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為政者と健康情報

2020-08-29 | 時評

権力政治における為政者は様々な秘密を抱えているが、中でも最も秘匿したいのは健康情報である。もちろん、壮健さではなく、病気に関わる情報である。とりわけ、生命に関わる病気をひた隠すことが多いのは、そうした情報が発覚すれば、直ちに政敵や対立勢力が蠕動を始めるからである。

そのため、権力政治家にとっての健康情報は単なる個人情報を越えて、事実上の国家機密とみなされる。為政者が病気で執務不能となったり、果ては死亡しても、その事実を秘匿して代行権者が代理したり、影武者を使って健在を偽装するという古典的手法もある。

しかし、こうした健康情報の秘匿は、権力政治の術策ではあっても、民主的とは言い難い。反面、為政者の健康情報がどの程度開示されるかは、民主主義のバロメーターの一つに数えてよいかもしれない。その点、先日、辞意を表明した安倍首相は、かねてより自身が難病を抱えていることを公表してきた限りでは評価できる部分がなくはない。

とはいえ、この人の場合、十数年前の第一回政権当時から、政権継続の意を表明/示唆した直後に突然辞意表明するというやり方を繰り返している。これは意図的な戦術なのか、それとも突然気が変わるのか、あるいは本人には留任の意思がありながら、第三者の介入で辞意表明させられているのか、外部からは窺い知れない。

戦術とすれば、いったんは留任すると思わせて突然辞任すれば、次期党首の座を狙う党内ライバルや政権奪回を目指す野党にとっては不意打ちとなり、選挙対策等が準備不足となることから、自身の「意中」の後継者を立てやすくなるというメリットを得られる。

安倍氏がそのような戦術として自身の難病情報を利用しているとすれば、かなりの策士ということになるだろう。本来なら政治的弱点となるはずのマイナス情報を逆手利用して、権力政治を有利に乗り切ろうとしていることになるからである。

ここでは憶測による断定は避けるが、為政者の健康情報というものは、秘匿するにせよ、逆手利用するにせよ、これを権力政治の道具とすることは非民主的であり、為政者の健康情報が適正な形で開示されることは民主主義の要諦である。

その点、アメリカには大統領医務官(Physician to the President)という公式の役職がある。大統領医務官は、大統領府医務室(White House Medical Unit)の長でもあり、大統領の健康管理全般を担い、大統領の健康状態について適宜に会見をし、公表する役割も担っている。

もちろん、大統領医務官も私的な主治医ではなく、大統領府の一員であるからには政治性を免れず、すべての情報を正確に開示するとは限らないが、公式の医務職であるから、彼/彼女が正当に職務を果たす限り、大統領の健康情報が透明化される意義は大きいであろう。

君主に近い国家元首であるがゆえに宮廷侍医に匹敵する専属医務官を擁するアメリカ大統領と、政府首班ではあれ、天皇に任命される行政府の長にすぎない日本の内閣総理大臣では立場が異なるだろうが、最高位為政者の健康情報の透明化という点では、参照に値する制度と思われる。


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