熊本熊的日常

日常生活についての雑記

力強い味

2010年07月15日 | Weblog
たびたび話題にしているが、生協の宅配で調達している農産物はおいしい。トマトはトマトの味がするし、玉蜀黍などはこれほど甘いものだったのかと思うような甘さがある。もちろん、どれもこれも、いつでも、というわけではない。例えば野菜や果物なら、農薬や化学肥料などの使用量に応じてブランドが分かれている。そうしたものの使用量が少ないものは、その分手間隙がかかるのでコストが上昇する。それは価格にも反映されている。物によってはブランドによって値段が倍ほども差がある。

食の安全を心配しなければならないようなことが多い時勢だが、店頭に並んでいるものにどれほどの農薬や化学肥料や殺虫剤が使われているかというようなことは、見た目では判断がつかない。「有機栽培」だ「低農薬」だといわれても、それがほんとうのところはどうなのか、消費者からは見えない。しかし、そうしたものの価格がそうしたものでないものよりも高いのは事実だ。また、「有機」がそうでないものよりも美味いという保証もない。そうした不透明な差異に対してどこまでの価格差を許容するかというのは、結局のところ消費者に委ねられている。そうした判断を下すには、消費者の側も食というものについて一通りの知識をもっていなければならないということになる。難儀なことである。

以前にも書いたかもしれないが、私は学生時代にエコロジー研究会というとことに籍を置いていたことがあり、学内の笹薮などを勝手に開墾して農薬や化学肥料を使わずに野菜を栽培していた。アメリカンフットボール部の練習場の脇の藪なので細長い畑だったが、木が生えていたり、崖になっていたりして、可耕部分はそれほど広くはなく、その上、笹というのは根が密生していて除去が大変だったので、私が在籍していた時代は8畳程度の広さでしかなかった。農薬を使わない代わりに頻繁に草むしりをし、化学肥料を使わない代わりに馬術部から有機肥料を調達していた。部活動というよりも家庭菜園のようなものだったが、農作物を栽培することがどれほど手間隙のかかるものかということは十分に実感できた。

それを大規模に行うとなれば、農機具にしても、手入れの方法にしても、効率を優先させないことには業として成り立たない。個人的な感覚としては、「有機」だの「エコ」だのと声高に喧伝されるものは、かえって怪しいもののように思ってしまう。だから、スーパーで普通に買い物をしていた時代には、あまりそうしたラベルには注意を払わず、素直に安いものを買っていた。

昨年12月からは米以外の農産物と魚介類についてはほぼ全量を生協の宅配に依存しているので、生協基準のものを消費しているのだが、野菜や果物は味に力強さがあるように感じられる。玉蜀黍はたまたま有機の度合いに応じた複数ブランドが同じカタログにあったので、一通り食べ比べてみたが、高いもののほうが甘味が強く感じられた。ただ、価格差を許容してまでも食べ続けたいかというと、微妙なところではある。このあたりは、その人なりの価値観の問題になるのだろう。私が利用している生協宅配のものは、ノンブランドでも十分に満足できるものばかりだ。なによりも、毎週のカタログや商品に添付されているチラシなどで、作り手や仲介者の思いやメッセージが伝えられてくるのが嬉しい。

生協と一口に言ってもいろいろ種類があるようで、私が加入している生協組織の首都圏一都三県の会員数は今年3月末現在で約105万人だ。会員組織の性質からして一家に何人も会員がいるわけではないだろうから、世帯数を基準にすると、平成17年の国勢調査に基づく同地域内の世帯数は1,423万世帯なので、世帯の7.4%の加入がある計算になる。これが多いのか少ないのか私にはわからない。この組織は一都8県に展開しているので、以下の数値は首都圏地域だけのものではないのだが、開示されている財務データでは2010年3月期の総事業収入が約1,600億円、一般事業法人の営業利益に相当する事業余剰金が約9.5億円で利益率は0.6%である。営利法人ではないので、この値が高くても問題があるし、マイナスならなおのこと問題なのだが、厳しい経済環境のなかでまずまずの経営状況と言えるのではないだろうか。消費の選択肢のひとつとして、産直を基本として、生産者のほうからも消費者のほうからも、双方向で相手の在りようを感じることができる仕組みというのは、少なくとも私には魅力がある。経済産業省の商業動態統計では大型小売店販売額の飲食料品は既存店ベースで2009年2月から直近5月まで連続して前年割れであり、スーパーだけで見ても同様である。おそらく生協のほうも売上自体は似たような推移を辿っているだろうが、これからも事業を維持して欲しいと思いつつ、毎回注文の度に200円づつ出資金を積み増している。