万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

拉致事件は氷山の一角-併合時代から続く北朝鮮の日本攻撃

2013年07月13日 15時37分34秒 | アジア
維新・石原共同代表「横田さんはめかけに」(時事通信) - goo ニュース
 ここ数年、北朝鮮による拉致事件解決に向けての動きは鈍く、先行きもまた不透明です。拉致事件は、90年代に至り、被害者の実名報道がなされたことから、日本国民に知れ渡るようになりました。しかしながら、北朝鮮の日本国に対する攻撃性の起源は、実に併合時代にまで遡ることができます。

 1919年以降、ロシア革命の影響を受けたこともあって、朝鮮半島では、ソ連邦の支援の下で、武装抗日パルチザンが結成されたそうです。日本語訳が出版されたことで話題を集めているSo Far From The Bamboo Groveにも”Anti Japanese Communist Army”として描かれており、満州や朝鮮半島北部の山中などで専門的な軍事訓練を受けていました。終戦直後に、現地に居住していた日本人を無残に大量虐殺したのも、この抗日武装集団ですし、日本国内で暴虐の限りを尽くした朝鮮進駐軍もまた、あるいは、この組織の支部であったのかもしれません。また、後に北朝鮮を建国した金日成は、抗日戦線で活躍した部隊指揮官であったそうです(実際には、別人らしい…)。つまり、北朝鮮の建国には、抗日武装集団が絡んでおり、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、北朝鮮の主敵はアメリカと韓国に転じるものの、引き続き、抗日活動もまた、継続していた節があるのです(東京を火の海に発言…)。日本国内で組織された朝鮮総連では、嘘かまことか、日本国内で騒乱が発生した場合、一斉に武装蜂起するように訓練を受けてきたとも噂されおり、また、オウム事件といったテロ事件との関わりも指摘されています。拉致事件とは、いわば、潜伏してきた北朝鮮の攻撃性が事件として表に現れたという意味において、氷山の一角なのではないかと思うのです。

 拉致事件が、氷山の一角であるとしますと、拉致事件の解決を以って、日朝の友好関係が成立したとみなすことは、あまりに早計で危険すぎます。むしろ、抗日を根拠に成立した軍事独裁体制そのものが崩壊しない限り、日本国に対する攻撃性は消滅しないのではないでしょうか(韓国の例もあり、必ずしも、民主化=親日化とは限りませんが…)。この問題は、抗日戦線から誕生した中国の一党独裁体制とも共通していますが、日本国は、拉致問題の根にある抗日軍事独裁体制に、目を瞑ってはならないと思うのです。

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コメント (2)
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