Ⅱ イギリス―分散型警察国家
1‐4:地方警察の統合運用
イギリスにおける分散型警察国家の中核にあるのが細分化された地方警察であるが、これの建前も近年変容し始め、統合運用に向けた動きが強まっている。
以前の回で見たように、首都警察(日本語通称ロンドン警視庁)は従来から、ロンドンの地方警察であると同時に、全土的に活動する準国家警察的な地位を占めているが、それにとどまらず、首都警察を含めた全国の地方警察全体を統合運用する動きもある。
その司令塔となるのが、全国警察長官評議会(National Police Chiefs' Council:NPCC)である。この組織は2015年、当時のキャメロン保守党政権下で、従前の警察本部長協会(Association of Chief Police Officers:ACPO)に代えて設立されたものである。
ACPOが非営利企業体の形態であったのを改め、より公的な機関としての性格を強め、政府機関ではないが、国レベルを含めたほとんどの警察及び警察相当法執行機関の長及びその管理責任者で構成される合議体に再編したものである。
イギリスにおける国レベルの治安官庁は内務省であるが、内務省に全警察機関を統合するという中央集権制を回避しつつ、運用のレベルで地方警察(及び中央警察集合体)を統合しようというイギリス式の方法と言える。
NPCCの役割は、これら全国の警察機関、中でも地方警察がテロリズムや組織犯罪等の全国的な犯罪事案に対して共同で対処するための調整にある。NPCCの意思決定は警察本部長会議(Chief Constables' Council)が行うが、その下に種々の分野に分かれた調整委員会(coordination committees)が設置されている。
NPCCの共同運用の中でも重要なものとして、各警察機関からの犯歴記録の照会に迅速に対応する犯歴記録室(Criminal Records Office)がある。また、銃器犯罪に関する情報集約のための全国弾道諜報部(National Ballistics Intelligence Service)も、NPCCの重要な共同運用である。
さらに、以前に見た全国国内過激主義・騒乱諜報班(National Domestic Extremism and Disorder Unit)も、首都警察の担当部署と連携して運用される事実上の政治警察である。
一方、「テロとの戦い」テーゼの直接的な反映として、全国テロ対策警察網(National Counter Terrorism Policing Network:NCTPN)が設置されている。これはテロ対策に特化した全国の警察機関の共同運用組織であり、政府及び如上のNPCCの共同管轄下にある。
NCTPNは、スコットランドや北アイルランドを含め、全国の広域地方ごとにテロ対策班及び対テロ諜報班を配するまさに警察網であって、テロ対策に特化しつつも、運用面から全国の地方警察を統合したものであり、その限りでは事実上の国家警察の創設に一歩を踏み出したものとも言える。
このように、近年のイギリスでは、分散型の地方警察を維持しながらも、統合運用を目的とした非政府組織を通じ、言わば脇道から影の警察国家化が進行しているとも言えるところである。