Al Haig / Today! ( 米 Mint Records AL-711 )
アル・ヘイグが最もアーティスティックに弾いた演奏はこれだろう。50年代のレコードは、アルバム制作のコンセプトが一般リスナーが気軽にジャズを
愉しめるものを、という感じでおそらくは作られたので、そもそも方向性が違う。彼は単にレコード会社の意向に沿って演奏をしていただけであって、
このアルバムと比較してどちらが優れているかという話になるんだったら、それは違うと思う。強いて言うなら、どちらの音楽が自分の好みに合って
いるか、という話だろう。
1964年に制作されたということで、これが本当なんだとしたら相当浮世離れした演奏ということになる。スタンダードにジャズメンのメロディアスな
オリジナル曲をブレンドした非常にわかりやすい内容で、64年にこれをレコードとして出してくれるのはこういうマイナーレーベルしかなかっただろう
と思う。ただ、無理して流行に乗った素材を選ばなかったせいか、この人の本性が見事に浮き彫りになった音楽になったのは幸いだった。
通して聴くと、既存のスタンダードは印象が薄く、彼自身のオリジナル "Thrio"、トゥーツ・シールマンスの "Bluesette、オスカー・ブラウンJr.の
"Brother,Where Are You"、ベースの Eddie DeHaas の "Saudade" といった曲の方が遥かに素晴らしい出来になっているのがよくわかる。
つまり、アル・ヘイグは従来からあるスタンダードの解釈が元々あまり上手くなかったんじゃないか、という気がしてくるのだ。それに比べて、あまり
手垢の付いていないオリジナル曲では曲想の表現が自由に展開できていて、伸び伸びと演奏できている。メロディーの歌わせ方も素晴らしい。
片や古いスタンダードの方は何となく委縮した表現に留まっているような印象を受ける。過去の名演たちの面影に縛られているような。
そういう意味で、私自身は50年代のエソテリックやピリオドのレコードよりは、こちらの方が好きだ。ここで聴ける演奏はいい意味でも悪い意味でも
アル・ヘイグという人の本質が剥き出しになっているようなリアルな肌触りがあって、そこに聴き応えを感じる。ジャズのピアノ・トリオの音楽として
一流かと言われるとそうではないと思うけれど、ここにはこの人の素の姿が生々しく記録されているのは間違いないと思う。
もう1つの話題は2種類あるレーベルデザインの件。グリーン・ミントとブラック・ミント、どちらがオリジナルかという例の話題だ。"MINT" というのは
単なるレーベル名であって、このレコードはDel Moral Recordsが制作している訳だけど、このレコード会社はどこまでまともに活動していたのか
よくわからない会社で、ジャズではエサ箱でよく見かけるJohn Gambaのピアノトリオが1枚あるくらい。言っちゃ悪いけれど、企業としてはあまり
信用できるレベルではなくて、だからこそ後年の人々が混乱することになったんだと思う。
私の経験から言うと、この2種類は同じ時期に製造されたんだと思う。ブラック・ミントは弾数が少なくて、過去に3回しか手にしたことがないけれど、
ジャケットの質感も盤の手触り感もグリーン・ミント同じだったからだ。但し、ブラック・ミントは3枚ともひどいカゼヒキで、とても聴く気には
なれないような再生音だった。そんなだから、ブラック・ミントは製造不良品として販売ルートには乗らなかったんだろうと思う。だた、廃棄するに
してもそれはそれでコストがかかるから、倉庫の片隅に追いやられていたんじゃないか。こういうのはよくある話である。
もしそうだったと仮定した場合、どちらがオリジナルかということになると、当然ながら正規販売されたグリーン・ミントがオリジナルということで
いいんじゃないか。プレスの時間的な順番がどちらが先だったかなんてわからないけれど、品質検査で不合格になった製品をオリジナル盤として
認識することに何か意味があるのか、と思う。売り物にならない不良品は、本来的には商品としては存在してはいけないものなのだ。
製造過程で一定数発生する不良品は他のレーベルでもあったはずで、普通に品質管理していた会社であれば、それらは当然テスト工程で排除される。
このレコード会社はそれをしなかった、あるいはできなかったということなんだろう。
そもそも、グリーン・ミントだって盤面にプレスミスがあるものが多く、総じてモノづくりの品質管理がいい加減だったのは間違いない。
ただ、グリーン・ミント盤にはカゼヒキがほとんどなく、その再生音は音圧が高く楽器の音も鮮度が高くで極めて良好だ。
だから、迷うことなくグリーン・ミント盤を買えばそれでいいと思う。
こういう面倒な話がついて回るのも、アル・ヘイグという人の、他の人には見られない特徴だ。つくづく付き合うのが難しい人だと思う。