「価値外交」を批判=田中均元外務審議官(時事通信) - goo ニュース
先日、元外務審議官の田中均氏が、「中国をいかに建設的な形で巻き込んで変えていくかが、戦略の目的だ。『価値外交』と言って疎外するのは目的にかなうのか」と述べて、安倍政権の価値外交を批判したと報じられています。
この批判、最初の出発点からして、誤っているのではないかと思うのです。日本国の戦略的目的とは、中国を単純に取り込んだり、宥めることではなく、国際法を順守する国に変化させることです。現在の中国は、自らを国際法の枠の外に置き、軍事力で他国を侵害しても構わないとする暴力主義の国家です。田中氏の言うように、価値など関係なく、中国を今の姿のままに迎え入れることになれば、国際社会の方が中国の暴力に譲歩し、法の支配を捨てざるを得なくなります(近代以降、積み上げてきた国際法が水の泡に…)。田中氏の主張は、いわば、”法の支配と暴力主義は両立する”と訴えているようなものであり、それが不可能であることは、あらゆる社会が、危険な犯罪者=無法者と戦っていることからも分かります。”暴力団やマフィアと共存しよう”といっている国はないのです。国際社会もまた、社会の一つなのですから、平和の礎である法の支配を共有できない国は、疎外されても仕方がありません。
加えて、氏は、「中国国民が『日本が実効支配しているのはおかしい』と捉えだし、中国政府がコントロールできなくなった。今の緊張を下げるしかない」とも語っています(何故か、ここでは、中国が国民主導の民主主義国家の如くに捉えている…)。尖閣諸島については、中国政府が政策的に煽ったことは明らかであり、尖閣暴動が起きるまで、多くの国民は、尖閣(釣魚島)の名称さえ知らなかったそうです。中国政府の対日外交の戦略的目的が領土拡張であるならば、法の支配を語らずして領土拡張を抑える具体策があるのでしょうか(あるとしたら、軍事力のみでは…)。国際法こそ、中国に対して日本国が手にしている有効、かつ、平和的な手段であるにもかかわらず、それを禁じ手にしようとは、正気の沙汰とは思えないのです。
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先日、元外務審議官の田中均氏が、「中国をいかに建設的な形で巻き込んで変えていくかが、戦略の目的だ。『価値外交』と言って疎外するのは目的にかなうのか」と述べて、安倍政権の価値外交を批判したと報じられています。
この批判、最初の出発点からして、誤っているのではないかと思うのです。日本国の戦略的目的とは、中国を単純に取り込んだり、宥めることではなく、国際法を順守する国に変化させることです。現在の中国は、自らを国際法の枠の外に置き、軍事力で他国を侵害しても構わないとする暴力主義の国家です。田中氏の言うように、価値など関係なく、中国を今の姿のままに迎え入れることになれば、国際社会の方が中国の暴力に譲歩し、法の支配を捨てざるを得なくなります(近代以降、積み上げてきた国際法が水の泡に…)。田中氏の主張は、いわば、”法の支配と暴力主義は両立する”と訴えているようなものであり、それが不可能であることは、あらゆる社会が、危険な犯罪者=無法者と戦っていることからも分かります。”暴力団やマフィアと共存しよう”といっている国はないのです。国際社会もまた、社会の一つなのですから、平和の礎である法の支配を共有できない国は、疎外されても仕方がありません。
加えて、氏は、「中国国民が『日本が実効支配しているのはおかしい』と捉えだし、中国政府がコントロールできなくなった。今の緊張を下げるしかない」とも語っています(何故か、ここでは、中国が国民主導の民主主義国家の如くに捉えている…)。尖閣諸島については、中国政府が政策的に煽ったことは明らかであり、尖閣暴動が起きるまで、多くの国民は、尖閣(釣魚島)の名称さえ知らなかったそうです。中国政府の対日外交の戦略的目的が領土拡張であるならば、法の支配を語らずして領土拡張を抑える具体策があるのでしょうか(あるとしたら、軍事力のみでは…)。国際法こそ、中国に対して日本国が手にしている有効、かつ、平和的な手段であるにもかかわらず、それを禁じ手にしようとは、正気の沙汰とは思えないのです。
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