中国大陸に降り続く記録的な雨は、世界最大級のダムとして長江中流域に建設された三峡ダムを瀕死の状況に至らしめているようです。決壊も懸念される事態となりましたが、同ダムは、世界最大の水力発電所でもあります。
同ダムの発電量は年間2250万キロワットに上り、原子力発電所や大型火力発電所で換算しますと16基分に当たるそうです。中国当局は、目下、上下流域における水害被害を承知の上で大量の水を放出し続けているのですが、決壊危機の中、同ダムの発電所は稼働しているのでしょうか。上流から濁流が流れ込み、既に警戒水位を超えているのですから、水力発電所は稼働を停止していると考えてしまいがちです。それでは、中国の電力事情は、実際には、どのような状況なのでしょうか。
記録的な豪雨は6月に既に始まっていたのですが、人民網日本語版によれば、少なくとも7月9日頃の時点では、三峡ダムを含めて長江流域に設置されている4つのカスケード式ダムが今年初めてフル稼働と記録したことを誇る記事を発信しているのです。「経済・社会の質の高い発展にクリーンエネルギーの原動力のサポートを提供した」として…。発電総量は、全84基で3953万キロワットとされています。三峡ダムの発電量が中国の消費電力総量の2%ですので、4%弱が長江の水力発電に依存していることとなりましょう。
新型コロナ禍による都市封鎖により経済活動が一時停止した中国では、習近平国家主席の旗振りの下で、経済のV字回復政策が推進されています。同記事の論調からしますと、中国政府は、水害による国民の被害を心配するよりも、電力供給量の増加を‘経済回復に力強く信頼性の高い「電力エンジン」’をとして賞賛しているのです。そして、いささか気にかかる点は、同記事は、「発電機年間検査・修理及び複数の重要設備の改造を速やかに完了」と記している点です。もしかしますと、中国政府は、異常気象等による豪雨の発生を予測しており、上流域から大量の泥水が流れ込んだとしても、それに耐えうるように予め水力発電施設の強化を図っていたのかもしれないのです。つまり、治水よりも発電を優先していたとも言えましょう(人工降雨説の論拠もこの点にある?)。
水害については、記事の最後の部分において、4つのカスケード式ダムの共同調節の実施によりピークをずらし、「長江流域の洪水対策の安全、人々の生命・財産の安全を保証する」と申し訳程度に述べていますが、実施には、広範囲に及ぶ洪水が発生していますので、長江の治水には失敗しています。それでは、同記事の発信から20日以上を経た今日、水力発電所は、正常に稼働しているのでしょうか。実のところ、発電所が現在どのような状態にあるのかを知るすべはありません。中国当局による情報統制のために、水害のみならず発電関連の報道も乏しいからです。
もっとも、三峡発電所の電力供給範囲は、湖北省、湖南省、江西省、河南省、広東省、上海市、江蘇省、浙江省、安徽省、重慶市とされていますので、これらの地域における電力供給状況を観察すれば、ある程度、長江流域の水力発電所の状況を推測することはできます。仮に、電力供給に不足が生じているとなれば、水力発電所は稼働停止の状態にある可能性は高くなります。そして、三峡ダム決壊論も現実味を帯びてくるということになりましょう。三峡ダムが決壊する、あるいは、大量放水によって大都市が水没すれば、当然に、長江流域に設置されている原子力発電所も稼働停止となりますので、中国は、深刻な電力危機を迎えるかもしれません。それは、中国政府のV字回復シナリオを打ち砕くと共に、既に揺らいでいる「世界の工場」としての地位をも揺さぶることでしょう。
果たして、中国政府は、水害に苦しむ自国民を犠牲に供しつつ、今なお、豪雨による水力発電の最大出力にほくそ笑んでいるのでしょうか。それとも、予想外の水力発電所の稼働停止のみならず、三峡ダムの決壊、あるいは、未曽有の洪水の発生を目前にして、狼狽えているのでしょうか。何れにいたしましても、新型コロナウイルス時と同様に情報隠蔽体質の中国政府が正確な情報を提供するはずもなく、日本国政府を含む各国は、中国の電力状況の変化などの僅かな兆候も見逃さず、リスク管理として、在中自国民の退避措置の準備にも取り掛かるべきではないかと思うのです。