小序:世界歴史と人類史
筆者は先ごろ、拙論『世界歴史鳥瞰』の連載を終えた。ここで主題とした「世界歴史」とは、いわゆる歴史時代の通史―筆者はそれを「文明の履歴」ととらえる―であった。それはせいぜい過去5000年の歴史にすぎない。これに対して、本連載で主題とする人類史とは、文明成立前の先史時代を含めた人類の全史を指す。
この点、しばしば学校教育上の「世界史」では、先史時代から説き起こすことが当然のごとくに慣例となっているが、本来「歴史」には先史時代を含まない。
とはいえ、歴史時代に先立つ先史時代は歴史時代の長い準備期間として無視することのできないプロセスである。従って、世界歴史の前段階として先史時代を含める教科書的な記述も誤りではない。その意味では、世界歴史は人類史の一部と理解することもできる。
この場合、人類史の中に包摂される歴史時代の扱いが問題となるが、それは世界歴史をより大きな視座でとらえ直すものとなる。その大きな視座とは用具革命―「用具」の特殊な意味については第1章で述べる―である。言い換えれば、人類史とは連続的な用具革命のプロセスである。そうした意味で、人類史は世界歴史の総集編であると同時に補完編でもある。
ところで、その人類史とはどこからスタートするのか。非常に広く取れば、最古の人類とされるいわゆる猿人の誕生時からということになるだろう。一方、狭くは現生人類の誕生時からということになる。このような問題の常として唯一の正解というものはないだろうが、拙論では中間を取って「最初のホモ属」の誕生時からという立場を取る。
このような立場を取ると、人類史は目下最初のホモ属とみなされるホモ・ハビリスが出現して以来、250万年程度のスパンを持つことになる。この数字は一見気が遠くなりそうな数字であるが、地球史46億年はおろか、哺乳類史2億2000万年と比べても比較的「最近」のエピソードにすぎない。「長い来歴を持つ生物」という現生人類が陥りがちな思い上がりを正すうえでも、人類史を概略的な短いエピソード風にまとめることには一定以上の意義があるかもしれない。