万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

米軍による南シナ海人工島爆破はあり得る

2020年07月21日 11時30分17秒 | 国際政治

 先日、7月13日、アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は、南シナ海問題に関して中国を痛烈に批判する声明を発表しました。各国政府が新型コロナウイルス禍の対応に忙殺される中、震源地でありながら一早く危機を脱した中国は、南シナ海一帯の自国領化を一方的に進めており、もはや見過ごすことはできない段階に達したのでしょう。同海域に中国が建設した人工島に対する米軍による爆破も取沙汰されていますが、このシナリオ、あり得るのではないかと思うのです。

 

 南シナ海において中国が正当な法的根拠を有していないのは、2016年7月12日に常設仲裁裁判所がその判決によって明らかにしています(ポンペオ国務長官の声明発表が7月13日であったのも、同判決の日付を意識してのことでは…)。南シナ海への中国の進出は、同国の‘黒歴史’といっても過言ではなく、ベトナムからの武力奪取のみならず、スプラトリー諸島に至っては、国連のユネスコを枠組みとした気象観測プロジェクトへの参加を足掛かりとして人工島を建設しています。いわば、国際社会を騙す形で既成事実を積み重ねてきたのですから、南シナ海の諸島は東南アジア諸国が領有権を争う係争地であるとはいえ、中国による一方的な現状の変更は、国際法上の‘侵略’と言っても過言ではないのです。

 

 しかも、中国の脅威は、南シナ海一帯の自国領化のみではありません。同国は、この海域一帯を軍事基地として利用しており、SLBMを搭載した原子力潜水艦の配備も懸念されています。同地域一帯が中国の軍事基地ともなれば、東南アジアの全諸国を核で脅すことが可能となると共に、太平洋に向けて原潜を自由に出入りさせることができるようになることは、地図を眺めれば一目瞭然です。つまり、地政学的な障害となってきた日本国、台湾、フィリピンを迂回して中国海軍は太平洋に進出し得るのであり、アメリカの軍事力による‘パックス・アメリカーナ’は終焉を迎えかねないのです。近年、中国が、太平洋諸島諸国に急接近しているのも(オーストラリアとの対立激化の一因…)、太平洋の海洋支配を狙う、あるいは、近い将来における米中戦争を想定してのことなのでしょう。

 

 南シナ海における中国の行動が、世界征服計画の一環であるのは明らかである以上、国際社会は、中国による違法・不法行為を黙認はできないはずです。しかしながら、近代以降、常設仲裁裁判所や国際司法裁判所の設置など、国際司法制度を整える方向に進みながらも、現行の制度には重大な欠陥があります。それは、これらの裁判所で下された判決を強制的に執行することができない、という点です。国際司法裁判所の場合には、最終的に国連安保理に執行が委ねられるのですが、南シナ海問題を扱った常設仲裁裁判所に至っては、判決の強制執行に関する手続きが設けられていません。このため、中国は、無視を決め込んでいたのですが、今般、アメリカが独自に軍事力を行使し、判決の強制執行行為として南シナ海一帯から中国を追い出したとしても(原状回復…)、それは、国際法上に根拠を有する合法行為と見なされることとなりましょう。言い換えますと、米軍が中国が建設した人工島、即ち、軍事基地を破壊したとしても、その行為の違法性が問われることはないのです。

 

 今日、南シナ海問題をめぐり米中間の緊張が極限まで高まるに至ったのも、2016年における常設仲裁裁判所の判決時にあって、オバマ前大統領、並びに、国際社会が何らの制裁的な措置も採らなかったからなのでしょう。この意味において、判決後の自由主義国の融和的な対応は、今般の中国の拡張主義を誘引した‘第二のミュンヘンの融和’であったのかもしれません。この時、中国は、国際法に違反して領土を拡張しても、何らの制裁や罰を受けることはない、と確信したのかもしれないのですから。

 

果たして、中国は、アメリカによる事実上の法の強制執行、即ち、事実上の人工島破壊の警告に対して、どのような反応を示すのでしょうか。中国は、急ピッチで空母の建造を急いでいますが、この動きは、対米開戦を意識してのことなのでしょうか。同国にあって建造中の3隻目の空母は「電磁カタパルト」が搭載されており、同空母の進水は1年以内とされていますが(来年前半…)、アメリカが、その完成を待つとも思えません。

 

もっとも、中国が開戦の準備を以ってその回答を示したとしても、アメリカ側には軍事力行使の正当性があります。異例の長雨による長江の三峡ダム決壊が懸念されている折、中国は、領土拡張よりも自国の災害対応に集中すべきであり、南シナ海からの名誉ある撤退の決断こそ、同国が‘面子’を保つ唯一の道なのではないかと思うのです。

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