『紫式部日記』の注釈書類から紫式部の生涯について記述された部分を摘録する作業は昨日で終えた。
一般向けの書籍のなかで紫式部の生涯を知る上で私がもう一冊欠かせないと思っているのが山本淳子氏の『紫式部ひとり語り』(角川ソフィア文庫、2020年)である。
紫式部の独白という「冒険的な」形をとった本書は、学術書ではもちろんなく、式部が自身の心情を語っている箇所には著者の文学的想像力に基づいたフィクションの要素が入り込んでいることは否定できないが、全体として、紫式部の生涯を知る上での絶対的第一次資料である『紫式部日記』と『紫式部集』に依拠しつつ、同時代の文学作品、紫式部をめぐる歴史資料、国文学・国史学の研究成果を十二分に取り入れて構成された「本人による証言、言わば打ち明け話」になっており、紫式部の「心」に近づく確かな道筋を読者に示してくれる。
その「文庫版あとがき」に、この冒険的な方法は、「研究者として熟考の末に選んだものだった」と著者は記している。『紫式部日記』や『紫式部集』という、「紫式部が直接読者に語り掛けた作品を土台にする以上、それらと同じ方法をとることこそが、研究者として誠実だと考えたのである」とその選択の理由を説明している。その試みは見事に成功していると私は思う。
同じあとがきの最終段落で著者が述べていることからは、その研究者としての誠実さ伝わってくる。
生き長らえば憂さばかりが募る、世というもの。しかし私たちの身には、ここ以外に居場所がない。だからただ生きていくのだと、紫式部は詠んだ。だがそうではないと、私は紫式部に伝えたい。あなたの作家としての人生は、千年後にまでその作品が読まれることで、今の世にも生き永らえている。だから私もあなたの思いを、一人でも多くの人々に伝え続けたいのだと。