もう40数年前になりますが、毎週土曜日のNHKラジオで、小泉文夫という方の「世界の民族音楽」という番組をやっていました。
テーマのインドのタブラを聞くと何故かワクワクしたものです。
オーストラリアのマオリ族の楽器や、インドのシタール、今では町でよく見かけるペルーのケーナ、或いはインディオのアルパなどなど、ホントに良く世界中の民族の楽器の音源を集めたものだなと、今になって感心します。
現在でこそ、二胡の音も毎日のようにラジオから流れてきていますが、その当時二胡の音など聞いたことのある人はほとんどいませんでした。
私は、学校の関係で横浜へ行くことも多く、それこそホントにたまに、中華街の裏の方で二胡の音が流れて来るのを聴くことが出来ました。
それ以来、アニメの「もののけ姫」で二胡の音を聞くまでは私自身殆ど無縁でした。
ビートルズがインドのシタールを楽曲に使って以来、あらゆるジャンルの音楽に世界中の楽器が使われるようにはなりましたが、それも定着すると言うほどではなく、新しい音源の開発の一部というような感じでしたでしょうか。
インドのシタールやタブラ、或いはアラブのウード等楽器を手に入れるだけでも大変な思いをします。二胡は違いますね、もうすでに日本中に二十ヶ所くらいは楽器を販売しているとところが有ります。
いくら中国製とはいえ、日本人が楽器作りに携わっている楽器屋さんも有りますし、私みたいに成り立っているかいないかは別にしても二胡の修理屋をやっているところもあります。
又ネットの上でだけかもしれませんが、二胡の修理しますよというところも、3、4件は出てきています。
それくらいには、二胡は日本に定着しています。
教室も、今までに二胡の教室が無いという県は、山形県、秋田県、青森県、鳥取県、高知県ぐらいではないでしょうか、(どなたか、もっと正確にわかる方いらしたら教えて下さい、これらの県に教室あったら教えて下さい)
それにしても多分、もしこれらの県に教室が無かったとしても、多分二胡を弾いている人はいるとは思うのです。
そのくらいに、日本中に広がっているのです。
これも、ひとえに、この20年来中国から渡って来て、大変な努力をして二胡を拡げて来た中国人の諸先生方のおかげだと思います。
また、お名前を言ってよいのかどうか分かりませんから名前はあげませんが、これらの先生方をバックアップして来た、A女史、K女子、そしてK氏らが、人知れず二胡の音楽をそして先生方を援助し続けてきたおかげではないかと思います。
偶然ではないのだと思います。(いまその方々は、二胡の友という雑誌の編集にもかかわっておられます)
二胡大好きというこれらの人々の努力が今このように二胡が日本に定着させて来たのでしょう。
大感謝です。
そして、私が二胡を作ろうとして、悪戦苦闘している時に技術面で様々なアドバイスをしてくれた、十三堂楽器店のオーナーの呉俊徳さん、(沙皮さん)は実際に日本中二胡を持って二胡の良さを日本中に広めていますし、
最初に作った楽器を多分激励の為でしょうが、実際に購入して販売までしてくれた中国屋楽器店のショウホウさんもいらっしゃいます。
また、西野の二胡沢山の演奏家に試し弾きをいらしていただいたK氏にも感謝です。
それから、お会いしたことはありませんが、もう一人日本人の二胡製作者が居ると言うことは大変な励みになりました。
椿二胡工房の椿さんは、当初日本で二胡作られていたのですが、私などには判らない理由から、中国での生産に切り替えたようですね。
これは私の勝手な想いですが、出来たら、椿さんにも日本に帰ってきて日本の中で実際に彼の作った二胡を拡げて欲しいです。それでこそ日本人の技術と感性が活きる形になると思うのです。
ある意味良きライバルですし、彼の作ったと言われている二胡何台か弾かせていただきましたが、なかなかやるなーーという感じです。
誤解のないようもう一度言いますと、彼の販売している二胡は私の弾いた限りではかなり健全に鳴る良い二胡です。(全部を弾いてるわけではないので、、、)人の宣伝してどうするとは思いますが。
今、二胡が日本に入ってきて10余年、二胡製作者が二人も、或いは、公には出てこられませんが、千葉のSさん、名古屋のRさん等が、日本に居る状態になりました。
単に輸入するだけの楽器を越えて、製作者が居ると言うのは、完全な定着と言ってよいと思います。
これは事実ですから、否定はしないで欲しいと思うのです。これは諸先生方或いは二胡屋さんへののお願です。西野二胡など二胡ではないと言う人へも、西野二胡は二胡の音ではないと言う人へも、西野二胡なんぼのものじゃいという方々へも、どうぞちゃんと弾きに来てから言って欲しいです。或いは弾き比べてから言って欲しい事です。
もう65歳になる私なんかがこれから作れる二胡などせいぜい、100台にも満たないと思います。量産するつもりも無いですし現実そのような作り方をしていません。
決して御商売の邪魔になる数ではないと思うのです。
私が止めたとしても後を継ぐ人というのは必ず出てきます。
これだけ二胡が広まり定着してきたら、戦国時代に、三線というのが日本に入ってきて、もう20年後には、淀君の為の三味線という日本の楽器に変わってきているように、また明治になって、20年には日本人の作ったバイオリンが販売されているように、日本人というのは作るということに於いては、世界でも最強の執着心をみせますから。
もう完全に定着した楽器、中国の民族楽器を越えた、日本の楽器にもなりつつあるのだと思います。
今から、20年もたてば、日本製の二胡が、中国の名人の作った物と肩を並べるか、或いは更に進化させて、日本二胡という形にもなって行くことでしょう。
だからこそ、私の願いは、そろそろその事を、諸先生方には意識していただきたいのです。
確かに、仕事である以上、利益の追求というのは当然のことです。
しかし、折角に皆さんが大変な努力をしてきたのですから、(よその国に行って、何かを広めると言うのは、私には出来ないなと思うくらいに凄い事ですよね)その事を大切に、より健全な事業にしていって欲しいのです。
今までは、日本の二胡の草創期だと思います、良いも悪いもまとめて仕入れて来たし、入れ込んでも来た時代だったかもしれません。
これからは健全な楽器を、健全に販売し、健全な授業をすることが、今だけでなく長い目で見た日本での二胡事業となるはずなのです。
そのように考えそのようにシステムを作られた方が、これからは伸びるはずなのです。
そろそろ、そう考える、先生方も出てきておられます。
3000年前、スリランカに生まれたかもしれないラバナストロンという二胡の御先祖が、時代と所をうつし、日本にまでたどり着き、沢山の人を弾くこと聞くことで楽しませて来たのです。
後300年してこれは日本で完成され、再度世界に広がったというくらいな楽器になって欲しいというのが、日本人の二胡製作者としての、私の勝手な想いです。
この項終わり。
西野和宏
テーマのインドのタブラを聞くと何故かワクワクしたものです。
オーストラリアのマオリ族の楽器や、インドのシタール、今では町でよく見かけるペルーのケーナ、或いはインディオのアルパなどなど、ホントに良く世界中の民族の楽器の音源を集めたものだなと、今になって感心します。
現在でこそ、二胡の音も毎日のようにラジオから流れてきていますが、その当時二胡の音など聞いたことのある人はほとんどいませんでした。
私は、学校の関係で横浜へ行くことも多く、それこそホントにたまに、中華街の裏の方で二胡の音が流れて来るのを聴くことが出来ました。
それ以来、アニメの「もののけ姫」で二胡の音を聞くまでは私自身殆ど無縁でした。
ビートルズがインドのシタールを楽曲に使って以来、あらゆるジャンルの音楽に世界中の楽器が使われるようにはなりましたが、それも定着すると言うほどではなく、新しい音源の開発の一部というような感じでしたでしょうか。
インドのシタールやタブラ、或いはアラブのウード等楽器を手に入れるだけでも大変な思いをします。二胡は違いますね、もうすでに日本中に二十ヶ所くらいは楽器を販売しているとところが有ります。
いくら中国製とはいえ、日本人が楽器作りに携わっている楽器屋さんも有りますし、私みたいに成り立っているかいないかは別にしても二胡の修理屋をやっているところもあります。
又ネットの上でだけかもしれませんが、二胡の修理しますよというところも、3、4件は出てきています。
それくらいには、二胡は日本に定着しています。
教室も、今までに二胡の教室が無いという県は、山形県、秋田県、青森県、鳥取県、高知県ぐらいではないでしょうか、(どなたか、もっと正確にわかる方いらしたら教えて下さい、これらの県に教室あったら教えて下さい)
それにしても多分、もしこれらの県に教室が無かったとしても、多分二胡を弾いている人はいるとは思うのです。
そのくらいに、日本中に広がっているのです。
これも、ひとえに、この20年来中国から渡って来て、大変な努力をして二胡を拡げて来た中国人の諸先生方のおかげだと思います。
また、お名前を言ってよいのかどうか分かりませんから名前はあげませんが、これらの先生方をバックアップして来た、A女史、K女子、そしてK氏らが、人知れず二胡の音楽をそして先生方を援助し続けてきたおかげではないかと思います。
偶然ではないのだと思います。(いまその方々は、二胡の友という雑誌の編集にもかかわっておられます)
二胡大好きというこれらの人々の努力が今このように二胡が日本に定着させて来たのでしょう。
大感謝です。
そして、私が二胡を作ろうとして、悪戦苦闘している時に技術面で様々なアドバイスをしてくれた、十三堂楽器店のオーナーの呉俊徳さん、(沙皮さん)は実際に日本中二胡を持って二胡の良さを日本中に広めていますし、
最初に作った楽器を多分激励の為でしょうが、実際に購入して販売までしてくれた中国屋楽器店のショウホウさんもいらっしゃいます。
また、西野の二胡沢山の演奏家に試し弾きをいらしていただいたK氏にも感謝です。
それから、お会いしたことはありませんが、もう一人日本人の二胡製作者が居ると言うことは大変な励みになりました。
椿二胡工房の椿さんは、当初日本で二胡作られていたのですが、私などには判らない理由から、中国での生産に切り替えたようですね。
これは私の勝手な想いですが、出来たら、椿さんにも日本に帰ってきて日本の中で実際に彼の作った二胡を拡げて欲しいです。それでこそ日本人の技術と感性が活きる形になると思うのです。
ある意味良きライバルですし、彼の作ったと言われている二胡何台か弾かせていただきましたが、なかなかやるなーーという感じです。
誤解のないようもう一度言いますと、彼の販売している二胡は私の弾いた限りではかなり健全に鳴る良い二胡です。(全部を弾いてるわけではないので、、、)人の宣伝してどうするとは思いますが。
今、二胡が日本に入ってきて10余年、二胡製作者が二人も、或いは、公には出てこられませんが、千葉のSさん、名古屋のRさん等が、日本に居る状態になりました。
単に輸入するだけの楽器を越えて、製作者が居ると言うのは、完全な定着と言ってよいと思います。
これは事実ですから、否定はしないで欲しいと思うのです。これは諸先生方或いは二胡屋さんへののお願です。西野二胡など二胡ではないと言う人へも、西野二胡は二胡の音ではないと言う人へも、西野二胡なんぼのものじゃいという方々へも、どうぞちゃんと弾きに来てから言って欲しいです。或いは弾き比べてから言って欲しい事です。
もう65歳になる私なんかがこれから作れる二胡などせいぜい、100台にも満たないと思います。量産するつもりも無いですし現実そのような作り方をしていません。
決して御商売の邪魔になる数ではないと思うのです。
私が止めたとしても後を継ぐ人というのは必ず出てきます。
これだけ二胡が広まり定着してきたら、戦国時代に、三線というのが日本に入ってきて、もう20年後には、淀君の為の三味線という日本の楽器に変わってきているように、また明治になって、20年には日本人の作ったバイオリンが販売されているように、日本人というのは作るということに於いては、世界でも最強の執着心をみせますから。
もう完全に定着した楽器、中国の民族楽器を越えた、日本の楽器にもなりつつあるのだと思います。
今から、20年もたてば、日本製の二胡が、中国の名人の作った物と肩を並べるか、或いは更に進化させて、日本二胡という形にもなって行くことでしょう。
だからこそ、私の願いは、そろそろその事を、諸先生方には意識していただきたいのです。
確かに、仕事である以上、利益の追求というのは当然のことです。
しかし、折角に皆さんが大変な努力をしてきたのですから、(よその国に行って、何かを広めると言うのは、私には出来ないなと思うくらいに凄い事ですよね)その事を大切に、より健全な事業にしていって欲しいのです。
今までは、日本の二胡の草創期だと思います、良いも悪いもまとめて仕入れて来たし、入れ込んでも来た時代だったかもしれません。
これからは健全な楽器を、健全に販売し、健全な授業をすることが、今だけでなく長い目で見た日本での二胡事業となるはずなのです。
そのように考えそのようにシステムを作られた方が、これからは伸びるはずなのです。
そろそろ、そう考える、先生方も出てきておられます。
3000年前、スリランカに生まれたかもしれないラバナストロンという二胡の御先祖が、時代と所をうつし、日本にまでたどり着き、沢山の人を弾くこと聞くことで楽しませて来たのです。
後300年してこれは日本で完成され、再度世界に広がったというくらいな楽器になって欲しいというのが、日本人の二胡製作者としての、私の勝手な想いです。
この項終わり。
西野和宏
たまたま、近くのカルチャーで二胡講座が始まり、チラシを見てCDと同じ楽器だ!と思い申し込んだのでした。
始めるときは、何も知らず・楽器も持たず・音楽経験も皆無で・今考えても、良くもまあ始める気になったものだと思います。
一通りの悪戦苦闘を経て、9年目に入りました。
今でも自分で楽器を弾く上での悪戦苦闘は有りますが・・・。
毎日・歯を磨くように、顔を洗うように、「二胡を弾く事を習慣にしてしまおう!」と思い・その通りにほぼ習慣になっています。少し弾かない日が続くとなんだか忘れ物をした気になります。腕前は別として、ちょっとでも弾くと・「ああ、さっぱりした。爽快!」と思います。
もはや、ライフワークです。
これからも弾き続けると思います。
何か困ったとき、楽器の調子が悪くなったり壊れたりした時、相談したり治してもらえる所が国内にあるのはとても安心できます。
ありがとうございます。
ほんとなら、東京以外の方のも、送ってもらって治せるようにすればよいのですが。
まだまだ、私の二胡修理調整の腕がそこまで信じられていません。
日本人がホントに治せるのという疑問をお持ちの方も多いのです。
また、光舜堂にはいくなという教室もあるとか聞きます。当然でしょうね。
それらが払しょくされ、西野の腕が信頼されるようになったら、日本中の二胡治せるようになると思いますよ。
という事は全国津々浦々で、今日も誰かが二胡
を弾いてるんですか?!
すごいわ!
ありがとうございます。
凄いですね、全国ですか。
三味線並みにはなって来たということですね。
下手すると太棹なんかより多いかもしれませんね。
胡弓はどうも1000人ぐらいかもしれないということもお聞きしました。楽器を持っていらっしゃる方は、事の先生などがいらっさyるようですが、どうもあまり演奏というのはされていないようですね。日本の琵琶も1000人いかないかもという話を聞きます?。いずれにせよ、二胡はもうかなり日本に定着しているといって良いのでしょう。