[1月28日19:30.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]
稲生家の前に1台のタクシーが止まる。
さすがにもう交通規制は行われていないようだ。
イリーナ:「カードで」
運転手:「はい、ありがとうございます」
最近はもうクレカでタクシー料金が払えるのは当たり前である。
ただ、埼玉県では東京都よりもまだ現金・チケット払いが主流のようだ。
イリーナが慣れた手つきで暗証番号のボタンを押している中、稲生は土産を持って先にタクシーから降りた。
今現在はマリアが1人で留守番をしていることになっているが、あくまでも謹慎としての意味合いである。
稲生:「マリアさんに、これ教えてなかったなぁ……」
稲生は手持ちのカードでセコムを解除した。
稲生家には今や機械警備が導入されている。
基本的には無人となる際や、在宅であっても外部からの侵入を防ぐ為、任意で窓や玄関のドアの防犯センサーを稼働させるタイプである。
住人に渡されるセキュリティカードで解除できる。
稲生:「マリアさん、ただいまです」
稲生が玄関の鍵を開けると、中からマリアが悪い顔色で出てきた。
さすがにもうTシャツ・短パンに着替えている。
マリア:「師匠は?」
イリーナ:「今、タクシー料金を払ってます。これ、お土産の夕食です。……食べれますか?」
マリア:「うん。大丈夫」
ファミレスのテイクアウトメニュー。
イリーナ:「まだ御両親は帰ってないのね」
稲生:「父からメールがあって、今夜は病院に止まるそうです」
イリーナ:「申し訳無いことしちゃったねぇ……」
稲生:「いえ、僕の方こそ、機械警備のことを話しておけば良かったです」
稲生は玄関に取り付けられた非常ボタンを指さした。
これを押せば警備会社に自動で通報が行き、警備員が駆け付けてくるのはもちろん、警備会社から警察にも通報されるという仕組みだ。
探偵のスコット・ノーマンは既に門扉を勝手に開けて玄関まで来ているので、不法侵入で訴えるのが正解だったのである(警備員もよく使う施設管理権)。
イリーナ:「とにかく、今日はこれでも食べて寝てな。夜は勇太君の部屋に行ってもいいから」
稲生:「え……」
マリア:「はい、そうします」
マリアは稲生を見た。
稲生:「あの探偵のこと、どれくらいで分かりますか?」
イリーナ:「ベイカーさんの動き次第だよ。ベイカーさんは顔が広いから、すぐ世界探偵協会のことなんか調べられるさ」
稲生:「なるほど……」
あまり食事も喉を通らなかった稲生やイリーナとは対照的に、マリアは結構ペロリと夕食を平らげた。
[同日02:00.天候:晴 稲生家1F客間]
イリーナは客間に1人でいた。
部屋の照明は点いていないが、まるで電気スタンドを点灯しているかのような明るさである。
マリアはいない。
本当に稲生の部屋に行ってしまった。
時折真上にある稲生の部屋から物音がすることから、2人同じベッドで寝ているのであろう。
婚前交渉はダンテ一門の掟では禁止していない、自由恋愛の行動の1つとされている。
無論、所属する魔女達の状況からして、あえて禁止にする必要が無いだけなのだが。
キリスト教のカトリックでは禁止されていることから、それを奨励している魔道士の一門は『狩るべき魔女の団体』とされる。
部屋が明るいのは、イリーナが水晶玉を使っているからだ。
イリーナ:「……それは本当の話なんですか、先輩?」
ベイカー:「間違いない。あの探偵のクライアントは、マリアンナの母親だ。あんた、処分してなかったのか?」
イリーナ:「あ、あの時は、“魔の者”から逃げるので精一杯だったし、まさか日本にいるとは思わないじゃないですか。それに、役所には死亡届を出しましたから」
ベイカー:「最後の行動が余計だったようだ。何しろ肝心の死体が見つかっておらんのだからな。当然だ。死んだはずのマリアンナは今、日本のサイタマにいるのだから」
イリーナ:「しかし、どうしてまたバレてしまったのでしょう?」
ベイカー:「ナディアに口止めをしなかったのか?あいつの人間の夫、FacebookやTwitterをやっておる」
イリーナ:「そうですねぇ……って、ええ?」
ベイカー:「この前、あんた達、ウラジオストクに行っただろ?そこでナディア達に会ったんだろう?で、ついでにウラジオストクの観光もしたんだろう?」
イリーナ:「そ、そうです」
ベイカー:「そうです、じゃない!ナディアの夫がその様子を嬉々としてFacebookやTwitterにアップしたもんだから、それで発覚した可能性が高い。彼がアップした写真、マリアンナもバッチリ写ってたからな」
イリーナ:「なのに、どうしてピンポイントで日本に来たのでしょう?ウラジオストクに行くのならまだしも……」
ベイカー:「そりゃ日本人が同行していて、『ついに従弟達が日本に帰ります』なんて書いてたら、そりゃ日本を捜すだろう」
イリーナ:「そ、それもそうですね……。マズったなぁ……で、でも、その探偵はマリアが殺しましたから、大丈夫ですよね?」
ベイカー:「死んだ場所がピンポイントで稲生勇太の家で、しかも依頼した探偵が魔法で殺されたことが分かれば、ピンポイントでそこに行くわい」
イリーナ:「うあー……。マリア、お尻ペンペン30回の刑じゃ軽かったかなぁ……?」
ベイカー:「弟子の不始末は師匠の責任!私があんたにお尻ペンペン30回したいくらいよ!」
魔道士の世界は日本の伝統芸能の世界並みに、先輩・後輩の上下関係が厳しいのである。
特に創始者ダンテの直弟子達(1期生)の中では。
いや、魔女……つまり女の世界なわけだから、宝塚音楽学校やその歌劇団並みの上下関係と言えば良いか。
イリーナ:「か……!か……!!」
今度はイリーナの顔色が悪くなる番だった。
イリーナ:「ど、どうしたものでしょうか、大先輩?」
ベイカー:「まず、この事件を知る関係者を近づけさせないこと。弟子達については、あなたが責任を持ちなさい。それと、要は稲生勇太君の両親ね。……そうね。海外旅行でもプレゼントして、1週間は家から避難させることね。その家を離れるのはいつ?」
イリーナ:「日本時間31日の夜です」
ベイカー:「それでは遅い。もっと早く脱出するか、或いは……」
イリーナ:「?」
やはり、そこは魔女なのだろう。
思いっきりサイコパシーなことをベイカーは言って来た。
そして、
イリーナ:「その手がありましたか!」
と、大きく手を叩いたイリーナもまた魔女だったのである。
それは、
ベイカー:「マリアンナの母親とて所詮は人間。必ず渡日する際には航空機を利用する。その航空機を特定して、墜落させれば良い」
というもの。
イリーナ:「そのくらいなら大先輩のお手を煩わせることもありません。私が始末してみせますわ」
その時浮かべたイリーナの笑顔は、正にサイコパスに満ち溢れた魔女の笑顔であったことだろう。
稲生家の前に1台のタクシーが止まる。
さすがにもう交通規制は行われていないようだ。
イリーナ:「カードで」
運転手:「はい、ありがとうございます」
最近はもうクレカでタクシー料金が払えるのは当たり前である。
ただ、埼玉県では東京都よりもまだ現金・チケット払いが主流のようだ。
イリーナが慣れた手つきで暗証番号のボタンを押している中、稲生は土産を持って先にタクシーから降りた。
今現在はマリアが1人で留守番をしていることになっているが、あくまでも謹慎としての意味合いである。
稲生:「マリアさんに、これ教えてなかったなぁ……」
稲生は手持ちのカードでセコムを解除した。
稲生家には今や機械警備が導入されている。
基本的には無人となる際や、在宅であっても外部からの侵入を防ぐ為、任意で窓や玄関のドアの防犯センサーを稼働させるタイプである。
住人に渡されるセキュリティカードで解除できる。
稲生:「マリアさん、ただいまです」
稲生が玄関の鍵を開けると、中からマリアが悪い顔色で出てきた。
さすがにもうTシャツ・短パンに着替えている。
マリア:「師匠は?」
イリーナ:「今、タクシー料金を払ってます。これ、お土産の夕食です。……食べれますか?」
マリア:「うん。大丈夫」
ファミレスのテイクアウトメニュー。
イリーナ:「まだ御両親は帰ってないのね」
稲生:「父からメールがあって、今夜は病院に止まるそうです」
イリーナ:「申し訳無いことしちゃったねぇ……」
稲生:「いえ、僕の方こそ、機械警備のことを話しておけば良かったです」
稲生は玄関に取り付けられた非常ボタンを指さした。
これを押せば警備会社に自動で通報が行き、警備員が駆け付けてくるのはもちろん、警備会社から警察にも通報されるという仕組みだ。
探偵のスコット・ノーマンは既に門扉を勝手に開けて玄関まで来ているので、不法侵入で訴えるのが正解だったのである(警備員もよく使う施設管理権)。
イリーナ:「とにかく、今日はこれでも食べて寝てな。夜は勇太君の部屋に行ってもいいから」
稲生:「え……」
マリア:「はい、そうします」
マリアは稲生を見た。
稲生:「あの探偵のこと、どれくらいで分かりますか?」
イリーナ:「ベイカーさんの動き次第だよ。ベイカーさんは顔が広いから、すぐ世界探偵協会のことなんか調べられるさ」
稲生:「なるほど……」
あまり食事も喉を通らなかった稲生やイリーナとは対照的に、マリアは結構ペロリと夕食を平らげた。
[同日02:00.天候:晴 稲生家1F客間]
イリーナは客間に1人でいた。
部屋の照明は点いていないが、まるで電気スタンドを点灯しているかのような明るさである。
マリアはいない。
本当に稲生の部屋に行ってしまった。
時折真上にある稲生の部屋から物音がすることから、2人同じベッドで寝ているのであろう。
婚前交渉はダンテ一門の掟では禁止していない、自由恋愛の行動の1つとされている。
無論、所属する魔女達の状況からして、あえて禁止にする必要が無いだけなのだが。
キリスト教のカトリックでは禁止されていることから、それを奨励している魔道士の一門は『狩るべき魔女の団体』とされる。
部屋が明るいのは、イリーナが水晶玉を使っているからだ。
イリーナ:「……それは本当の話なんですか、先輩?」
ベイカー:「間違いない。あの探偵のクライアントは、マリアンナの母親だ。あんた、処分してなかったのか?」
イリーナ:「あ、あの時は、“魔の者”から逃げるので精一杯だったし、まさか日本にいるとは思わないじゃないですか。それに、役所には死亡届を出しましたから」
ベイカー:「最後の行動が余計だったようだ。何しろ肝心の死体が見つかっておらんのだからな。当然だ。死んだはずのマリアンナは今、日本のサイタマにいるのだから」
イリーナ:「しかし、どうしてまたバレてしまったのでしょう?」
ベイカー:「ナディアに口止めをしなかったのか?あいつの人間の夫、FacebookやTwitterをやっておる」
イリーナ:「そうですねぇ……って、ええ?」
ベイカー:「この前、あんた達、ウラジオストクに行っただろ?そこでナディア達に会ったんだろう?で、ついでにウラジオストクの観光もしたんだろう?」
イリーナ:「そ、そうです」
ベイカー:「そうです、じゃない!ナディアの夫がその様子を嬉々としてFacebookやTwitterにアップしたもんだから、それで発覚した可能性が高い。彼がアップした写真、マリアンナもバッチリ写ってたからな」
イリーナ:「なのに、どうしてピンポイントで日本に来たのでしょう?ウラジオストクに行くのならまだしも……」
ベイカー:「そりゃ日本人が同行していて、『ついに従弟達が日本に帰ります』なんて書いてたら、そりゃ日本を捜すだろう」
イリーナ:「そ、それもそうですね……。マズったなぁ……で、でも、その探偵はマリアが殺しましたから、大丈夫ですよね?」
ベイカー:「死んだ場所がピンポイントで稲生勇太の家で、しかも依頼した探偵が魔法で殺されたことが分かれば、ピンポイントでそこに行くわい」
イリーナ:「うあー……。マリア、お尻ペンペン30回の刑じゃ軽かったかなぁ……?」
ベイカー:「弟子の不始末は師匠の責任!私があんたにお尻ペンペン30回したいくらいよ!」
魔道士の世界は日本の伝統芸能の世界並みに、先輩・後輩の上下関係が厳しいのである。
特に創始者ダンテの直弟子達(1期生)の中では。
いや、魔女……つまり女の世界なわけだから、宝塚音楽学校やその歌劇団並みの上下関係と言えば良いか。
イリーナ:「か……!か……!!」
今度はイリーナの顔色が悪くなる番だった。
イリーナ:「ど、どうしたものでしょうか、大先輩?」
ベイカー:「まず、この事件を知る関係者を近づけさせないこと。弟子達については、あなたが責任を持ちなさい。それと、要は稲生勇太君の両親ね。……そうね。海外旅行でもプレゼントして、1週間は家から避難させることね。その家を離れるのはいつ?」
イリーナ:「日本時間31日の夜です」
ベイカー:「それでは遅い。もっと早く脱出するか、或いは……」
イリーナ:「?」
やはり、そこは魔女なのだろう。
思いっきりサイコパシーなことをベイカーは言って来た。
そして、
イリーナ:「その手がありましたか!」
と、大きく手を叩いたイリーナもまた魔女だったのである。
それは、
ベイカー:「マリアンナの母親とて所詮は人間。必ず渡日する際には航空機を利用する。その航空機を特定して、墜落させれば良い」
というもの。
イリーナ:「そのくらいなら大先輩のお手を煩わせることもありません。私が始末してみせますわ」
その時浮かべたイリーナの笑顔は、正にサイコパスに満ち溢れた魔女の笑顔であったことだろう。