[4月9日20:25.天候:曇 群馬県高崎市 JR高崎駅→上信電鉄高崎駅]
〔♪♪(車内チャイム)♪♪。「長らくのご乗車、お疲れさまでした。まもなく終点、高崎、高崎に到着致します。到着ホームは2番線、降り口は右側です。お降りの際はお忘れ物の無いよう、お支度をしてお待ちください。高崎からの乗り換え列車をご案内致します。上越新幹線下り……」〕
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
今度の依頼先は群馬県だ。
私と助手の高橋は、依頼人が寄越した電車のキップを手に群馬県入りを果たしたわけだ。
しかし、まだここが到着地点ではない。
群馬県最大都市、高崎市が現地であれば楽だったのだが、うちのような弱小事務所がそんな美味しい仕事を簡単に手に入られるはずは無かった。
〔「……上信電鉄線ご利用のお客様は、一旦改札を出て0番線にお回りください。……」〕
まだ乗り換えがあるのである。
愛原:「高橋、そろそろ着くぞ」
高橋:「……はっ!すいません。つい居眠りして……」
愛原:「いや、いいんだよ。どうせ電車内じゃ、何もすることが無い」
電車はゆっくりと高崎駅のホームへ入線した。
〔「ご乗車ありがとうございました。終点、高崎、終点、高崎です。お忘れ物の無いよう、お降りください。2番線に到着の電車は、回送電車です。ご乗車になれませんので、ご注意ください」〕
私達は電車を降りると、跨線橋の階段を上がった。
愛原:「ここで乗り換えだ」
高橋:「本当に山奥まで行かされるってことですかね?」
愛原:「そういうことになるな」
車内放送にもあった通り、改札口を出る。
ここで乗車券は回収されるわけである。
私達は今度は依頼人から渡された別のキップを手に、上信電鉄の乗り場に向かった。
鉄道会社が違うので、乗車券も別になるのである。
渡されたのは回数券だった。
それで上信電鉄の乗り場に行くと……。
愛原:「おっ、ちょうど電車が来た所だ」
2面1線のホーム。
どうやら降車ホームと乗車ホームに分かれているようだ。
駅員がいて、降りて来た乗客のキップの回収や定期券のチェックをしている。
愛原:「何か、見覚えのある電車だなぁ……」
地方私鉄らしく、『ワンマン』の表示がローカル鉄道っぽい。
高橋:「西武線の3ドア車にそっくりですね」
愛原:「おお、そうだ!そうか、中古車なんだ!よく知ってるな、高橋!?」
高橋:「少年院にトリ鉄がいましてね、そいつがウザく教えてくれましたよ」
愛原:「トリ鉄?撮り鉄だろ?」
高橋:「いえいえ。俺にはよく分からないんですが、何でも電車の部品やら駅の部品やらパクッてタイーホされて少年院に来たヤツだったんですが……」
愛原:「盗り鉄かい!」
私が呆れて回数券を駅員に渡そうとすると……。
駅員:「今からもう乗られます?」
愛原:「えっ、何が?」
駅員:「発車は21時1分なんですよ」
愛原:「はあ!?」
まだだいぶある!
それで下り電車の割に、乗客が疎らだったのか。
愛原:「……ちょっとトイレ行って来る」
高橋:「あ、俺も行ってきます!」
あの元・西武電車じゃ車内にトイレも付いてないだろうから、今のうちに行っておくことにしよう。
[同日21:01.天候:曇 上信電鉄55列車先頭車]
特にやることも無いので、トイレの後は結局車内で過ごすことにした。
発車の時刻が近づく度に乗客が増え始め、発車の時間になる頃には座席も全部埋まり、ドア付近に立席客が出るくらいにまではなった。
如何に2両編成のワンマン電車でも、平日夜の下り電車で、このくらい乗らないとダメだろう。
で、独特の発車メロディがホームに鳴り響く。
テレサ・テンが歌っていた“美酒加珈琲”とかいう歌をアレンジしたものであるということは、後で知った。
こちらはバタバタ走って駆け込み乗車してくる乗客がいたのか、それを待ってからの発車となった。
ワンマン電車なので、この前の慰安旅行で乗った銚子電鉄と同じく、運転士がドア扱いをしている。
何か、客終合図っぽいブザーが鳴ったと思うと、それでドアが閉まった。
警笛を軽く鳴らし、電車が走り出す。
〔お待たせ致しました。上信電鉄をご利用頂き、ありがとうございます。この列車は、各駅停車の下仁田行きです。次は南高崎、南高崎。降り口は、1両目前右側ドアです。お降りの方は、運転士すぐ後ろまでお進みください〕
高橋:「先生、この電車で終点まで行くと1時間くらい掛かるそうですよ?」
愛原:「マジか。本当に夜だな。本当にそんな時間に到着していいのかな?」
高橋:「あの店長、それでいいと言ってましたけどね……」
愛原:「下仁田と言ったらネギくらいしか思いつかんのだが……」
私は作者と同様、ネギが嫌いなのだ。
下仁田の皆さん、ごめんなさい。
愛原:「どうせ終点まで乗るんだし、寝てても大丈夫っぽいな」
高橋:「そうですね」
この上信電鉄、車両によってはボックスシートもあるようなのだが、この元・西武電車はロングシートだけだ。
だが私にとっては、むしろこの座席の方が寝れる。
[同日22:03.天候:雨 群馬県甘楽郡(かんらぐん)下仁田町 上信電鉄下仁田駅]
……と言った所で、初めて乗る不慣れな電車でそう簡単に寝れるわけも無い。
乗客は高崎駅を離れる毎に減って行き、終点に着く頃にはドア横の座席に何人か腰掛けているだけとなった。
で、しかもやはり山あいを走っている為なのか、急カーブが多く、電車は車輪を軋ませてゆっくりと走る。
夜だから分からないが、昼間はまるでトロッコ列車が走っているかのような風景が広がっているのではないだろうか。
〔上信電鉄をご利用頂き、ありがとうございました。まもなく終点、下仁田、下仁田です。どなた様もお忘れ物の無いよう、お支度ください。終点、下仁田です〕
車内にそんなアナウンスが流れて、私は大きく伸びをした。
愛原:「おい、高橋。もうすぐ着くぞ」
高橋:「……あ、はい」
ガタガタとポイントを通過する音が聞こえるが、カーブはしていないので、そのまま真っ直ぐホームに入るらしい。
そしてドアが開くと、駅員が出迎えていた。
どうやら終点の駅ということもあってか、この駅にも駅員はいるらしい。
高橋:「先生、ちょっと一服していいっスか?」
愛原:「ああ、いいぞ」
駅前ロータリーに喫煙所くらいあるだろう。
私も、もう一度トイレに行くことにした。
愛原:「もし迎えが来てるかもしれないから、もしその時は待っててもらってくれ」
高橋:「分かりました」
高橋は駅の外に出て行き、私は駅の中にあるトイレに向かった。
雨が降っているせいか肌寒い。
それでトイレも近くなるってもんだ。
愛原:「ん?」
トイレを済ませた後、駅前ロータリーに出た私は首を傾げた。
1:喫煙所に高橋がいなかった。
2:まだ迎えが来ていなかった。
3:携帯に着信があった。
4:高橋が携帯で何か喋っていた。
〔♪♪(車内チャイム)♪♪。「長らくのご乗車、お疲れさまでした。まもなく終点、高崎、高崎に到着致します。到着ホームは2番線、降り口は右側です。お降りの際はお忘れ物の無いよう、お支度をしてお待ちください。高崎からの乗り換え列車をご案内致します。上越新幹線下り……」〕
私の名前は愛原学。
都内で小さな探偵事務所を経営している。
今度の依頼先は群馬県だ。
私と助手の高橋は、依頼人が寄越した電車のキップを手に群馬県入りを果たしたわけだ。
しかし、まだここが到着地点ではない。
群馬県最大都市、高崎市が現地であれば楽だったのだが、うちのような弱小事務所がそんな美味しい仕事を簡単に手に入られるはずは無かった。
〔「……上信電鉄線ご利用のお客様は、一旦改札を出て0番線にお回りください。……」〕
まだ乗り換えがあるのである。
愛原:「高橋、そろそろ着くぞ」
高橋:「……はっ!すいません。つい居眠りして……」
愛原:「いや、いいんだよ。どうせ電車内じゃ、何もすることが無い」
電車はゆっくりと高崎駅のホームへ入線した。
〔「ご乗車ありがとうございました。終点、高崎、終点、高崎です。お忘れ物の無いよう、お降りください。2番線に到着の電車は、回送電車です。ご乗車になれませんので、ご注意ください」〕
私達は電車を降りると、跨線橋の階段を上がった。
愛原:「ここで乗り換えだ」
高橋:「本当に山奥まで行かされるってことですかね?」
愛原:「そういうことになるな」
車内放送にもあった通り、改札口を出る。
ここで乗車券は回収されるわけである。
私達は今度は依頼人から渡された別のキップを手に、上信電鉄の乗り場に向かった。
鉄道会社が違うので、乗車券も別になるのである。
渡されたのは回数券だった。
それで上信電鉄の乗り場に行くと……。
愛原:「おっ、ちょうど電車が来た所だ」
2面1線のホーム。
どうやら降車ホームと乗車ホームに分かれているようだ。
駅員がいて、降りて来た乗客のキップの回収や定期券のチェックをしている。
愛原:「何か、見覚えのある電車だなぁ……」
地方私鉄らしく、『ワンマン』の表示がローカル鉄道っぽい。
高橋:「西武線の3ドア車にそっくりですね」
愛原:「おお、そうだ!そうか、中古車なんだ!よく知ってるな、高橋!?」
高橋:「少年院にトリ鉄がいましてね、そいつがウザく教えてくれましたよ」
愛原:「トリ鉄?撮り鉄だろ?」
高橋:「いえいえ。俺にはよく分からないんですが、何でも電車の部品やら駅の部品やらパクッてタイーホされて少年院に来たヤツだったんですが……」
愛原:「盗り鉄かい!」
私が呆れて回数券を駅員に渡そうとすると……。
駅員:「今からもう乗られます?」
愛原:「えっ、何が?」
駅員:「発車は21時1分なんですよ」
愛原:「はあ!?」
まだだいぶある!
それで下り電車の割に、乗客が疎らだったのか。
愛原:「……ちょっとトイレ行って来る」
高橋:「あ、俺も行ってきます!」
あの元・西武電車じゃ車内にトイレも付いてないだろうから、今のうちに行っておくことにしよう。
[同日21:01.天候:曇 上信電鉄55列車先頭車]
特にやることも無いので、トイレの後は結局車内で過ごすことにした。
発車の時刻が近づく度に乗客が増え始め、発車の時間になる頃には座席も全部埋まり、ドア付近に立席客が出るくらいにまではなった。
如何に2両編成のワンマン電車でも、平日夜の下り電車で、このくらい乗らないとダメだろう。
で、独特の発車メロディがホームに鳴り響く。
テレサ・テンが歌っていた“美酒加珈琲”とかいう歌をアレンジしたものであるということは、後で知った。
こちらはバタバタ走って駆け込み乗車してくる乗客がいたのか、それを待ってからの発車となった。
ワンマン電車なので、この前の慰安旅行で乗った銚子電鉄と同じく、運転士がドア扱いをしている。
何か、客終合図っぽいブザーが鳴ったと思うと、それでドアが閉まった。
警笛を軽く鳴らし、電車が走り出す。
〔お待たせ致しました。上信電鉄をご利用頂き、ありがとうございます。この列車は、各駅停車の下仁田行きです。次は南高崎、南高崎。降り口は、1両目前右側ドアです。お降りの方は、運転士すぐ後ろまでお進みください〕
高橋:「先生、この電車で終点まで行くと1時間くらい掛かるそうですよ?」
愛原:「マジか。本当に夜だな。本当にそんな時間に到着していいのかな?」
高橋:「あの店長、それでいいと言ってましたけどね……」
愛原:「下仁田と言ったらネギくらいしか思いつかんのだが……」
私は作者と同様、ネギが嫌いなのだ。
下仁田の皆さん、ごめんなさい。
愛原:「どうせ終点まで乗るんだし、寝てても大丈夫っぽいな」
高橋:「そうですね」
この上信電鉄、車両によってはボックスシートもあるようなのだが、この元・西武電車はロングシートだけだ。
だが私にとっては、むしろこの座席の方が寝れる。
[同日22:03.天候:雨 群馬県甘楽郡(かんらぐん)下仁田町 上信電鉄下仁田駅]
……と言った所で、初めて乗る不慣れな電車でそう簡単に寝れるわけも無い。
乗客は高崎駅を離れる毎に減って行き、終点に着く頃にはドア横の座席に何人か腰掛けているだけとなった。
で、しかもやはり山あいを走っている為なのか、急カーブが多く、電車は車輪を軋ませてゆっくりと走る。
夜だから分からないが、昼間はまるでトロッコ列車が走っているかのような風景が広がっているのではないだろうか。
〔上信電鉄をご利用頂き、ありがとうございました。まもなく終点、下仁田、下仁田です。どなた様もお忘れ物の無いよう、お支度ください。終点、下仁田です〕
車内にそんなアナウンスが流れて、私は大きく伸びをした。
愛原:「おい、高橋。もうすぐ着くぞ」
高橋:「……あ、はい」
ガタガタとポイントを通過する音が聞こえるが、カーブはしていないので、そのまま真っ直ぐホームに入るらしい。
そしてドアが開くと、駅員が出迎えていた。
どうやら終点の駅ということもあってか、この駅にも駅員はいるらしい。
高橋:「先生、ちょっと一服していいっスか?」
愛原:「ああ、いいぞ」
駅前ロータリーに喫煙所くらいあるだろう。
私も、もう一度トイレに行くことにした。
愛原:「もし迎えが来てるかもしれないから、もしその時は待っててもらってくれ」
高橋:「分かりました」
高橋は駅の外に出て行き、私は駅の中にあるトイレに向かった。
雨が降っているせいか肌寒い。
それでトイレも近くなるってもんだ。
愛原:「ん?」
トイレを済ませた後、駅前ロータリーに出た私は首を傾げた。
1:喫煙所に高橋がいなかった。
2:まだ迎えが来ていなかった。
3:携帯に着信があった。
4:高橋が携帯で何か喋っていた。