Donald Byrd / Places And Spaces ( 米 Blue Note BN-LA549-G )
ブルーノートのこの時代の作品群をそれまであまりちゃんと聴いてこなかったので、ロバート・グラスパーのブラック・レディオを最初に聴いた時に
何でブルーノートからリリースされたのか腑に落ちなかったが、それは私が無知だっただけで、元々こうして下地があったということだった。
"Bitches Brew" が70年、"Weather Report" が71年、"Return To Forever" が72年、という流れに沿うように、ドナルド・バードも70年代に入った
あたりから作風がいわゆるレア・グルーヴ系に移行し始めて、代表作と言われる本作は75年にリリースされている。ウェザー・リポート以降、
白人が始めた音楽のぎこちなさや居心地の悪さと比べて、ドナルド・バードのやった音楽はあまりになめらかで、妖艶で、それでいて爽やかで、
4ビートからの跳躍の度合いが大きいながらも極めて王道的である。
ドナルド・バードはハード・バップ黎明期からメインストリームで活躍してきた生粋のバッパーだが、それでもジジ・グライスと "Jazz-Lab" なる
実験的グループを組んでみたり、ハービー・ハンコックを見出してみたり、と他とは一味違ったことをやってきた人。単純なブルースベースの
音楽だけやって満足するようなタイプではなかった。なので、彼が70年代にやってみせた大きな飛躍は本人してみればあまり違和感はなかった
のだろうと思う。ただ、批評家連中からは「金で魂を売った」などと揶揄されて、当時は相当凹んだらしい。いつの時代も新しいことをやる人は
批判を受けるが、50年が経とうとする現在、これを聴いてああだこうだと言う人はいない。この完成度の高さにただ驚愕するのみである。
ストリングス・アンサンブルが効果的に施されていて、これが音楽に爽やかな風を吹かせているが、適量のブラス・アンサンブル、ダンサブルな
ヴォーカルが、チャック・レイニー、ハーヴィー・メイソンの超強力なリズムに支えられて一体化して高揚感を生んでいる。南米音楽の湿度の高い
暑苦しさや気怠さ、モータウンのようなバタ臭さとは一線を画す、極めて都会的で洗練された感覚で貫かれているのがいい。この何とも言えない
感覚に憧れたミュージシャンたちが後を絶たなかったのはよくわかるのである。
楽曲がとても優れているので、A面もB面もあっという間に演奏が終わってしまう。昔、CDで聴いた時はここまでの感銘を受けなかったが、
こうしてアナログで聴くとやはり何かが違う。当時の空気感や心地よく痺れるような微熱が発せられているようなところがあって、
こればかりはやはりレコードで聴かなければわからない感覚なのだろう。若い人たちが1度は夢中になるのがよくわかる。