第一章 総則
第一章では、国の基本原則が三十二か条にわたり列挙されている。節に分けられず、羅列されているが、政治原則を定めた部分(第一条乃至第五条)、経済原則を定めた部分(第六条乃至第一八条)、文教・福祉・環境など民生の基本原則を定めた部分(第一九条乃至二六条)、治安・軍事・行政の基本原則を定めた部分(第二七条乃至第三二条)に大別できる。全般に、旧ソ連憲法第一編からの影響が強く窺える章であるが、旧ソ連憲法よりも簡素な仕立てで、実際的な内容となっている。
【第一条】
1 中華人民共和国は、労働者階級の指導する労農同盟を基礎とした人民民主主義独裁の社会主義国家である。
2 社会主義制度は、中華人民共和国の基本となる制度である。いかなる組織又は個人も、社会主義制度を破壊することは、これを禁止する。
第一条は、社会主義の宣言条項である。旧ソ連憲法の第一条と類似しているが、旧ソ連のように、プロレタリアート独裁を越えた「全人民国家」ではなく、「人民民主主義独裁」とされ、なおプロレタリアート独裁段階にあるとの認識に立つ規定である。従って、第二条第二文にあるように、社会主義制度の破壊を禁ずる治安条項が憲法にも明示されている。これは、反政府活動取締りの根拠ともなるだろう。
【第二条】
1 中華人民共和国のすべての権力は、人民に属する。
2 人民が国家権力を行使する機関は、全国人民代表大会及び地方各級人民代表大会である。
3 人民は、法律の定めるところにより、各種の方途及び形式を通じて、国家の事務を管理し、経済及び文化事業を管理し、社会の事務を管理する。
人民主権を宣言する条項であり、旧ソ連憲法第二条と類似する。人民権力の表れである人民代表大会はブルジョワ議会制度とは異なり、旧ソ連のソヴィエト制度に相当するものと理解できる。第三項は人民主権の内容を具体化しているが、それは国家事務、経済・文化事業、社会事務の管理という実際的なものである。
なお、旧憲法第二条には「中国共産党は、全中国人民の指導的中核である。労働者階級は、自己の前衛である中国共産党を通じて、国家に対する指導を実現する。」という共産党指導条項があったが、現行憲法では削除されている。ただし、このことは、共産党支配の否認を意味せず、前文では「共産党の指導」がなお謳われており、共産党支配体制は不変であるが、法規範性を持つ憲法本文からの除外は、共産党の支配が法的(規範的)なものではなく、政治的(事実的)なものに変化したことを意味する。
【第三条】
1 中華人民共和国の国家機構は、民主集中制の原則を実行する。
2 全国人民代表大会及び地方各級人民代表大会は、すべて民主的選挙によって選出され、人民に対して責任を負い、人民の監督を受ける。
3 国家の行政機関、裁判機関及び検察機関は、いずれも人民代表大会によって組織され、人民代表大会に対して責任を負い、その監督を受ける。
4 中央と地方の国家機構の職権区分は、中央の統一的指導の下に、地方の自主性と積極性を十分に発揮させる原則に従う。
レーニン主義的な社会主義国家運営の原則である民主集中制を定めた本条も、旧ソ連憲法第三条に類似する。第四項は、中央集権の原則の枠内で、地方の自律性も考慮した柔軟な地方制度の原則を示している。
【第四条】
1 中華人民共和国の諸民族は、一律に平等である。国家は、すべての少数民族の適法な権利及び利益を保障し、民族間の平等、団結及び相互援助の関係を維持し、発展させる。いずれの民族に対する差別及び抑圧も、これを禁止し、並びに民族の団結を破壊し、又は民族の分裂を引き起こす行為を禁止する。
2 国家は、それぞれの少数民族の特徴及び必要に基づき、少数民族地区の経済及び文化の発展を促進するように援助する。
3 少数民族の集居している地域では、区域自治を実施し、自治機関を設置し、自治権を行使する。いずれの民族自治地域も、すべて中華人民共和国の切り離すことのできない一部である。
4 いずれの民族も、自己の言語・文字を使用し、発展させる自由を有し、自己の風俗習慣を保持し、又は改革する自由を有する。
本条は中国内政上の最もセンシティブな問題である少数民族政策の基本原則を定めている。それは平等と自治を基本としながらも、第一項第二文で釘を刺すように、破壊・分裂主義を禁じており、民族独立運動の抑圧根拠ともなる規定である。実際のところ、人口の90パーセント以上を占める漢民族の優位性は否定できず、本条の実効性には疑問もある。
【第五条】
1 中華人民共和国は、法による治国を実行し、社会主義の法治国家を建設する。
2 国家は、社会主義の法秩序の統一と尊厳を守る。
3 すべての法律、行政法規及び地方法規は、この憲法に抵触してはならない。
4 すべての国家機関、武装力、政党、社会団体、企業及び事業組織は、この憲法及び法律を遵守しなければならない。この憲法及び法律に違反する一切の行為に対しては、その責任を追及しなければならない。
5 いかなる組織又は個人も、この憲法及び法律に優越した特権を持つことはできない。
社会主義的法治国家の原則を定める本条も、旧ソ連憲法第五条の影響が強いが、法治国家主義は建国以来、中国の未完の課題であり続けている。第五項で、共産党を含むすべての組織・個人の超法規的特権が否認されているが、旧ソ連と同様、共産党支配体制では、憲法及び法律の改廃・運用にも強い指導力を持つ共産党は特権的存在とならざるを得ない。