Ⅱ イギリス―分散型警察国家
1‐3:警察の武装化
イギリスの警察の伝統的な特徴として、一般の制服警察官が武装しないという非武装主義がある。この伝統は現在でも北アイルランド警察を除き、基本的には維持されているものの、1960年代以後、徐々に見直しが進んできた。
とはいえ、その見直しは全制服警察官を武装化するというストレートなやり方ではなく、狙撃専門部署を設置する専門分化の形で行われた。1960年代に首都警察に設置された銃火器班(Firearms Wing)はその嚆矢となり、これが他の地方警察にも模倣されていった。
このような狙撃専門班は、イギリス警察の伝統が持ち込まれたアメリカにおいてSWATチームの創設が全米の自治体警察で進んだことと軌を一にしており、言わばイギリス版SWATチームの誕生である。
1990年代に入ると、武装警察官が乗り込みパトロールを行う武装対処車両(Armed Response Vehicle:ARV)が導入された。これは事件発生の通報を受けずに、武装警察官が巡回することで銃器犯罪を防止し、かつ現行犯にも迅速に対処するという趣旨のもので、狙撃専門班より一歩踏み込んだ言わば武装監視活動である。
このような武装化傾向は、「テロとの戦い」テーゼが定着した2000年代以降強化され、対テロ作戦の特別訓練を受けた選抜要員である対テロ特殊銃火器官(Counter Terrorist Specialist Firearms Officer)の制度が導入された。
これは、従来、対テロ作戦を一種の軍事作戦とみなして軍の特殊部隊に委ねていたことを改め、警察によって実行できるようにすることを目的とするもので、言わば警察の準軍事化と言うべき新たな制度改正であった。
こうした狙撃専門班は首都警察において最も発達しており、現時点では如上のARV車の運用とも合わせて、特殊銃火器指令部(Specialist Firearms Command)として包括されている。さらに、機動隊に相当する地域支援群(Territorial Support Group)にも狙撃手を配置して、SFCの補完部隊としている。
ちなみに、近年、首都警察では各専門部署を作戦指令部(Operational Command Unit :OCU)と呼ばれる単位で組織するようになっている。例えば、殺人事件を筆頭とする重罪事件の捜査を担当する刑事部門も殺人及び重罪指令部(Homicide and Serious Crime Command)と称されるように、軍の指揮系統を思わせるcommandによって運用される。
これは単に形式的な名称の問題ではなく、警察の準軍事化という新たな段階を示唆するものである。つまり、警察が総体として戦闘仕様に変更されつつあるということであり、それにより、強力な武力を擁する警察国家化が進行しているのである。