こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

写真日和:沖縄の 風と海

2005-09-23 08:29:45 | 写真日和
今日、9月23日は祝日で休みです。

が、相変わらず、寝ても調子悪くて、ロクに寝ないで起きる。
不調が続き、急に、狭苦しい所にいる気分。
開放されたい。

朝、夏の沖縄旅行の写真をめくっていたら、気分がすっと晴れてきた。
覆いかぶさってくるものの少ない、風がいつも、ぼぉ~ぼぉ~吹きすさぶ、あの自由な空気に自分の身をさらす感じを思い出したんだ。

【写真】は夕暮れ時の海。
静かで、もの想いには絶好のときだった。
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かたちんばの「告白」

2005-09-23 00:48:28 | 想い出かたちんば
毎週、楽しみししていたドラマ「電車男」が、今晩、終わってしまった。

しかし、ドラマとしてというより、2人<エルメスと電車男>のシーンに、色んな過去がダブって「フラッシュバック」してしまった。

私は、何はどうあれ結果的に現在は「電車男」のネット住人と同じ、毒男=独身男 である。
但し、それはそれで、ああいうシーンもあったなということを、思い出すつもりもなかったのだが、様々な「瞬間」を思い出してしまったのである。

伊東美咲さんのエルメスの可愛さにノックアウトされながら、「好きって言ったらもっと好きになっちゃいました 」というセリフにグッときてしまった。

(bluegoldさんも同様の事を言っていた。同じくして、グッときた人も多いだろう・・)

これを聞いて、今は亡き、愛する中島らもさんの本の「大好きな」名文を思い出した。
らもさんでなければ言えない(もしくは、糸井重里さんくらいか?)痛く、痛い、重い、コトバだ。

あんな瞬間が自分のようなかたちんばにもあった。永遠のような停止した瞬間が。
もう戻ることない、一瞬の、瞬間が。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
・・・恋におちてしまうのは僕の責任ではないのだ。

そいつはいつも、何の予兆も無くいきなりやってくる。

チャイムを鳴らしてくれれば逃げる手もあるのだが、散歩に行こうとドアを開けると、いきなりそこにヌッと立っているのだ。
アッと思ったときはもう遅い。

・・・そうやって恋に落ちるたびに、僕はいつもボロボロになってしまう。
何日も家に帰らない。
熱でうなされたようになって、相手への想いではちきれんばかりの頭を抱え、ただただ夜の街をほっつき歩いているのだ。
そのへん、恋というのは病気に似ている。

・・・そんな風に、目に見えない力に引き裂かれるような想いで、痛い痛い夜々を過ごすのけれど、それに対する報いというものは何もない。

・・・「恋愛は日常に対して垂直に立っている」と言い換えても間違えでは無い。
極端に言えば、恋愛というのは一瞬のものでしかないのかもしれまい。

唇と唇が初めて触れ合う至高の一瞬、そこですべてが完結してしまい、
それ以外は日常という散文への地獄下りなのだ。

ただし、その一瞬は永遠をはらんでる。

その一瞬は、通常の時間軸に対して垂直に屹立していて、その無限の拡がりの中に
この世とは別の宇宙がまた一つ存在しているのだ。

・・・今夜、街のどこかで向かい合っている唇と唇の間の何センチかの中に、
永遠の時間と、無限の距離と、そして無数の激痛をともなう夜々がうずまっているだろう。

・・・金輪際ごめんだと思っているにもかかわらず(恋を)またやってしまう。
そのへん、恋は二日酔いに似ている。
しかし、言い訳では無いけれど、こういうことなのかもしれない。

もし、誰をも愛していないとしたら、結局僕は「居ない」のだ。
闇の中で、「想い」だけが僕の姿を照らしてくれているような気がする。
それ以外のときは僕は一個の闇であり、一個の不在でしかない。

そのへん、恋は灯台に似ているようだ。

(中島らも「恋は底ぢから」より)
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9月20日 火曜日 休み明け初日です。 ④

2005-09-20 23:54:38 | 雑記帳
駅前でぽつんと、こうこうとした明かりを放つファミリーマート。
トイレを借り、雑誌SPAを買う。

20:30ちょうど運良く来てくれた青梅線~中央線直通の東京行きに乗る。

20:50西国分寺発の武蔵野線に乗る。
いつまでも「昆虫記」の幻想に酔って居たかったけど、田舎電車に乗り降りするイナカモンに、現実に引き戻され、一瞬不快になる。
そうだ、それから離れる為にSPAを買ったんだった。

貨物線路をそのまま引き継いだ武蔵野線は振動・騒音がひどく邪魔してCDが聴けないので、電車で音楽は聴かない。
一時、それでも、愛用のCDウォークマンで音楽を聴いていたのだが、ついつい騒音ゆえに、大音量になっていく為、耳を傷めたことがあったので、今はやめている。

今では、小さい頃に創った頭の中に埋め込まれた「かたちんば自動音楽発生装置」が、勝手に状況を判断して音を鳴らしてくれる。膨大な音楽データの入った自分仕様のジュークボックスだ。
膨大な過去というストックデータから、風景や色、温度、湿度、感情、匂いをくみ取りながら、ある音を、頭が勝手に選び出すのだ..。
昨日からたびたびへビーローテーションでかかっているのは幸宏の昆虫記とは別に、PULSE×PULSEの「Memory Without Consequence」【写真】。
この曲は、私、”好き好き大好き”なのだった。
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9月20日 火曜日 休み明け初日です。 ③

2005-09-20 23:53:51 | 雑記帳
再び、ラジオを聴く。
文化放送「吉田照美のやる気MANMAN」

ゲスト、狩野泰一さん。「FISHDANCE」という曲を聴く。

14:30 のゲストは、「1985年(新潮新書)」という本を出した吉崎達彦さん。
'85年というキーワードを巡った話は楽しい・・。

ラジオは面白いが、外は、雨が降ったりやんだり..ひたすら暗い午後を走る


17:30 どしゃぶりになった雨の中、クルマを走らせ、会社に戻る。
20:20 処理をして会社を出る。
まだ小雨はとぼとぼ降る。
夜の明かりが、雨の中、光を放ち、水たまりがてらてらと輝く。
頭の中に私が大好きな「昆虫記」が流れる。
作詞:吉田美奈子、作曲:細野さん、唄:幸宏。
こんなスズムシがひっそりと鳴く夜に包まれ、その中に漂うと、いきなり私には、昆虫記の幻想的世界が、身の回りに現出して、その世界にトリップしてしまう。

【写真】は'87年にノートに色鉛筆で書いたいたずら書き。
昆虫記のイメージです。
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9月20日 火曜日 休み明け初日です。 ②

2005-09-20 23:49:22 | 雑記帳
立川から出ているモノレールの下の路を走っていく。
中央大学 八王子キャンパスの前を通過し、11:10多摩センターに着く。
大塚家具にてたんまり仕事。相変わらず 暗い駐車場 空も白く 暗く 曇っている。

12:40クルマに戻り一服。曇りひどくなってくる。

13:00 餃子の王将 南大沢店(八王子市別所)へ。
ギョーザ+ミニちゃーはん+王将らーめん の850円のセットを平らげる。
大阪にいる頃は、よく王将には、お世話になったものだが、こちらでは久方ぶりに食べた。

どういう催し物があったのかわからないが、昼から馬鹿母子集団がかなり来ている。
とうちゃん働き、母子は昼からのんびり仲間を集い遊んでる訳ですね。どうしようも無い。情けなくてコトバも無い。
ろくにメシを食うわけでもないガキを王将に連れてきて、そのくせ泣かせたり、ギャーギャー遊ばせっぱなし。
どういう神経しているのか疑いたくなる。うるさくて、首ひねって殺したい殺意に襲われる。

13:30店を出るとパラパラ雨が降り出した。
頭の中で、松田聖子「ガラスの林檎」が勝手にさっきから流れている。
こないだ「イエローマジックショー」で見たのが焼きついているのだろう。

松田聖子については、私は、存在そのもの自体に否定的だが、この曲と「天国のキッス」【写真】は曲として、好きだ。

実は、これ、細野さんの曲。

細野さんは、'83 当時、死ぬほど忙しかった。
日夜、細野さんは、スタジオで、産みの苦しみと時間と戦っていた。
その過酷さにあって、あの眠そうな疲れた顔を思い出す。
この苦しさの中、次々、泉のように生み出された音楽に、細野さん特有の憂えたロマンティシズムとエロスを感じたものだ。
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9月20日 火曜日 休み明け初日です。 ①

2005-09-20 23:43:09 | 雑記帳
39にもなって、仕事は、あくまで、自分の内部で、別人格というか本業と思っていない 
連休開けの本日火曜
不快な朝
白痴のように
半分無意識で一通りすませ、
駅に一路向かう人々の流れに混じり歩く。

現実逃避し続ける39歳の白痴人の頭の中には、PULSE×PULSE「Memory Without Consequence」が流れ続ける。幸宏 '90年代後半での久々の名曲。

朝、駅のファミリーマートで、シーチキンマヨネーズ・昆布 2個のおにぎりを買い、公園でほおばる。
普段、朝ごはんを食べない自分が、腹へって。

10:20外出 たばこ1本ふかし、SHOP99で烏龍茶を買う。
ラジオ 文化放送「くにまるワイド ごぜんさま~」聴く。
コーナーゲスト泉麻人さん。
<久々です。ご無沙汰してました。>

~いまさらですが 泉麻人さんのプロフィール くにまるワイド HPより~
「1956年、東京都新宿区・下落合生まれ。
1975年、慶応大学商学部に入学。卒業後、東京ニュース通信社に入社し、「週刊テレビガイド」の記者となる。
1980年「スタジオボイス」に初めて泉麻人のペンネームでコラムを執筆し、以降、さまざまな雑誌に若者文化や社会をユニークな視点で分析したコラムを執筆。
また、「テレビ探偵団」や「冗談画報」などのテレビにも出演。自転車、路線バス、昭和のマイナー歌謡、昆虫などさまざまな分野をコアな視点で切り取るコラムニストとして、また、色んなものに詳しいタレントとして活躍中である。

今週の「邦流」のゲストは泉麻人さん。トレンド研究家の代表格ともいえる泉麻人さん。少年時代からいろんなものを収集していました。特に夢中になっていたのは昆虫。少年時代は肥満だったという泉少年が思春期を迎えた時におしゃれに目覚め、ディスコに通いという慶応ボーイ時代の話もたくさん聴いています。トレンドを見る目はすでに学生時代にあったんですね。」
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坂本龍一のサウンドストリート 1981年9月8日 YMO座談会2 の「その2」

2005-09-19 13:10:40 | 坂本龍一のサウンドストリート
今、ペンギンカフェが人気だが、昔のイーノとそっくりと言う教授。
私には意外な意見だが、細野さんも同意している。

カンタンなメロディでアコースティックでフォークロアっぽい所が、と言うが、このニュアンスがいまいち分からない、というかそうは思えないのだ。

幸宏は最近の(=当時の)ロンドンが好きという。
ここで出てきたバンド名がデペッシュ・モードとシンプルマインズ。

教授  「僕、やんぐるまーぶるじゃいあんつが好き。」
細野さん「ヤング・マーブルでしょ。(笑い)」

事実、この時期、YMOとイギリスの20代は同時多発ゲリラのように相互影響を与えながら、バンバンと次から次へと、夢のように(私にとってですが)革命的な音楽を生み続けていた。

教授の友人が関西の「アンバランス」と言うバンドがスゴクイイと言う。
鈴木慶一さんがイイと言っている「人種熱(?)」という近田春夫が関わるバンドも、イイとはいうが3人とも聴いていないという。
聴いてはいないがイイといううわさは、聴くまで信じないという幸宏に対して、期待だけで充分イイという細野さん&教授。
期待だけで外れたとしても、その期待した感じを自分でやればいい・・。

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4・ますますます不明 ヴォーカルのくぐもった感じがジョイ・ディビジョンのイアン・カーティスにそっくりだが、演奏のウマさからしてジョイ・ディビジョンではない。
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5・<ブリッジ>クラフトワーク ナンバーズ
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6・引き続き不明
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草原で猿(=人間)の楽隊の集団がにぎやかに踊ったり演奏したりやってるという感じをイメージするという教授。それを小高い丘から俯瞰しているという、、。
【これが「左うでの夢」に繋がったのか?】

テクノと草原とムラというイメージがイイと同調する細野さん。

一切、関心が無さそうな幸宏。

ゲイリーニューマン、クラフトワークの室内というか閉鎖的な感じがつまらないという教授。うなずく細野さん。

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7・引き続き不明 レゲエ。確実に当時どこかで聴いているハズだが、曲名が思い出せない。サードワールド?ジミークリフ?わからん。
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8・引き続き不明 案外、当時のニューウエィブの曲はかかっていない。この曲も平凡なロック曲だし・・。
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面白いのは、この後、言っていた草原のイメージの話から山のぼりの話になり、細野さんが「フニクリフニクラ」を冗談めかして唄うのだ。

興味深い事実だが、細野さんが「フィルハーモニー」で「フニクリフニクラ」をやるのは、この約1年後である。何なんだろうかこれは?単純なる偶然では無いだろう。しかし、当時、「フニクリフニクラ」をテクノで奏でるイメージがあったとは思えない。
またワンダーフォーゲルの話も出るが、当時ゲルニカと出会っていたとも思えないし・・。

人生はまか不思議なり。


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9・エンディング フォトムジーク
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坂本龍一のサウンドストリート 1981年9月8日 YMO座談会2 の「その1」

2005-09-19 12:30:45 | 坂本龍一のサウンドストリート
幸宏  「先週どんな話したんでしたっけ?」
教授  「相変わらず焦点の定まらぬ・・・。」
細野さん「さだまさし!」
    【一同 大爆笑】
教授  「言うと思ったんだ。こういうつまらないバンドなんですYMOは」

くだらないギャグではしゃぐ3人。そのギャクの源として三平師匠の話へ。
「三平師匠」とは故・林家三平さんのこと。

幸宏だけ三平師匠と1時間半もお話をしたといって自慢。
「もうすぐ三平師匠の2枚組みレコードが出るんだよね」。

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1・不明 ミッシング・パーソンズ?違うかな?
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一足先に幸宏が死んだら、追悼盤で幸宏のドラムテイクだけの「バアーバアー」言ってるレコードだしてあげるよと他2人。

幸宏  「イヤですよ~」
教授  「だってドラム命でしょ?」
幸宏  「そんなことないですよ。最近、キーボード命です。」
教授  「最近、ピアノやってる。ピアノっていいね。」
細野さん「ピアノ出来るの?(笑い)」
幸宏  「上手いんでしょ?」
教授  「イヤイヤ。”下手うま”いです。」
細野さん「白戸三平タッチで?」

細野さんのピアノを教授が会う前から好きだったと告白し、幸宏はホソノハウスのドラムが「ヘタウマくて良い」という。

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2・不明 「You're My Session~」とか唄ってる。
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幸宏  「最近、期待している人いますか?」
3人  「YMO」
教授  「期待出来るね。だってほかにいないじゃん。」
幸宏  「それって天狗じゃないですか?」

幸宏  「外国では誰が?ジャパン?」
教授  「ジャパンは兄弟みたいなもんだし。。。DAFは大好きです。
    ・・・・・僕、恥ずかしいけどイーノ好きだな。」(笑い)
細野さん「恥ずかしいんだ・。」

教授は、こないだ自分でイーノのセレクションカセットを作ったといい、一緒に仕事をしたいなという。

3人で唯一11年前に会ったという幸宏は、ごく普通の「すごくイイ人」だという。

▲かたちんばもイーノは大好きだが、頭がよくプライドが高く「イイ人」とは思えないが・・。まあ音楽家にそういう人の良さは関係ないですが・・。トーキングヘッズとの名盤「リメイン・イン・ライト」でのヘッズのメンバーとのもめごとを思い出しました。

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3・ますます不明
■■■

<<<<続く
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9月19日 月曜日【祝日】  朝からイノヤマランドへ。

2005-09-19 09:46:48 | 音楽帳
月曜が休みという珍しい日なので、夜中1:00からの細野さんのラジオ「デイジーホリデイ」を聞こうと頑張ったのだが、疲れて眠くて寝てしまった。

しかし、日曜は既に終わり、月曜の仕事再開に向けて寝なければいけない時間に「・・・ホリデイ」は無いよなあ、といつも思う。

お願いだから、もっと聞きやすい時間にして欲しい。

***

眠りは浅く、夢ばかり見ていた。
夢といっても、結局は仕事の最中の夢で、悩んだり、困ったりする「悪夢」で、やはり今朝も昨日に続いて、6:10悪夢に飛び起きた。

仕事中になぜか、ずぼんを脱いでいると、誰かがあやまって「おしっこ」の入った桶をひっくり返してしまい、ずぼんがビショビショになってしまう。
「これから、得意先に行かなきゃいけないのにい~。どおしよう~。」
と泣きながら、呆然とする。

こういうありえないシーンの連続だった気がする。

***

はっきり言って眠い。
しかし、眠る訳にもいかず。CDの整理などする。

8:20朝ごはん。

8:40頭がガンガンするフラフラの中、CDを整理していたら出てきた”イノヤマランド”の「ダンシンダンポジドン」【写真】を聴く。

★ヒカシューのメンバーだった井上誠と山下康の2人=イノヤマランドです。
★細野さんがプロデューサー。YENレーベルのMEDIUMシリーズとして「インテリア」と同時発売されたのが、この「ダンシンダンポジドン」。
★確か、不思議なフレーズのタイトル「ダンシンダンポジドン」とは、小さい頃に、一緒に遊んでいた子が、つぶやいていたフレーズだという。
何か、幼い頃の記憶というのは、あいまいな分、夢じみていて、こういう不思議な体験というのが確かに沢山漂っているものだ。

細野さんの、このMEDIUMシリーズは明らかに、イーノの影響、というより、イーノそのもののパクリという感じではあるが・・・。しかし、イーノが元とわかっても、細野さんのすることは全て、いつだって自らの進むべき路に向かって歩いている細野さんの、体内から醸造された「音楽の旅」の中間報告なので、いつも許してしまう。

このアルバムでは、ウォーターディレイシステムという細野さん独自の新しい発想で、新しい音像を作り出す発明を生み出している。

水の入った容器にマイクを向けて、水面に反射した音を拾うという仕組み。
確かに不思議な音のゆらぎを作り出している。

昔、初めて、クロスオーバーイレブンで聴いた「マイネ・リフレクション」が好きだ。
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9月18日 日曜日 感無量。 「生きててよかった。」

2005-09-18 19:54:27 | 音楽帳
・・・・どういうことかAM11:00頃からインターネットが接続不調におちいった。
実は、この数日こういうことがあり悩んでいた。

3連休が原因なんだろうか?

稚拙ながら、線の具合を確かめてみたものの原因不明であきらめた。

仕方なくネットでは無いことに専心する。

今日はえらい温度高くなり、暑いので、クーラーを入れて、山積みになったチラシ類の整理、それからハサミと糊を持ち、音楽をかけながらコラージュをする。
お陰で昼飯は15:00にレンジでチンの茄子のミートスパゲティでさっさと済ます。

その後は、昨日、やっとの思いでWINMXでダウンロード出来た!!!!!!!!!!!! BSで2001年にやった細野さんの2時間特番「イエローマジックショー」を観た。
やっと見ることが出来た。

久々に見た高野寛君はやけにふけたな(高野君大丈夫かなあ・・)、とか、愛娘コシミハルちゃん(もはや「ちゃん」では無いか?)はいつまでも若いな、とか、この時点で既にアッコちゃんは多分教授と別居していたんだな、とか、幸宏と細野さんは一生涯の名相棒だなあ、とか、想い想いしながら..。

とにかく、「感無量」だ。

息子役で出ていた佐野史郎さんが
「・・何と言っていいか。高校生の頃の僕が、今喜んでいますよ。」
と詰まり詰まり言っていたが、その気持ちが良くわかった。
実に明確に、この番組を見た人々の言葉を代弁しているかのようだった。

細野さんはもちろんの事、こんなステキな沢山の人たちに出会えた幸せに感謝。
自分は、かたちんば、ではあるけれど、こんな人々と過ごしてきた20数年だけは、一生涯の「僕の宝」である。いつだって生きる暗闇で輝く道先案内人だった。

あなたたちに会えなかったら、多分、「僕」は自殺していただろう。

感謝。

つい、涙もろくなる最近である。

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