最近、IT大手において奇妙な動きが目立ってきているように思えます。その発端は、トランプ大統領のツイッター投稿を機に一気に表面化した現象であり、IT大手が、同投稿を放置したとして内外から受けている厳しい批判にあります。
IT大手の企業内部からの批判としては、「物言う社員」の問題として報じられています。「物言う社員」とは、資本主義が社員を含むテークホルダー配慮型へと変化したことから、最近、頓に注目を集めるようになった社員たちであり、社内にあって経営に対して声を上げる存在として理解されています。一般の企業であれば、経営において社員の意見を広く聞きくことは望ましいことですし、また、社会全体に直接的な影響を与えることもありません。
しかしながら、IT大手の場合、その事業が社会・産業インフラでもあるプラットフォームを基盤とする公共サービスである故に、「物言う社員」の影響は、社内に留まる性質のものではありません。例えば、グーグル社のケースを見ますと、「物言う社員」の要求とは、‘差別主義者’である警察に対して、グーグル社の開発した技術提供を停止せよ、というものです。警察への協力のボイコットを要求していることとなりますが、仮に、「物言う社員」の要求を100%受け入れるとしますと、警察機能の低下による治安の悪化は当然に予測されます(GPS情報を用いた容疑者追跡も不可能に?)。つまり、売上高を伸ばす、シェアを拡大する、消費者のニーズに応えた製品を開発する、技術開発に投資する、海外における製造拠点の設置国を決める…といった一般的な経営方針に‘物申す’のではなく、公共サービス事業者としての公的義務を放棄するように物申しているのです。この結果、人種の違いに拘わらず、全てのアメリカ市民の身に危険が迫るとしますと、「物言う社員」は、あまりにも無責任と言うしかありません。
また、フェイスブック社につきましても、トランプ大統領の投稿を放置したことから、凡そ400社が広告の中止を表明する事態に直面しました。NAACP(全米黒人地位向上協会)からの要求を受けての措置ですが、企業による広告ボイコットを受けて、同社は外部の有識者からなる組織に「人権監査報告書」の作成を依頼しています。そして、同報告書は、フェイスブックの取り組みを不十分とし、より強い措置を求めているのです。つまり、投稿の事前削除などの検閲の実行を同社に勧めていると言えましょう。外部組織とはいえ、有識者の人選は同社が行ったのでしょうから客観的な評価とは言えず、同報告書の結論は、おそらくフェイスブックの意向に沿ったものなのではないかと推測されます。
以上に二つのケースを見てきましたが、何が奇妙なのかと申しますと、どちらのケースでも、極めて公共性が高く、かつ、統治権限に関わる問題でありながら、アメリカの一般市民が全く以って無視されてしまっている点です。グーグル社のケースでは社員からの圧力でしたし、フェイスブック社の場合はより手が込んでおり、NAACP、広告主の企業、外部有識者の三者の連携でした(おそらく、その背後にはフェイスブック社そのものが…)。同問題が自由かつオープンに議論され、民主的な手続きが踏まれているわけではなく、こうした一部の集団による抗議行動が、結果として治安を脅かし、IT大手に私的検閲権を与えかねない事態に至っているのです。
しかも、人種差別反対といった誰もが否定できないような‘正義’を掲げていることが、IT大手による権力の私物化の動きに人々が抗することを難しくしています。反対を唱えようものならば、‘差別主義者’のレッテルを張られかねないのですから。メディアや世論操作に長けたIT大手を介して自由主義国もまた、‘正義’の名の下で中国と同様の厳格な国民監視体制が敷かれ、言論の自由が失われてゆくとしますと、華々しく登場してきたIT大手のCEO達はもはや若き時代の寵児ではなく、その真の姿は老獪な魔王のように思えてくるのです。