廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

国内盤の底ヂカラ(その14)

2020年05月15日 | Jazz LP (国内盤)

Dollar Brand / This Is Dollar Brand  ( 日本 トリオ・レコード PA-7063 )


このアルバムは自身初のソロ・ピアノ作品として1965年3月にロンドンで録音されているが、実際に発売になったのは1973年。正確な経緯はよく
わからないが、おそらくは1969年にカフェ・モンマルトルで収録された "African Piano" が脚光を浴びたために、眠っていたこの音源をレーベルが
慌てて蔵出しリリースしたのではないだろうか。"African Piano" も初版はデンマークの Spectator Records が1970年にリリースしたものだが、
世間一般に認知されているのはドイツの JAPO Records が1973年に出した方だろう。つまり、ダラー・ブランドの個性が広く世間で受け入れられる
には、70年代になるまで待たなけれいけなかったということだ。

このアルバムは、ダラー・ブランドがアフリカ・ブランド化される遥か以前に録音されているため、そういう特定の色付けがされていない、
ある意味で純粋に音楽的な内容となっているのが非常に好ましい。ランディ・ウェストンや、とりわけエリントンのナンバーをメインに据えて、
それまでのジャズ界には見当たらなかったまったく新しい感覚で弾き切っている。

この非アメリカ的で、非ヨーロッパ的な、当時のジャズ界としては第三世界的な感覚は、それが一般的な人気に繋がるかどうかは別にして、
彼に初めて接した人々には驚異をもって迎えられたことは容易に想像できる。ただ、65年という時期はまだ早過ぎたかもしれない。

ここで聴かれる感覚は、非ジャズ的と取る向きもあったかもしれない。ジャズにおいて現代では当たり前になっている「新しい風」の流入も、
当時は音楽形式の進化こそ日常的にあっただろうが、このような音楽の土台となる感性の更新はあまり経験がなかったのではないだろうか。

ところが、時代背景的に受け入れが可能になった途端に「アフリカ物」が大量生産されるようになったのは、私自身は閉口するところがある。
本人がどう思っていたのかはよくわからないけれど、ちょっと企画が露骨過ぎて、商業主義臭さが鼻につく。だから、そうではないものを
探しながら聴くようにしているのだけれど、このアルバムの自然な音楽観は素晴らしい。

加えて録音が素晴らしく、ピアノを堪能するには最適の音質だと思う。ハイ・ファイというより、ピアノの残響が深く録られていて、
それが静寂感を醸し出し、音楽を豊かに再現している。日本トリオ・レコードも頑張った。国内盤のイメージを覆す音で、さすがである。


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