[4月10日00:15.天候:晴 群馬県甘楽郡下仁田町郊外山中 夜ノ森家]
夜ノ森家の主人、夜ノ森治夫氏の昔話が終わった頃には日付が変わっていた。
この話を聞いて、私は夜ノ森家は呪われていると思った。
もちろん、探偵たる私がそんなオカルトチックなことを言ってはいけないのは分かっている。
だが、そんなオカルトを狂化学で実現させてしまった製薬会社と関わってしまった為、科学的に証明できる呪いは信じることにしている。
夜ノ森:「そういうわけですから、この家には“座敷童”がお住まいになっているのです。もしもこの家で小さい女の子の姿を見ても、けして驚かれぬようにお願いします。もしも機嫌を損ねたりしようものなら、如何に私共であっても、愛原さん達の安全は保障致しかねます」
愛原:「なるほど……」
私はメモを取りながら、夜ノ森氏の話を聞いた。
愛原:「つまり御主人方、この家の方々は渡辺さんの仰るような心配事は無いということですか」
夜ノ森:「はい。あれは弟の息子で、弟達は伊勢崎に住んでいます。パチンコ店経営で成功したようですが、私にはそういう事業には興味がありません」
名字が変わったのは、恐らく渡辺氏が婿養子だからだろう。
夜ノ森:「確かに私達は座敷童のおかげで、夜型の生活になってしまいました。しかし、基本的に座敷童というのは夜に現れるものです。幸せの為ならそれでもいいでしょう」
愛原:「今は幸せだと?」
夜ノ森:「はい。お陰様で、今は体がとても丈夫になりました。歳と共に体の衰えを感じていたのですが、それも無くなりました。さすがに、見た目に若返ることまではできないようですがね」
生活の糧はどのようにして得ているのか、とても興味があったが、それは聞くのをやめた。
夜ノ森:「甥っ子には私からまた連絡しておきます。ですので、特に何も心配しないでください」
愛原:「はあ……分かりました」
肝心の調査先がこれではどうしようも無いな。
夜ノ森:「遥々東京からお越しで、疲れたでしょう。客間を用意しておきましたので、今夜はこちらでゆっくりお休みください」
愛原:「……はい」
夜ノ森:「といいつつ、始発電車に合わせた形にはなると思いますが」
愛原:「始発電車?」
夜ノ森:「はい。まだこの季節でしたら、朝の5時くらいは薄暗い時間帯ですので、何とか駅までお送りできると思います」
愛原:「そうですか」
夜ノ森:「それでは、客間へご案内しましょう」
夜ノ森氏が立ち上がって、襖を開けた時だった。
夜ノ森:「あっ!」
廊下を逃げるようにして去って行く1人の少女がいた。
夜ノ森:「童様!お待ちください!この方々は久しぶりの来訪者で……」
後ろ姿はまるでリサのようだった。
全体的に黒とグレーの服が目についた。
だから少女は薄暗い廊下の奥の闇に吸い込まれるようにして消えていった。
愛原:「あれが座敷童ですか?随分と恥ずかしがり屋さんのようで……」
仮面を着けていたとはいえ、堂々と私達の前にタイラントを引き連れて現れたリサとは大きな違いだな。
夜ノ森:「そうなんですよ。でも、こりゃひょっとすると、愛原さん、ラッキーかもですよ?」
愛原:「えっ?」
夜ノ森:「童様はもしかしすると、愛原さん達に関心をお示しになったのかもしれません」
高橋:「先生。幼女に手を出すと犯罪なのはもちろん、リサがブチギレますよ?」
愛原:「分かってる!」
夜ノ森:「もし良かったら、夜の電車で帰りませんか?上手く行けば、童様を愛原さん達に御紹介できるかもしれません」
それは興味がある。
あるのだが……。
愛原:「それって、私達も夜専門になれってこと?それはそれでなぁ……」
夜ノ森:「大丈夫ですよ。まるで仙人みたいな生活ができるようになります」
愛原:「仙人!……あんまり興味無いですね。でも、座敷童には興味があります。会って話をするだけってことはできませんかね?」
夜ノ森:「それは童様の御意思によります。私達は童様の御意思に従っているだけですので……。とにかく、私から話だけでもしておきましょう」
愛原:「よろしくお願いします」
もし神通力でも持っているような少女だったら、それはそれで面白い。
ここまで来た甲斐があるというものだ。
[同日01:00.天候:雨 夜ノ森家・1F客間]
私達は8畳間に敷かれた布団に横になっていた。
まるで旅館のように浴衣まで貸してくれて、本当に旅館に泊まっているかのようだ。
風呂やトイレも薄暗い電球1つだけで、それだけは少し不気味だった。
そして、この客間もだ。
この部屋の照明は、天井からぶら下がった笠付きの電球が1個と、枕元の行灯(これも中は電球)だけだった。
節電の為にしては不自然だ。
だったら電球ではなく、むしろ蛍光灯にした方がいいし、もっと言うならLEDの方が消費電力も少なく、それでいて明るい。
多分、蛍光灯やワット数の大きい電球にしてしまうと眩しいのだろう。
この薄暗い電球でさえ眩しいと言っているくらいだ。
そして普段、照明は点けないのだと。
私達は常人だから、仕方なく客人に合わせて点灯しているだけだと。
愛原:「どう思う、高橋?」
高橋:「異常だと思いますね。さすがの俺も、夜にサングラス掛けて車は運転しないっスよ」
愛原:「だよなぁ」
夜ノ森家の人々を夜目しか効かなくし、尚且つ完全夜型の、まるで吸血鬼のような生活スタイルにさせた座敷童とやらの正体を是非見てみたいものだ。
依頼人の渡辺氏には、『夜ノ森家の人々は元気にやっていますから、何も心配無いですよ。後で夜ノ森氏から連絡してくれるそうですよ』という報告でもいいのだろうが、やはり一流の探偵はその報告で留めてはいけない。
どうしてそうなったのかという所まで含めた報告をして、初めて依頼人は納得できるのではないだろうか。
今後の事は依頼人が考えることであるから、それ以上の首は突っ込まない。
その為にも、夜ノ森家の人々をあんな風にした座敷童に会う必要があると思われる。
恐らく相当危険なことではあるだろうが。
愛原:「さっき一瞬見た感じなんだけど……あの座敷童」
高橋:「はあ……」
愛原:「何か、感じがリサに似ていたと思わないか?」
高橋:「そうですか?俺は全然似てないと思いますけどね」
愛原:「! そうか……。ま、取りあえず寝よう」
高橋:「はい」
私は照明を消した。
但し、行灯の豆電球だけは消さなかった。
高橋:「いいんスか?いつも先生は部屋を真っ暗にして寝ていらっしゃいますが?」
愛原:「ああ、これでいい」
高橋:「……分かりました」
果たして、これから何が起きるだろうか?
夜ノ森家の主人、夜ノ森治夫氏の昔話が終わった頃には日付が変わっていた。
この話を聞いて、私は夜ノ森家は呪われていると思った。
もちろん、探偵たる私がそんなオカルトチックなことを言ってはいけないのは分かっている。
だが、そんなオカルトを狂化学で実現させてしまった製薬会社と関わってしまった為、科学的に証明できる呪いは信じることにしている。
夜ノ森:「そういうわけですから、この家には“座敷童”がお住まいになっているのです。もしもこの家で小さい女の子の姿を見ても、けして驚かれぬようにお願いします。もしも機嫌を損ねたりしようものなら、如何に私共であっても、愛原さん達の安全は保障致しかねます」
愛原:「なるほど……」
私はメモを取りながら、夜ノ森氏の話を聞いた。
愛原:「つまり御主人方、この家の方々は渡辺さんの仰るような心配事は無いということですか」
夜ノ森:「はい。あれは弟の息子で、弟達は伊勢崎に住んでいます。パチンコ店経営で成功したようですが、私にはそういう事業には興味がありません」
名字が変わったのは、恐らく渡辺氏が婿養子だからだろう。
夜ノ森:「確かに私達は座敷童のおかげで、夜型の生活になってしまいました。しかし、基本的に座敷童というのは夜に現れるものです。幸せの為ならそれでもいいでしょう」
愛原:「今は幸せだと?」
夜ノ森:「はい。お陰様で、今は体がとても丈夫になりました。歳と共に体の衰えを感じていたのですが、それも無くなりました。さすがに、見た目に若返ることまではできないようですがね」
生活の糧はどのようにして得ているのか、とても興味があったが、それは聞くのをやめた。
夜ノ森:「甥っ子には私からまた連絡しておきます。ですので、特に何も心配しないでください」
愛原:「はあ……分かりました」
肝心の調査先がこれではどうしようも無いな。
夜ノ森:「遥々東京からお越しで、疲れたでしょう。客間を用意しておきましたので、今夜はこちらでゆっくりお休みください」
愛原:「……はい」
夜ノ森:「といいつつ、始発電車に合わせた形にはなると思いますが」
愛原:「始発電車?」
夜ノ森:「はい。まだこの季節でしたら、朝の5時くらいは薄暗い時間帯ですので、何とか駅までお送りできると思います」
愛原:「そうですか」
夜ノ森:「それでは、客間へご案内しましょう」
夜ノ森氏が立ち上がって、襖を開けた時だった。
夜ノ森:「あっ!」
廊下を逃げるようにして去って行く1人の少女がいた。
夜ノ森:「童様!お待ちください!この方々は久しぶりの来訪者で……」
後ろ姿はまるでリサのようだった。
全体的に黒とグレーの服が目についた。
だから少女は薄暗い廊下の奥の闇に吸い込まれるようにして消えていった。
愛原:「あれが座敷童ですか?随分と恥ずかしがり屋さんのようで……」
仮面を着けていたとはいえ、堂々と私達の前にタイラントを引き連れて現れたリサとは大きな違いだな。
夜ノ森:「そうなんですよ。でも、こりゃひょっとすると、愛原さん、ラッキーかもですよ?」
愛原:「えっ?」
夜ノ森:「童様はもしかしすると、愛原さん達に関心をお示しになったのかもしれません」
高橋:「先生。幼女に手を出すと犯罪なのはもちろん、リサがブチギレますよ?」
愛原:「分かってる!」
夜ノ森:「もし良かったら、夜の電車で帰りませんか?上手く行けば、童様を愛原さん達に御紹介できるかもしれません」
それは興味がある。
あるのだが……。
愛原:「それって、私達も夜専門になれってこと?それはそれでなぁ……」
夜ノ森:「大丈夫ですよ。まるで仙人みたいな生活ができるようになります」
愛原:「仙人!……あんまり興味無いですね。でも、座敷童には興味があります。会って話をするだけってことはできませんかね?」
夜ノ森:「それは童様の御意思によります。私達は童様の御意思に従っているだけですので……。とにかく、私から話だけでもしておきましょう」
愛原:「よろしくお願いします」
もし神通力でも持っているような少女だったら、それはそれで面白い。
ここまで来た甲斐があるというものだ。
[同日01:00.天候:雨 夜ノ森家・1F客間]
私達は8畳間に敷かれた布団に横になっていた。
まるで旅館のように浴衣まで貸してくれて、本当に旅館に泊まっているかのようだ。
風呂やトイレも薄暗い電球1つだけで、それだけは少し不気味だった。
そして、この客間もだ。
この部屋の照明は、天井からぶら下がった笠付きの電球が1個と、枕元の行灯(これも中は電球)だけだった。
節電の為にしては不自然だ。
だったら電球ではなく、むしろ蛍光灯にした方がいいし、もっと言うならLEDの方が消費電力も少なく、それでいて明るい。
多分、蛍光灯やワット数の大きい電球にしてしまうと眩しいのだろう。
この薄暗い電球でさえ眩しいと言っているくらいだ。
そして普段、照明は点けないのだと。
私達は常人だから、仕方なく客人に合わせて点灯しているだけだと。
愛原:「どう思う、高橋?」
高橋:「異常だと思いますね。さすがの俺も、夜にサングラス掛けて車は運転しないっスよ」
愛原:「だよなぁ」
夜ノ森家の人々を夜目しか効かなくし、尚且つ完全夜型の、まるで吸血鬼のような生活スタイルにさせた座敷童とやらの正体を是非見てみたいものだ。
依頼人の渡辺氏には、『夜ノ森家の人々は元気にやっていますから、何も心配無いですよ。後で夜ノ森氏から連絡してくれるそうですよ』という報告でもいいのだろうが、やはり一流の探偵はその報告で留めてはいけない。
どうしてそうなったのかという所まで含めた報告をして、初めて依頼人は納得できるのではないだろうか。
今後の事は依頼人が考えることであるから、それ以上の首は突っ込まない。
その為にも、夜ノ森家の人々をあんな風にした座敷童に会う必要があると思われる。
恐らく相当危険なことではあるだろうが。
愛原:「さっき一瞬見た感じなんだけど……あの座敷童」
高橋:「はあ……」
愛原:「何か、感じがリサに似ていたと思わないか?」
高橋:「そうですか?俺は全然似てないと思いますけどね」
愛原:「! そうか……。ま、取りあえず寝よう」
高橋:「はい」
私は照明を消した。
但し、行灯の豆電球だけは消さなかった。
高橋:「いいんスか?いつも先生は部屋を真っ暗にして寝ていらっしゃいますが?」
愛原:「ああ、これでいい」
高橋:「……分かりました」
果たして、これから何が起きるだろうか?