Cecil Taylor Trio and Quintet / Love For Sale ( 米 United Artists UAL 4046 )
トランジション・レーベルを興したトム・ウィルソンはレーベル倒産後に一時期ユナイテッド・アーティスツ・レーベルに身を寄せたが、その時にセシル・テイラーの
レコードを2枚作っている。 自らの手でトランジションから公式デビューさせてその才能を世に問うた、彼自身思い入れのあるアーティストだ。
ウィルソンがUAにいた時期は短かったが、その際に最も力を入れたのがテイラーのレコード制作だった。 そして、そこには何とかしてテイラーの才能を
世間に広く認知させようとした、プロデューサーとしての自負と苦心の跡が見て取れる。
ピアノトリオで演奏したコール・ポーターが書いた3つのスタンダードが収録されているが、この3曲には普通の意味でのスタンダード演奏の要素は皆無で、
一般的には何の曲を演奏しているのかはわからないだろう。 "Get Out of Town" には主題メロディーは一切出てこないし、"I Love Paris" は主題の
ワンフレーズの1/4程度、"Love For Sale" では1/2程度が辛うじて出てくるだけだ。 アルバムタイトルに "Love For Sale" が使われたのは、
おそらくこれだけが辛うじて何の曲を演っているのかがわかるからだろう。
ネイドリンガーのベースとコリンズのドラムが作る一定のリズムの上を、テイラーのピアノが流れていく。 誰も聴いたことがないであろう未知のフレーズが
きらきらと粒立ちのいい輝きを放ちながら鍵盤の上を舞い、零れ落ちていく。 何を弾いているのかはわからなくても、上手く弾けているのかがわからなくても、
そこには言葉を失いながらも聴き入ってしまう何かが宿っているのはよくわかる。
どうせならB面もピアノトリオで演ってくれたらよかったのにと思いながらビル・バロンとテッド・カーソンの2管入りを聴くと、これはこれで良くて、
バロンとカーソンのオーソドックでノーマルでマイナー感漂う演奏が不思議とテイラーとの親和性の高さを見せる。 彼らのやや覚束ない演奏が音楽を
鈍く中和しているようなところがある。 ジミー・ライオンズのうるさく尖った演奏が苦手な人でも、これならずっと聴きやすいのではないだろうか。
レコーディングの機会にあまり恵まれなかった時期のとても貴重な記録として、現代の我々にとっては値千金のアルバムと言っていい。
トム・ウィルソンはやはり優れたプロデューサーだったのだと思う。