廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

時代に抵抗する音楽

2016年05月22日 | Jazz LP

Gerry Mulligan / Night Lights  ( 蘭 Philips 652 037 BL )


マリガンのバリトン・サックスは不思議な音だな、とこのアルバムを聴くたびに思う。 木管楽器丸出しのそのくすんだ音色はお世辞にも美音とは言い難いし、
特にこういうスローな楽曲ではまるでクラリネットの演奏を聴いているような気分にさせられる。 でも、あの恐竜の背骨のようなごつい楽器でこういうソフトな
音色を出すのは難しいことなのかもしれない。 ポール・デズモンドのアルトやスタン・ゲッツのテナーなど、白人の管楽器奏者は自分だけの音色を作ることに
殊更こだわった人が多かった。

このアルバムはマリガンと同系色のくすんだ音を出す管楽器奏者で固めたところに音楽的な成功要因があるわけだが、それ以上に重要なのはジム・ホールと
デイヴ・ベイリーだと思う。 特にベイリーのブラシが奏でる音が音楽の重要な背景を構成している。 「夜の静寂」と判で押したように形容されるのには
うんざりさせられるけど、そういうことを連想させる薄い霧がうっすらと漂って流れていくような様はこのベイリーのブラシ音が創り出している。

こういう情景論のようなものでしか語りようがないのは、このアルバムが明らかに軽音楽を志向しているからだ。 決定的名盤であるにも関わらず、一様に
ジャズ愛好家がこのアルバムを語るのを恥ずかしがるのは、これがジャズの本道から離れた軽音楽を志向しているからだ。 軽音楽は主義主張を排した
音楽であり、語るべき内容を元々持たない音楽だから、それ以上何も語りようがないのだ。 これが "ナイトライツ" というタイトルではなく、ジャケット
デザインもまったく違うものだったら、人々はこの作品を語るのにさぞかし困ったことだろう。 名盤と言われることすらなかったかもしれない。

この企画がフィリップス社側からのオファーだったのか、それともマリガン自身の意向だったのかはわからないけれど、1963年の秋と言えばフリージャズの
台頭著しい時期であり、そういう風潮に眉をひそめていた人たちが大多数だったのは間違いない。 でも時代の空気は明らかに変わっていたし、それはもう
誰にも止められないということも自明のことだった。 そういう無力感のようなものがこの作品を暗く覆っている。 どれだけ執拗に軽音楽を志向してみても
どうにも軽音楽にはなりきれす、諦観したような退廃感からは逃れられない。 明るく振舞えば振舞うほど、哀しみも増していく。 それでもこの作品を
世に問うたのは、そういうの時代の空気に対するせめてもの静かな抵抗だったのだろう。 禁酒法時代に地下に潜って製造された密造酒を隠れて飲んで
いたように、当時の人々はこっそりとこのアルバムを聴いていたのではないだろうか。 そういうどこか後ろ暗い、独特の雰囲気に覆われた作品である。


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