第二章 権利章典
南ア憲法第二章は、権利章典の表題の下、基本的人権を列挙している。第7条から第39条まで33か条にわたって、詳細な規定がある。その理念的基調は自由権を優先するブルジョワ人権論であるが、ここでも人種差別の法体系であったアパルトヘイト体制からの清算を意識し、平等の価値を格別に強調していることが特色となっている。
諸権利
【第7条】
1 権利章典は、南アフリカにおける民主主義の礎石である。それは、我が国のすべての人民の権利を保障し、人間の尊厳、平等及び自由の民主的価値を確証する。
2 国は、権利章典中の諸権利を尊重し、保護し、推進し、実現しなければならない。
3 権利章典中の諸権利は、第36条もしくは章典のその他の条項に含まれ、または言及される制限に服する。
権利章典筆頭の第7条は、宣言的な条項である。ここでは、権利章典が民主主義の礎石である―自由民主主義―と同時に、憲法上の制限にも服することが原則的に規定されている。
適用
【第8条】
1 権利章典は、すべての法に適用され、立法府、行政府、司法府及び国のすべての機関を拘束する。
2 権利章典の条項は、その権利の性質及びその権利が課す何らかの義務の性質を考慮して適用可能ならば、かつ可能な限度で、自然人または法人を拘束する。
3 第2項の規定に従い自然人または法人に権利章典の条項を適用する場合、裁判所は―
(a) 章典の権利を実現するため、制定法がその権利を実現しない限りで慣習法を適用し、または必要ならば発展させなければならない。
(b) その権利を制限するため、慣習法の規定を発展させることができる。この場合、その制限は第36条第1項[訳出者注:必要最小限度の権利制限基準]に反しないことを要する。
4 法人は、権利の性質及びその法人の性質が要求する限度で、権利章典中の諸権利を与えられる。
本条は、権利章典中の諸権利の具体的な適用関係についての原則を定めている。それは立法・行政・司法の公権力を拘束することは当然として、第2項で性質に応じて私人としての自然人や法人にも及ぶ私人間効力が明記されている。第4項は、法人の人権享有主体性を明記する。
第3項は、南アが英国系の慣習法主義の法体系を持つことを反映し、権利章典中の権利の実現や制限に当たり、裁判所が制定法を補うために慣習法を適用したり、判例法として発展させることを認める規定である。
平等
【第9条】
1 何人も、法の前に平等にして、法の平等な保護及び利益を受ける権利を有する。
2 平等は、あらゆる権利及び自由の完全かつ平等な享受を含む。平等の達成を推進するため、不公正な差別により不利な立場に置かれた人々もしくはそのような範疇の人々を保護し、または向上させることを目的とする立法及びその他の手段が講じられることがある。
3 国は、人種、性役割、性別、妊娠、結婚歴、民族的もしくは社会的出自、肌の色、性的指向性、年齢、障碍、宗教、信条、思想、文化、言語及び生まれを含む一つまたはそれ以上の理由に基づき、直接または間接に何人も不公正に差別しない。
4 何人も、第三項が規定する一つまたはそれ以上の理由に基づき、直接または間接に何人をも不公正に差別しない。不公正な差別を防止し、または禁止するために、国の法律が制定されなければならない。
5 第3項の掲げる一つまたはそれ以上の理由に基づく差別は、その差別が公正であることが立証されない限り、不公正である。
本条は、平等原則に関する詳細な規定である。その特徴は次のような点にある。
(ア)単に法の前の平等を規定するにとどらまらず、歴史的な差別によって不利な立場に置かれた人々やそうした範疇に属する人々―南アでは黒人がその筆頭―に対する立法及びその他の手段による積極的差別解消措置の可能性が規定されていること。
(イ)不公正な差別を国のみならず、私人を含めたすべての人に禁止していること。
(ウ)差別防止/禁止法の制定が憲法上要求されていること。
(エ)禁止される差別の例示が幅広く、性役割や性的指向性、妊娠、結婚歴などの家族、生殖に関わる分野を含め、ほぼすべての差別問題を網羅していること。
(オ)直接差別のみならず、間接差別の禁止も規定されていること。
(カ)憲法上許容される差別(正当な区別)の一般的な基準が(やや漠然としているが)示されていること。
ちなみに、第3項及び第4項における「差別しない」はmay not unfairly discriminate であり、「差別してはならない」という禁止ではなく、「(新生南アでは)差別の可能性はもはやない」という可能のニュアンスで記述されているのも、脱アパルトヘイト体制の宣言として読めるところである。
人間の尊厳
【第10条】
何人も、生まれながらの尊厳とその尊厳を尊重され、保護される権利とを有する。
基本的人権の根底にある理念である人間の尊厳に関する条項が平等原則に劣後する規定の仕方はやや珍しいと言えるが、それだけ南ア憲法は平等原則に優先的な価値を置いていることを示しているのかもしれない。