Ⅰ アメリカ―分権型多重警察国家
1‐1‐2:アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締総局の強化
アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締総局(Bureau of Alcohol, Tobacco, Firearms and Explosives:ATF)の前身機関は元来、財務省傘下の国税庁直属連邦法執行機関として1886年に創設されており、FBIよりも古い歴史を持つ連邦機関である。ただし、その所属は財務省と司法省の間を行き来した末、現在はFBIと並ぶ司法省傘下機関となっている。
その所管事案も時代によって変遷があり、禁酒法時代(1920年‐33年)には酒類取締りを専門としたことから、現在でもアルコール取締りが機関名筆頭に来るが、禁酒法が撤廃されると、酒税執行機関に転換され、その後タバコ税が権限に加わり、銃規制法が成立すると、銃規制も権限に加わった。
これに伴い、ニクソン政権下の1972年に財務省直轄型の機関として独立し、現在の形態の原型が完成し、9.11事件後、2003年の治安・諜報機関再編により司法省に再移管されたものである。
こうして権限は限局されているとはいえ、FBIのライバル機関的な立場にあるのがATFである。実際、禁酒法時代にはエリオット・ネス特別捜査官を中心に、当時のアメリカ・マフィアの巨頭アル・カポネの逮捕に貢献したため、FBIの総帥であったエドガー・フーバーに嫉視されたとも言われる。
現在、ATFの人員は5000人ほどと、3万人を越える人員を擁するFBIとは比較にならないため、単独よりはFBIや州レベルの警察機関との合同で活動することが多いと言われる。とはいえ、現在の任務の中心は銃火器の取締りにあることから、法執行に当たる特別捜査官の選抜・訓練は極めて厳格とされ、少数精鋭機関となっている。
しかし、90年代には銃器不法所持の嫌疑を持たれたテキサス州ウェイコの宗教セクト教団ブランチ・ダビディアンの施設に対する法執行に失敗し、捜査官が死亡した末、FBIが引き継いだ強行突入作戦の過程で教団側と銃撃戦となり、教祖をはじめ、信者らが集団死する事件を引き起こした(ウェイコの悲劇)。
この事件への反感から、事件二年後の95年、元陸軍兵士らがATFやFBIの支局も入居するオクラホマシティーの連邦合同庁舎を爆破、168人を殺害するテロ事件が誘発されるなど、ウェイコの悲劇とそれに続くテロ事件は現代アメリカのトラウマともなった。
2011年には、ATFがメキシコで関与した大規模な銃器泳がせ捜査作戦がATFのベテラン特別捜査官によって暴露され、スキャンダル化した。これにはメキシコの麻薬カルテルの銃武装化を阻止する狙いがあったとされるが、そのために銃火器を一時的に流入させる捜査手法が批判を浴びた。
このように銃火器取締機関としての性格を強めるATFはテロ犯罪や銃器犯罪の多発化の中で、その権限と活動範囲を広げており、銃所持の自由の中での銃器規制という矛盾を抱えながら、FBIの補完を超えた連邦警察機関としての独自性を強めていくことも予想される。