土曜日に陶芸教室へ出かけたとき、池袋駅の山手線外回りのホームの駅名表示板が破壊されていた。どうやって割ったのだろうとあれこれ想像をかき立てられる。
以前にもこのブログに書いているが、私は高校時代から電車を毎日利用する生活をしている。埼京線が開通するまでは、池袋新宿方面に出るときには、バスで京浜東北線の西川口駅に出て赤羽駅で赤羽線に乗り換えていた。高校の3年間と大学の教養課程の2年間をそうやって通っていた。大学の専門課程からは赤羽線との縁はなくなってしまったが、それでも休日などにはたまに利用していた。当時は通勤電車の冷房化がようやく始まった頃で、山手線と京浜東北線は比較的早くから冷房車が導入されていたが、赤羽線を冷房車が走ったのは、埼京線と名前を変えてからだったような気がする。また、湘南新宿ラインはまだ設定されていなかったので、京浜東北線、高崎線、東北線から池袋・新宿方面への乗客が赤羽線に集中し、通勤ピーク時の乗車率は300%近いものだった。それでも、そういうものだと思って利用していた。当然、それで怪我をしたり気分が悪くなったりした乗客はいただろうが、それを殊更に騒ぎ立てるような輩はいなかったように思う。先日、ある私鉄の株主総会で190%程度の混雑率にピーピー文句を並べている人たちがいたが、さすがに高級住宅地にお住まいの皆様は感覚が敏感でいらっしゃると感心して拝聴していた。
とにかく酷い路線だった。混雑も酷かったが客質も酷かった。埼京線は痴漢が多いことで有名らしいが、かつての沿線住民としては全く驚くに足らないことである。路線によって車内の雰囲気が微妙に違うのは誰しも承知していることだろう。山手線上のターミナルを起点に東西南北を眺めてみれば、ざっくりと沿線住民の平均所得や沿線住宅地の平均地価・家賃と車内トラブルや事件の発生率との間に相関が認められそうな気がする。先日の株主総会では、「東京メトロの車両の騒音が」という話題で他社線との相互乗り入れが始まったことで不快感が高まったとの指摘があったが、それは暗に相互乗り入れそのものを批判しているように聞こえないこともなかったような気もする。その私鉄の運賃収入は相互乗り入れによって明らかに増加している。ということは、沿線に有名な高級住宅地と有名な私立大学を擁するその路線に、それまでは入り込んでいなかった客層が参入しているということでもある。当然、車内の雰囲気はそれまでとは違ったものになっているはずだ。それを旧来の利用客がどのように捉えているかということは、なんとなく想像のつくことである。株主総会で発言されていた沿線住民の方々の言い分は、株主としてどうかということはともかくとして、沿線住民あるいは利用客としては尤もなことばかりだった。しかし、その内容について個人的には違和感を覚えた。一方で、先日、池袋駅の施設が破壊されているのを見たとき、破壊行為は許されるべきことではないのだが、個人的にはある種の懐かしさを覚えた。つくづく私は育ちが悪いと思った次第である。