Ⅰ アメリカ―分権型多重警察国家
1‐2‐4:沿岸警備隊と運輸保安庁
国土保安省系の連邦警察機関の中でも公共交通の保安に関わるものとして、合衆国沿岸警備隊(United States Coast Guard)と運輸保安庁(Transportation Security Administration)がある。
沿岸警備隊は、言わば海の警察であり、公海及び合衆国の管轄が及ぶ水域上、水面下及び上空における連邦法の執行又はその支援を最大任務とする組織である。
この組織は警察機関であるとともに、戦時には海軍に編入されて軍としても機能する二重の性格を持つ特殊な機関である。そのために、組織は軍に準じた階級制のもとに統制されている。さらに、装備に関しても、軍に準じている。
元来は税関監視艇部を前身とすることから、財務省の下にあったが、海上警察として発展するにつれ、運輸省の創設とともに運輸省管轄に移管され、さらに国土保安省の新設に伴い、同省に再移管されるという転々を経ている。
国土保安省系の機関となってからは、海上におけるテロリズム対策が重要な任務となり、海上保安部隊や海上治即応部隊など、重装備の特殊部隊を擁するようになり、軍隊化がいっそう進行している。これも、警察の準軍事化という大きな流れの一環と言えるであろう。
一方、運輸保安庁は国土保安省の設置に伴って新設された全く新しい機関である。その任務は海上交通を除く公共交通全般の監督・保安にある総合的な機関であるが、中でも9.11事件で課題となった空港警備を含む航空保安業務が最大の中心を占める。
アメリカにおける航空保安業務は、従来から存在した機内警察業務を担う航空保安官を除けば、基本的に航空会社が独自に、または協調的に行うことが伝統であったが、9.11事件がこの伝統を大きく変えさせた。その結果、言わば空の警察として、運輸保安庁が新設されることとなったのである。
これに伴い、前出の航空保安官も3000人規模まで大幅に増員されたうえ、その統括機関としての連邦航空保安官局も運輸保安庁の管轄下に移され、同庁の中心的な法執行部門となった。
こうして、公共交通に関わる保安業務全般が運輸省から国土保安省へ移管されたことは、単なる技術的な行政改革・省庁再編を越えた影の警察国家化の一つの兆表である。