踊る小児科医のblog

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H23日医母子保健講習会報告4:原発事故後のリスクコミュニケーションの失敗(私見)

2012年03月23日 | 東日本大震災・原発事故
 講演によると、日本産科婦人科学会では原発事故後の情報発信が妊産婦の不安を解消する役割を果たしたと評価しているが、そのように受け止められたのかどうか検証が必要ではないか。

 一例として、5月2日の母乳中の放射性ヨウ素に関する通知について考えてみる。3月下旬には汚染地域の牛乳や水道水から放射性ヨウ素が検出されており、学会でも水道水に関する通知を発表している。同時に母乳の汚染を心配する声も上がっており、私も当然ある程度は検出されると予想し、国が調査すべきと考えていた。

 しかし、政府も学会も自ら動こうとはせず、4月下旬に市民団体が自主的に検査して発表し、政府も母乳汚染の事実を認めた。更にその後に学会が細かい数字をあげて「赤ちゃんの健康被害は現時点では起こらないと推定される」と政府の言動にお墨付きを与える格好となった。

 この構図は11月の乳児用粉ミルク汚染でも全く同じ形で繰り返された。乳業メーカーは原乳の汚染について情報公開を求める声を「基準内だから」という理由で拒否し続けたあげく、市民団体がセシウム汚染を検出し、基準内だが自主回収に追い込まれるという事態に至った。

 原発事故後、政府や専門家に対する国民の不信感は急速に高まっていた。低線量・内部被曝の影響を過小に伝えて安心させようとした医師や医学界への不信が募る中で、学会からの情報も「安全情報」の一つして受け止められた。

 政府は「直ちに健康に影響がない」ことの根拠として医療被曝との比較を多用した。そのような不適切なリスク比較に対して、医師会や各学会から早急に申し入れすべきと考えていたが、学会自らが声明の中で同じ手法を用いている。原発事故による被曝はメリットが全くなく、合意なしに無差別に被曝が強要され、専門家による管理が不能の状態にあり、医療被曝と同列に論じることは不信感を招くだけであった。

 産科婦人科学会は、政府が根拠を示さないまま安全情報を出し続けたことへの不信に対し、学会では迅速に具体的な数字で根拠を示したことが安心に繋がったと自己評価しているが、これは事後の視点、すなわち、誤って1回の被曝をしてしまった際に、患者を安心させるための一種のパターナリズムの話法である。しかし、現実には原発から放射性物質の放出が続き、更に最悪の状況に進展する可能性もあり、大地や食物からの被曝が今後も積み重ねられていく状況の中で、事前の視点、予防原則に従ったメッセージを発信できなかったことを問題にしたい。

 産科婦人科学会に限らず多くの学会から出された情報は、避難しなくても良い、そのままそこで被曝していても大丈夫というメッセージとなった。3月15日の第一報ではヨウ素剤服用が必要な50mSv被曝の例として「2000μSv/hの線量を25時間受け続ける」と記されているが、多くの国民は20μSv/hですらとてつもなく高い線量であることを後になって知ることになる。3月に飯舘村で実施された小児の甲状腺被曝検査も同様の「安全情報」となり、飯舘村から子どもが全員避難を終えるまでには更に3ケ月もの月日を要する結果となった。

(この文章は、講演2「災害と周産期医療について」に関する私見です。八戸市医師会報に掲載予定)

H23日医母子保健講習会報告3「産科医療補償制度の現状と課題」

2012年03月23日 | こども・小児科
シンポジウム
テーマ「産科医療補償制度の現状と課題」
1)産科医療補償制度とは
      後 信(日本医療機能評価機構医療事故防止事業部長)
2)原因分析について
      岡井 崇(昭和大学医学部産婦人科教授)
3)再発防止について
      池ノ上 克(宮崎大学医学部附属病院長)
4)見えてきたもの、見直しに向けて
      石渡 勇(茨城県医師会副会長)

 子ども支援日本医師会宣言に掲げられている「無過失補償制度の確立」の先鞭として平成21年から運用開始した産科医療保障制度の現状と課題に関する発表の要点をまとめて記す。

 この制度は日本医療機能評価機構が運営し、補償と原因分析・再発防止の機能を併せ持ち、紛争の防止・早期解決と産科医療の質の向上を目指す。対象は分娩に関連して発症した在胎33週・出生体重2000g以上の脳性麻痺(CP)の児で、先天的要因、新生児期の要因による場合は除外する。補償金額は20歳までに総額3000万円であり、審査では過失の有無は判断せず、約2ヶ月で一時金が支払われる。開始後2年半で274件中252例が補償されている。

 原因分析は、責任追及を目的とするのではなく、原因を明らかにして再発防止を提言するためのものである。医学的評価にあたり、発生時に視点を置いて分析するだけでなく、産科医療の質の向上に資するため、既知の結果から振り返る事後的検討も行い、課題を指摘している。原因分析報告書は約半年で作成され、ホームページに要約版が公表されている。報告書の内容について、家族と医療機関の対話の欠如、学会・医会による支援体制の不備が指摘された。

 第1回の再発防止報告書では、分娩中の胎児心拍数聴取、新生児蘇生、子宮収縮薬、臍帯脱出の4つのテーマについて提言がなされたが、不適切な報道により一般の方のみならず医師の間にも誤解が生じた。実際には補償対象事例における損害賠償請求等は数%に留まっており、訴訟を減少させる目的は果たしている。

 CPの7~8割は他の要因によるもので、分娩周辺に起因する割合は少ないが、原因分析を通してCPの発生防止への課題が見つかりつつあり、発生頻度を減少させ得る感触が得られた。

 制度開始5年を目処に見直しが図られる予定である。余剰金が今後も発生する見込みであり、出生体重・在胎週数の緩和、補償対象を妊産婦死亡に拡大すること、補償金額や支払方式の変更、原因分析完了後の紛争解決支援のための中立処理委員会(ADR)などが検討されていくことになる。当日の議論によると、妊産婦死亡にまで拡大するのは難しく、もう少しCPに限定して進化・定着させていく方向性になる見込みである。将来的には、同様の無過失補償制度が他の領域にも拡大されることが期待される。 

(この文章は講習会出席報告のために書かれたもので、文責は当方にあり、要約の内容が演者の意図を十分に反映していない可能性があります。八戸市医師会報に掲載予定)

H23日医母子保健講習会報告2「災害と周産期医療について」

2012年03月23日 | 東日本大震災・原発事故
2)災害と周産期医療について
      吉村泰典(慶應義塾大学産婦人科教授)

 東日本大震災に際して、日本産科婦人科学会では被害状況の把握、物的・人的支援、妊産婦に対する支援、行政への働きかけ等を実施した。岩手、宮城、福島の3県では診療所の半数は分娩を中止しており、宮城県では7割にも達した。分娩数の多い宮古、気仙沼、石巻の3市に全国の大学から医師の派遣を継続している。

 福島原発事故後の放射性物質による環境汚染は、妊産婦と子どもをもつ家族、生殖年齢にある女性に深刻な問題を投げかけている。軽度ではあるが長期にわたる内部被曝が母子に与える影響は、世代を超えて持続する可能性を否定できず、今後も注意深い観察と検証が必要である。

 政府の発表が国民の不安を増大させていた状況の中で、学会では事故直後より妊娠・授乳中の女性に対し、放射線被曝や水道水・母乳・粉ミルク・食品の放射性物質汚染に関する情報を8回にわたり発信し、不安の解消に務めた。

(この文章は講習会出席報告のために書かれたもので、文責は当方にあり、要約の内容が演者の意図を十分に反映していない可能性があります。八戸市医師会報に掲載予定)

H23日医母子保健講習会報告1「妊娠等に関する相談窓ロ事業について」

2012年03月23日 | こども・小児科
平成23年度母子保健講習会
平成24年2月19日(日) 東京都 日本医師会館
メインテーマ「子ども支援日本医師会宣言の実現を目指して-6」

講演
1)妊娠等に関する相談窓ロ事業について
      寺尾俊彦(日本産婦人科医会会長)

 児童虐待は増加の一途を辿っており、特に関係機関の関与のない日齢0日児、月齢0ケ月児の虐待死への対策が急務である。未受診妊婦の周産期死亡率は1970年と同等で、胎児虐待と言っても過言ではない。

 虐待死事例の多くに「望まない妊娠・出産」が関与していることから、日本産婦人科医会では平成23年より標記の事業を開始し、相談窓口の入り口として産科医療機関を位置づけ、要保護児童対策地域協議会(子どもを守る地域ネットワーク)と連携して虐待死ゼロを目指している。

 受付、診察等におけるチェックリストをマニュアルに掲載し利用しているが、支援が必要な特定妊婦(児童福祉法)の抽出や虐待予備軍というレッテル貼りのためではなく、悩みに共感しながら対応し、悩みを解消していくことが目的である。

(この文章は講習会出席報告のために書かれたもので、文責は当方にあり、要約の内容が演者の意図を十分に反映していない可能性があります。八戸市医師会報に掲載予定)