Ⅰ アメリカ―分権型多重警察国家
1‐1‐3:麻薬取締庁と麻薬戦争
麻薬取締庁(Drug Enforcement Agency:DEA)は、連邦警察集合体の中では比較的後発の機関で、1973年に当時のニクソン政権が増大し始めた麻薬事件に対応するために設置を決めた。FBIやAFTと並び、司法省傘下にあるが、権限を麻薬事案に限局された連邦警察機関であり、連邦麻薬警察とも呼び得る特殊機関である。
麻薬問題に特化されているとはいえ、個別事件の警察的捜査と規制薬物の管理統制という行政権限を併せ持つことから、1万人を越す職員(うち特別捜査官5000人)を擁する大規模な機関に成長している。
その摘発対象は多くの場合、アメリカ内外で国際的に蠕動する麻薬密輸組織であるため、航空部門を擁し、国防総省とも連携した摘発作戦も展開するなど、半軍事化されていることが特徴である。また違法取引の把握上盗聴や電子メール盗視などの手法を駆使する諜報部門も備えるなど秘密警察的側面も持つ。
とりわけ中南米を地盤とする麻薬組織(カルテル)に対する根絶作戦のため、民主的とは言い難い諸国の警察・軍と連携した摘発作戦が「麻薬戦争」と呼ばれるほど一種の内戦と化し、現地で多くの人権侵害被害者を出していることが人権上も問題視されてきた。
そうした摘発作戦の過程では、あえて一部組織に麻薬の流通を許す「泳がせ捜査」のような技術を駆使することで、かえって麻薬流通を助長しているという批判もある。反米政権が支配するベネズエラやボリビアはDEAの国内での活動を禁止したり、協力を拒否する姿勢を示している。こうしたDEAの海外活動には外国の国家主権を侵犯する危険がつきまとい、批判は多い。
また、DEAによる麻薬の規制が全米における麻薬流通のほんの一部にしか及んでいない非効率に対する批判の一方、およそ麻薬を含む個人の嗜好に対する警察的介入が市民的自由を侵害しているという急進的な批判まで、DEAはその存在そのものへの疑問も向けられている。
特に後者に関しては、近年、州のレベルで大麻を法的に解禁する流れが起きており、現実にもDEAの存在意義は部分的ながら揺らいできていることも事実である。とはいえ、DEAはFBI、AFTと並び、連邦警察集合体のラインナップの中でも中核を成す司法省系統機関の三本柱を形成する存在である。