踊る小児科医のblog

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「現代における子どもの貧困」「ヒトはどこへ向かうのか」 平成21年度母子保健講習会(1)

2010年02月25日 | こども・小児科
2月21日に開催された日医母子保健講習会の報告を2回に分けて掲載します。

プログラム
メインテーマ「子ども支援日本医師会宣言の実現を目指して-4」
講演1. 現代における子どもの貧困
   山野良一(厚木児童相談所児童福祉司)
講演2. ヒトはどこへ向かうのか-遺伝進化と文化進化
  長谷川眞理子(総合研究大学院大学教授)
シンポジウム「妊娠から育児までの継続的支援」
1)妊婦定期健診について
 水上尚典(北海道大学医学部産婦人科教授)
2)周産期医療システムについて-システム化と連携の重要性-
  海野信也(北里大学医学部産婦人科教授)
3)要支援家庭の早期発見と対応-三重県医師会がとりくむ乳幼児保健事業
  落合 仁(三重県医師会乳幼児保健委員会委員長)
4)地域における子育て応援-地区医師会としての取り組み-
      山田正興(中野区医師会副会長)
指定発言-行政の立場から
  宮嵜雅則(厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長)

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平成21年度母子保健講習会
平成22年2月21日(日) 東京都 日本医師会館
      くば小児科クリニック 久芳康朗

 半蔵門に宿をとって前日夜と当日朝、皇居を2周ずつジョギング。東京マラソンの1週間前とあって老若男女のランナーで賑わっている。何とか走り切るのが精一杯。お昼休みには駆け足で六義園をめぐる。訪れたのは二度目だが、紅白の梅がすでに見頃をむかえている。桜の時期に一度開催してくれると嬉しいのだが。

 本来の目的である講習会では、特に貧困・格差の問題が子どもの心身の発育に及ぼしている影響の深刻さを再認識し、子どもをないがしろにしてきた国から「子どもが主人公」の国への政策転換が急務であると痛感した。

メインテーマ「子ども支援日本医師会宣言の実現を目指して-4」

講演1. 現代における子どもの貧困
   山野良一(厚木児童相談所児童福祉司)

 わが国の貧困率はOECDの中で4番目、主要国では米国に次いで2番目に高く、子どもの貧困率も14.2%(7人に1人、300万人)に達し、他国に比べ顕著に上昇している。特に0~2歳の貧困率が最も大きく上昇しており、低年齢層の貧困はアウトカムへの影響が大きく、将来の社会が危惧される。ひとり親家庭の貧困率も飛び抜けて高く、政府による再分配後の貧困率が再分配前より高くなる「逆機能」が起きている唯一のOECD国家で、「子どもに最も公的なお金をかけない先進国」が日本の姿である。

 貧困は貧困に終わらない。児童虐待の発生率や子どもの死亡率、死に結びつく事故、DV、離婚などの頻度が明らかに高くなる。日本の大学の学費は高く奨学金制度が不十分で、高等教育を受けることは困難となる。中間層が多い気球型社会から上下に分断された砂時計型社会に変貌し、格差・貧困は世代を越えて継承されていく。

 子どもへの投資は社会的コストを減らすことにつながる。子どもの数を増やすのではなく、幸せな子どもの数を増やさなければならない。

『子どもの最貧国・日本』山野良一(光文社)
「なくそう!子どもの貧困」全国ネットワーク
http://antichildpoverty.blog100.fc2.com/

講演2. ヒトはどこへ向かうのか-遺伝進化と文化進化
  長谷川眞理子(総合研究大学院大学教授)

 ヒトは600万年前に類人猿から分岐し、200万年前にサバンナに進出して狩猟採集生活に入り、67億の人口にまで「不自然な」成功を遂げた。一方で類人猿は絶滅の危機に瀕している。

 ヒトの成功の秘訣は、他者の心を読み、思いを同じくして、概念を共有し、共同作業ができることにある。その原点は、親子が犬を見て「ワンワン!」「そうね、ワンワン、かわいいね」と視線を取り交わし、うなずき合い、互いに互いが理解していることを了解するという「三項関係の理解」にある。それにより言語が可能になり、教育、文化の伝承、蓄積が可能となった。チンパンジーは300もの言葉を覚えるが、自発的に使うことは殆どなく、必要性も感じていない。使う場合もその95%は要求である。

 ヒトの脳の大きさは10歳くらいまで、配線では20歳くらいまで成長する。長い子ども期、思春期に様々な生活技術を学ぶが、これは親だけでは出来ず、血縁・社会による共同繁殖を続けてきた。子どもを20年間育てるには愛情、愛着、共感、理解という動機付けが必要である。赤ちゃんとのFace-to-faceのコミュニケーションがなければ、人間の人間らしさが根底から崩れる。ヒトに固有の繁殖後の「おばあさん」が若い世代の繁殖を助けることで適応度が増加したという「おばあさん仮説」が支持されている。

 チンパンジーの母親は一人で子育てするが、これまでのヒトの社会には核家族やシングルマザーはなかった。現代社会では今から昔に戻ることは不可能であり、「共同繁殖」のための社会的インフラを再構築する必要がある。

その2に続く)

「妊娠から育児までの継続的支援」 平成21年度母子保健講習会(2)

2010年02月25日 | こども・小児科
シンポジウム「妊娠から育児までの継続的支援」

1)妊婦定期健診について
 水上尚典(北海道大学医学部産婦人科教授)

 現在地球上では250人に1人の妊産婦死亡が起こっているが、わが国では「万が一」以下の3万人に1人であり、適切な医療介入により妊産婦死亡の大部分は予防可能である。未受診妊婦は0.3%と推定されているが、低出生体重児、周産期死亡率、早剥、子癇などいずれも高頻度となっている。妊婦健診において対応に複数の基準があれば訴訟の原因となる。患者を守り、医療者を守るためにガイドラインが作成された。

 健診のもう一つの役割は不安感の除去、満足度上昇であるが、英国における研究では、妊婦の30%は助産師による管理で予後は良好であり、最終的満足度が高い結果が得られている。ガイドライン2011では院内助産システムについて、取り扱い可能な妊娠・分娩と、医師主導管理へ移行するための基準の目安を明示する。

産婦人科診療ガイドライン-産科編2008
http://www.jsog.or.jp/activity/guideline.html

2)周産期医療システムについて-システム化と連携の重要性-
  海野信也(北里大学医学部産婦人科教授)

周産期医療システムは、0次(施設前)、一次、高次の3つの領域について、アクセス、満足度・利便性・安心度、安全性、負担・給付の4つの視点で検討する必要がある。

 0次では情報弱者、社会的孤立者への対応、未受診妊婦対応システムの整備が求められる。未受診の理由としては経済的理由が、合併症としては精神疾患が問題となる。

 分娩取扱医療施設は減少し続けており、施設あたりの出生数は増加している。緊急帝切では決定から児娩出まで概ね20分までは予後良好となるが、地域における体制の確保が課題となる。

 2030年に90万出生に対応可能な産科医療提供体制を確保するために、年間最低500名の新規産婦人科医と2000名の助産師を確保し、勤務医数を年間分娩500件あたり6-8名、月間在院時間240時間未満、分娩数全体の半分から3分の2を産科診療所等で担当するなどを目標とした産婦人科医療改革グランドデザイン2010の取りまとめ作業が進んでいる。

 高次医療をめぐる諸問題の原因はシステムの機能不全にある。神奈川では中央情報センターによる斡旋開始以降、県外搬送率が著明に低下している。各地域の実情を把握し、現場の献身に依存しない持続可能で弾力的な連携システムを構築し、緊急症例対応のルール化を図る必要がある。母体搬送の受け入れ促進には新生児側のNICU増床、後方病床整備も必要である。

講演ファイル http://shusanki.org/
日本産科婦人科学会 http://www.jsog.or.jp/

3)要支援家庭の早期発見と対応-三重県医師会がとりくむ乳幼児保健事業
  落合 仁(三重県医師会乳幼児保健委員会委員長)

 母子保健に関わる各職種が共通認識を持ち連携を深めるため、お母さんの問診票(育児不安への支援)、成育記録表(園児健診の有効活用)を作成し活用している。ちょっと気になる子への対応として、園の中での5歳児健診も取り入れている。みえ出産前後親子支援事業では、産後うつへの対応のため精神科医との連携体制を築いて運用している。各自治体の実情にあわせて出産から就学までの支援を実施している。

三重県医師会 http://mie.med.or.jp/

4)地域における子育て応援-地区医師会としての取り組み-
      山田正興(中野区医師会副会長)

 中野区は合計特殊出生率0.78と少子化が進んだ自治体のひとつであり、中野区医師会では活動の大きな柱として子育て応援事業を展開している。中野区準夜間こども初期救急診療、はじめての小児科相談事業(出産前・出産後小児保健指導)、地域育児相談、区民のための子育て支援講演会、子育て応援団、新型インフルエンザワクチン集団接種について紹介された。

中野区医師会 http://www.nakano-med.or.jp/

指定発言-行政の立場から
  宮嵜雅則(厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長)

 1984年のエンゼルプランに始まる少子化対策は、2010年1月に「チルドレン・ファースト」「少子化対策から子ども・子育て支援へ」と銘打った「子ども・子育てビジョン」が策定され転換局面を迎えた。現物・現金給付ともに英仏や北欧と比べて極端に少なかった家族関係社会支出は、子ども手当が満額支給されるとドイツに近づく。現物給付のプラスも今後の議論となる。「健やか親子21」第2回中間評価の報告書が3月に取りまとめられる予定である。

「子ども・子育てビジョン」
http://www8.cao.go.jp/shoushi/vision/
「健やか親子21」の評価等に関する検討会
http://www.mhlw.go.jp/shingi/other.html

(「八戸市医師会のうごき」掲載予定)