八兵衛のセカンドライフ

46歳で脳幹(橋)出血、現在72歳の車イス男性。ブログはFact is factで(事実だものしょーがねぇべ)

5月11日(ファン第1号誕生、なんと光栄な)

2016年05月11日 19時22分14秒 | 介護サービス
◇昨日のブログの補足だけど、決して伝統的なリハビリを批判している訳ではない。
  伝統的リハビリの考え方=マヒ半身の機能低下に起因する障害を、
                    良い半身のさらなる高度化を図ることで補完しようとする考え方。

  しかし、私の負った後遺症は4肢体マヒであり、当初は4肢体完全マヒで両手両足のどこも動かななかった。
  この恐怖は私の体験した中で、死にも勝るのではと思われるくらいの恐怖と絶望だった。
  意識回復してから、約2週間ずーっとこの恐怖を味わった。
  その後左右の半身でマヒの強弱差が徐々に出てきて、4肢体不完全マヒになってきた。
  18年たった今でも、左半身には弱いマヒが残っていて、左手で文字を書くと例のピカソ文字になってしまう。
  右半身のマヒは左半身に比べて強いマヒで、いまだに歩けないくらいの強さのマヒが残っている。
  私の両手両足はマヒで動かない状態からスタートしたので、片マヒのように良い半身もヘッタクレもなく、
  マヒそのものを真正面から見据えて、マヒに打ち勝って乗り越えて行くしか生きる方法はなかった。

  それなのに東北大病院(リハ科)は諦めて車イス生活せよと迫ったけど、
  しかし宮城病院はマヒと闘って乗り越えるリハビリを、5ヶ月間に亘って実戦しながらいろいろ教えてくれた。
  私が東北大病院をクソミソに云う所以。
  患者を励ますどころかやる気を挫こうとするんだもの、当時の教授連中を今思い返してもハラワタが煮えくり返る!!!

◇さて連日デイ最終日の今日も、楽しくデイ生活を送ってきた。
  お昼は美味しく完食し、カラオケは「おまえに」と「熱き心に」の2曲を歌ってきた。
  機能訓練員さんによると、先日帰宅第2便でご一緒だったお姉さまが、私のカラオケのファンになったとのこと。
  おぉ、なんと光栄なこと!!
  ありがたいし、非常に嬉しく思った。
  歩け歩け運動ではスローペースだったから、車イスの両足自走でも3周ついて行けた。
  平行棒歩行リハビリは、歩け歩けでの走り過ぎの影響なのか、
  あるいは低温雨降りの天気の影響なのか、調子はイマイチ良くなかった。
  気にしない気にしない、まあ、そんな日もあるさ。
  向かい合わせでの歩行チェックは、機能訓練員さんがその時の状況をみてやるかやらないか判断することにした。
  頻度は月に1,2回程度で、常時メニューではない臨時メニューの位置づけ。
  
コメント
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