝になって来た。その後、ニュースは見過ぎると憂鬱になるから、1日1回程度に留めておくようにと言われるようになって、あまり見なくなった。見なくなったらなったで、全然気にしなくなって、普通に生活してた。
そして今憂鬱なのは、旦那さんが図書館で借りて読んでた「コロナと5G」という本を読んでから。読んでみると興味深い本ではあるんだけど、5Gがあると人間は電波から逃れられない、今ある3G、4Gやマイクロ波までいかなくても電磁波だって、十分体に悪いと知ったら、何か憂鬱になって来た。
携帯電話の基地局が近くにある保育園では、子どもが謎の鼻血を出したとか。鼻血と言えば、さあやもよく鼻血出るから、電磁波やWi-Fiのせいかもと思って気になる。有線接続に替えようかなと思う。でも、IHのコンロをガスに替えるのは、工事代で30万位かかると聞いてるし、オール電化の意味なくなって、ガス代の分、光熱費が上がるのかと思うと、いきなりは思い切れない。
コロナの病気というより、コロナ禍で今まで潜んでた問題が炙り出されて来て、それに不安になっている。
不安になる時というのは、大抵今の時点では問題は起こってない。
それでも人は不安になるのは、もしそうなったら取り返しがつかないと思うから。あと、実際に起きてる事で、もしかしてこれがその兆候かもと思ってしまう現象があるから。
今問題がないのに、不安になる、いやむしろテレビを見なければ不安にならない場合でも、あえてテレビを見ようとするのは、不安になろうとしてるんだと思う。
何故不安になろうとするのか。
それは、そういう時は大抵、やるべき事をやってないから。やるべき事があるけど、どう進めていいか分からないから、道のりが遠くて何をすればいいか分からないから。
それは、そういう時は大抵、やるべき事をやってないから。やるべき事があるけど、どう進めていいか分からないから、道のりが遠くて何をすればいいか分からないから。
人は目の前にする事があれば、不安でもそれをやらないとと思うと張り合いが出る。
そうならない時は、暇な時だ。目の前に今すぐやるべき事がない時、人は「自分は今これで忙しいんだ。何かしてるんだ」という状態を作り出す。そう、前に進めない言い訳なんだ。「これをしてて忙しいから、前に進めない」という。
そういう時、やるべき事は、とにかく動くしかない。
どうやったら成功か、どうやったら軌道に乗ってる状態なのか、正解が分からない。でも、そういう時は、自分がやりたい事に関する事なら、何でもやってったらいい。
今、やりたいと思ってる事 - 起業。仕事をつくる事。
正解が分からなかったら、ビジネスプランを作るでもいい、どういう自分になってたいか考えるのでもいい、起業塾みたいなセミナーに行くのでもいい、起業してる人の話を聞くのでもいい、発信でもいい、とにかく何か進めていく。そして、信じる事とやり続ける事。
それが一番難しいけど、それが土を耕すという事。