万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

米中交渉から垣間見える中国の‘対日構想’

2019年11月24日 14時50分13秒 | 国際政治
トランプ大統領にとりましては対中交渉の優先度は高く、香港人権民主主義法案の署名を明言しないのは、トップ同士の米中交渉を睨んでのこととの憶測もあります。同法案も交渉材料の一つとされる可能性も否定はできず、懸念を以ってその成り行きが注目されるところです。

 その最重要とされる米中交渉ですが、アメリカが対中貿易に強い不満を抱く理由とは、言わずもがな、アメリカの巨額の対米貿易赤字の常態化です。IT製品から日常雑貨まであらゆる分野でアメリカ市場を席巻した中国製品の輸出攻勢の勢いは凄まじく、その赤字額はかつての日米貿易摩擦時の比ではありません。こうした極端な貿易不均衡が長続きするはずもなく、貿易収支を均衡させるには、アメリカが対中輸出を増やすか、中国からの輸入を減らすか、その何れかしか改善方法はありません。保護貿易主義への回帰との批判を浴びつつも、アメリカが中国製品に対して高い関税を設定したのは、先ずは前者の方法を試みた結果とも言えましょう。

 かくして対中貿易障壁を以って対中貿易赤字額を削減しようとはしたものの、米企業が生産拠点を中国から他国に移転するには一定の時間を要することもあり、劇的な効果を発揮したとは言い難く、対中貿易赤字問題は今もって解決していません。そこでトランプ政権は、第二の手段、即ち、アメリカからの対中輸出の拡大に赤字解消の望みを託したのでしょう。実務者級の米中交渉の席で、中国側が、制裁緩和のために大豆等の穀物の輸入再開をアメリカに約束したという情報も聞こえてきます。

 大統領選挙を控えたトランプ大統領としては、自らの支持基盤となるアメリカ中部の農業地帯の票を固めるためにも、中国に圧力をかけ、農産物の輸入拡大を飲ませれば、大きな外交成果ともなりましょう。しかしながら、ここで考えるべきは、アメリカが中国に輸出できる‘モノ’は何か、という問題です。アメリカと同盟関係にあれば、ハイテク兵器類を始め、アメリカが競争力を有する製品を比較的自由に輸出することができます。一方、‘新しい冷戦’と称されるように、米中関係は、政治・軍事的にも対立が深まっており、むしろ、アメリカが得意とする分野の製品を輸出することはできません。また、ITやAIの分野では、既に技術レベルが中国の方が上回っているとの指摘もありますし、中国がコンピューターやモバイルのOS等でも独自の規格を開発して普及させ、かつ、アメリカに依存していた部品や材料等も内製化するとなりますと、ますますアメリカの対中輸出は減少することでしょう。言い換えますと、アメリカが中国に売れる‘モノ’は、農産物しかなくなるかもしれないのです。

 となりますと、貿易関係のみを見れば、中国にとりましてのアメリカという存在は、将来的には13億の国民に食糧を供給する農業国となりますが(農業技術の進歩により、中国が自給できるようになればこの必要性もなくなるかもしれない…)、この関係は、日中関係においても当てはまります。先日、日本国の国会では、農産物輸出促進法が成立しましたが、この法案は、あるいは、将来的な対中輸出の拡大を目的としているのかもしれません。しかも、中国のための食糧生産国、否、‘植民地’となるリスクは、アメリカよりも日本国の方がさらに高いとも言えましょう。日本国内では、サーチナやレコードチャイナといった中国系メディアが‘自由’に情報を発信していますが、その中の記事に、日本国内において農業経営を志した中国人の成功譚が紹介されていました。この記事を読みますと、中国人であっても日本国内で農業を行うことはさして難しい事ではないようなのです。他の中国人にも薦めているようにも読めるのですが、これが事実であるとしますと、今後、農業就労人口の減少と過疎化が進む日本国内において中国人経営の農場が増加して行くことでしょう。そして、農産物輸出促進法がバックアップする形で、中国向けの農産物の生産を開始するかもしれないのです。ここに、日本国は、アメリカと同様に、農産物供給国として位置付けられる可能性を見出すことができるのです。

 もしかしますと、中国は、19世紀中葉に頂点を迎えたイギリス型の自由貿易体制の構築を目指しているのかもしれません。全世界から無関税、あるいは、低関税で原料や穀物を輸入し、それを自国の工場で製品化して全世界の市場に売りつけるという…。一極型の‘大英帝国モデル’ならぬ、それをバージョンアップさせた‘中華帝国モデル’なのでしょうが、日本国は、植民地主義の延長線上にある同モデルに組み込まれる危機に直面しているように思えます。独立国家である日本国の農業政策は、国土でもある農地を護り、かつ、自国民に安全で安価、かつ、安定的に食糧が提供されるよう、自国民優先を基本とすべきではないかと思うのです。

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