報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“新アンドロイドマスター” 「中央線紀行」

2015-06-25 19:16:52 | アンドロイドマスターシリーズ
[6月20日08:57.JR東京駅・中央線電車内 敷島孝夫、初音ミク、シンディ]

〔この電車は中央線、快速、大月行きです。発車まで、しばらくお待ちください〕
〔「この電車は8時58分発、中央線、快速電車の大月行きです。あと1分ほどで発車致します。ご乗車になりまして、お待ちください」〕

「今頃、井辺君達は京王線のどこかにいるだろう。ショッピングセンターでのライブは午前の部と午後の部があってね、ミクには午後の部にゲリラ的に出てもらう」
「分かりました」
 そのミクは髪を下ろして、帽子と眼鏡で変装している。
 敷島とミクは座っているが、シンディは護衛の為、その脇に立っている。
「午前の部で出てしまうと、午後の部には客が押し寄せて大変な事態になりそうだからな。そういった意味では、午後の部で大丈夫だ」
「分かりました」

〔1番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車を、ご利用ください〕

 賑やかな発車メロディの後、電車はドアを閉めて発車した。
 駆け込み乗車は良くないが、次の電車といっても、次の大月行きは午後まで無いのだが。

〔JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は中央線、快速、大月行きです。停車駅は神田、御茶ノ水、四ツ谷、新宿、中野、荻窪、吉祥寺です。吉祥寺から先は、各駅に止まります。次は神田、神田。お出口は、右側です〕

「ま、高尾山も越えた山奥だ。本当に山奥に引っ越したんだな、あの博士はァ……」
 敷島はドア横の白い仕切りに寄り掛かった。
「それでこの電車なのね」
 シンディはドアの上のモニタに表示された停車駅案内図を見た。
 通過駅や行かない駅はグレーで表示されているが、明るく表示されている停車駅はズラッと表示されている。
 これは特快ではなく、ただの快速なのだ。
 はっきり言って、これで大月まで行くのは鉄ヲタくらいのものだろう。
 無論、敷島もこれで大月まで行く気は無い。
 行くのは、もっと手前だ。
「井辺君のことだから、上手くやると思うが、もし何かあったら起こしてくれ」
「はい」
「ミクもバッテリーを温存しておいた方がいいかもな」
「は、はい!」

[同日10:11.JR高尾駅・中央本線ホーム 上記メンバー]

 起こしてくれと言われた敷島も、実はそんなに熟睡しているわけではない。
 そこは自分の意思でできるロイドが羨ましいとも思う。

〔「高尾です。当駅で5分ほど停車致します。発車は10時16分です。発車まで、しばらくお待ちください」〕

 ここで乗務員交替と特急の通過待ちの為、5分停車する。
「ちょっと、俺は降りてみるよ。なぁに、そこで何か飲むだけだから」
「はい」
 敷島は電車を降りて、ホームの自販機に向かった。
 そこで缶コーヒーを買う。
 シンディの目の届く位置にいるので、まあ安全だろう。
 高尾駅が開業した当初は、浅川駅という名前だった。
 ご年配の方なら、覚えていることだろう。
 高尾駅と名前を変えたのは、創価学会の折伏大行進真っ只中の昭和36年である。
 え?折伏大行進の終了は昭和32年だって?アホか!後を引き継いだ池田名誉会長が似たようなことしていたじゃないか!
 旧駅名は当時、駅のあった村の名前から取った。
 高尾駅は高尾山から取られたわけだが、その高尾山も、元は真言宗の名刹、高尾山薬王院有喜寺から取ったものだ。
 富士宮駅も『富士の大宮』である浅間大社から取ったわけで、この名前を変えないことには広宣流布は来ないぞ。
「社長!」
「何だ?」
 シンディが深刻な顔をして、手招きした。
 いきなり敵か!?
「向こうのホームに、機銃掃射の痕がある。誰かが既に撃った?」
 敷島達は下りホームである3番線、4番線ホームにいる。
 電車は4番線に停車している。
 1番線、2番線のホームをシンディは指さした。
「あー、それは多分違うよ」
「違う?」
「この駅、第二次大戦中に米軍の機銃掃射を受けたことがあってね。その痕が向こうのホームにまだ残っているんだってさ。多分、お前はそれをスキャンしたんだろう。今のお前なら、その米軍機を1人で全滅させられそうだがな」
「プロペラ機くらい簡単に……って、そんなのいいから」
 尚、件の写真はウィキペディア『高尾駅』のページで確認することができる。
 高尾駅の歴史はシンディのデータには入っていなかったが、当時の米軍機がP-51型機で、それがプロペラ機だったことは知っていたようだ。
 ……プロペラ機って、そんな時代だったのね。
 いや、まあ、確かに今でも旅客機でプロペラ機は使用されているが。

[同日10:16.中央本線・普通列車内 上記メンバー]

 5分後、電車は再び西へ向かって走り出した。
 敷島が述べた機銃掃射事件は、高尾駅(当時は浅川駅)を出た電気機関車牽引の列車がトンネルに入った直後に米軍機に襲われている。

〔この電車は中央本線、普通、大月行きです。次は、相模湖です。……〕

 次の駅の名前も、今でこそ相模湖という名の駅だが、戦時中は与瀬という名前の駅だった。
 米軍機は浅川駅と与瀬駅の間に集中砲火を浴びせ、その途中にいた、浅川駅を発車したばかりの列車が大打撃を受けた。
 高尾駅を出ると、だいぶ山深い所を走行する。
 当時もそれくらいの景色だったと思われるが、そういう所でも安全な場所ではなかったのである。

 電車は吉祥寺までは快速、そこから先は各駅停車となり、高尾から先は普通列車と、3つの種別を持っている。
 普通と各停の違いは……まあ、ウィキペディアでも見てくれ。
 上野東京ラインや上野発着の常磐線・中距離電車が何故、快速と名乗っているかの大きな理由がそこにある。
「あと2駅ですね、社長」
「ああ。だが、その2駅が長いんだ」
 その通り、高尾駅から先はトンネルが断続的となり、カーブも多い。
 だからなのか、電車もそんなにスピードを出して走っていない。
「こりゃ、とんでもない所に行きそうだぞー」
 と、敷島は半ば後悔したかのように呟いた。
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“新アンドロイドマスター” 「鋼鉄人形(マルチタイプ)の告白」

2015-06-25 14:42:48 | アンドロイドマスターシリーズ
[6月19日15:00.天候:晴 埼玉県さいたま市西区 敷島孝夫、初音ミク、シンディ]

 やっとミクの本格的な修理も終わり、敷島が車でミクを迎えに来た。
 そして、研究所を出て事務所に向かう。
「これでやっと明日からミクも復帰だな」
「ありがとうございます!わたし、頑張ります!」
「それで……復帰のタイミングなんだけども……」
「はい!」
「明日、東京・八王子のショッピングセンターで、MEGAbyteの3人がミニライブを行う。そこにミクがゲリラ出演するというものだ」
「あらあら、大注目ね」
「いいんですか?」
「いいのいいの。関係者とは話が付いてる。ちょうど十条達夫博士からミクの修理代の請求書も来たし、修理代金を持って行くついででもある。……あ、いや、ミクの復帰イベントのついで、と言った方がいいかな」
「結局、ドクター十条……達夫、アルエットが回収できずじまいだったわね」
「何かの手違いがあったのかもしれない。もし何だったらシンディ、お前が回収しに行ってくれないか?データはもう入力されてるだろう?」
「えっ、アタシが……?」
「どうした?難しい作業じゃないだろう?」
「そ、そうだけど……。(まずい。ヘタしたら、レイチェルと鉢合わせに……!)」
「何か問題か?」
「あ、あの……7号機のレイチェルはどうするの?あれ、ドクター十条伝助のなんでしょ?アタシと鉢合わせになったら、間違い無く激戦になるよ?」
 ミクが7号機のレイチェルによって救出されたことは敷島も聞いていた。
 “ユーザー”である十条伝助の命令ではボーカロイドは発見次第、破壊しても良いとの許可が出ているため、そうしようとしたのだ。
 だが、ユーザーよりも強い権限のある“オーナー”の十条達夫により、その命令が中止され、逆に救出の命令が下されている。
「どうしたんだ?いつものお前らしくないぞ?確かに、かつての姉妹と戦うのは気が進まないだろうが……」
「……もしかして、そのレイチェルさんはシンディさんよりも強いんですか?」
 ミクがシンディの顔を覗き込んで言った。
「……多分、強さは私と互角だと思う。同型機だからね。ただ、私達は7人姉弟だというのは知ってるよね?」
「何を今さら……」
 8号機のアルエットは7号機までのシリーズのフルモデルチェンジという扱いだが、製作者があのトリオ(南里志郎、十条伝助、ウィリアム・フォレスト)とは違うため、連番にはなっていても、シンディにはあまり妹という感じがしないという。
 実際会ってみなければ分からないことだが。
 強いて言うなら実妹というより、従妹という存在かもしれない。
「私達の中で、人間を殺した数はレイチェルが1番少ない」
「なら、大丈夫じゃないか」
「壊したロボットの数は、私達の中で1番多い」
「は?」
「それが何を意味しているか分かる?」
「あー……何だ?つまり、攻撃力は強い……わけだよな。器用だってことか?」
「5号機のキールは、1番ロボットを壊した数は少ない」
「んん?」
 シンディは言わなかったが、1番人間を殺した数が多いのはシンディ本人だ。
「確かに攻撃力は強い。遠くからロボットだけ狙撃するのが得意だってことよ」
「そういうことか」
「仙台の大学で、記念館を狙撃して来た奴は、もしかしたらレイチェルかもしれない。現に、人間の犠牲者はいなかったから」
 セキュリティロボットなど、“物”は悉く破壊されたが、“人”の死亡者はいなかった。
「そういうヤツなのよ。あいつは笑いながら……姉弟でも容赦しなかったから……」
「ん?!」
「5号機のキールを壊したのは、あのレイチェルだから……!」
「何だってー!?兄弟機を壊したのか!?」
「どうしてそんなことをしたんですか?」
「『ゴメンナサーイ!兄妹ゲンカが過ぎちゃった。てへてへ』な、感じだったよ。さすがのエミリーもフリーズするほどだった」
 マルチタイプのトップナンバー、“長女”として下の弟妹には厳しく接していたエミリー。
 それをフリーズさせるほどだった。
「……なるべくなら、関わり合いになりたくないんだけどね。本当は復元してほしくないヤツなんだよ。……って、私が言えるクチじゃないか」
 本当ならマルチタイプは全て破壊した方がいいのかもしれない、とシンディは言った。
「大丈夫だ。今のお前もエミリーもボディは交換したし、綺麗な体のままだ。あとは、前期型とは180度違う用途で動いてくれればいいんだよ。学会だって、研究目的にも価値があるって公式見解なんだからな」
 5号機のキールは、十条伝助が所有していたマルチタイプだとされている。
 本人は否定していたが、なるほど、他のマルチタイプに破壊されたとは言えないわけである。
 だがやはり思い入れはあったのか、当時の記憶を頼りに、執事ロボットを作ったわけだが……。
「もし戦いが避けられそうになかったら、全力で戦ってくれ。レイチェルは破壊しても構わん。多分、ヘタに手加減したら、付け入れられて破壊されかねないようだ」
「ええ」
「本来なら、もう既に破壊されていて存在しない型番だったんだからな。そこがエミリーやシンディとの大きな違いだよ」

[6月20日08:10.天候:晴 都営新宿線・菊川駅 井辺翔太&MEGAbyteの3人]

 週末朝の地下鉄のホームは空いていた。
 そこで電車を待つ3人。
 一応、私服を着ているが、デビューしたてでまだそんなに売れていない3人がホームにいても、騒がれることはない。

〔まもなく1番ホームに、京王線直通、急行、高尾山口行きが長い10両編成で到着します。白線の内側まで、お下がりください。この電車は京王新線内、笹塚まで各駅に停車します〕

 トンネルの方から轟音を立てて、京王電鉄の車両がやってくる。
 これから、いかにも京王線に向かうという気持ちになる。

〔1番線の電車は、京王線直通、急行、高尾山口行きです。京王新線、笹塚まで各駅に停車します。きくかわ〜、菊川〜〕

 電車に乗り込む4人。
「適当に過ごしてください。バッテリーを温存しておくのも良いでしょう」
 と、井辺は言った。

〔1番線、ドアが閉まります〕

 京王電車のドアチャイムはJR東海のそれと似ているという。
 電車は再び暗闇のトンネルの中に入った。

〔「次は森下、森下です。都営大江戸線は、お乗り換えです。お出口は同じく、右側です」〕

 Lilyが高身長の井辺を見上げて言った。
「ねぇ、プロデューサー。この電車だと、八王子まで行かないよ?」
「ええ。もちろん、途中で乗り換えます。京王八王子駅の1つ手前の北野駅で、そこ行きに乗り換えできるようです。そこまで乗って行くつもりです」
「分かった」

 因みに関東に住んでいる人は知っているだろうが、電車の行き先は『高尾・山口(たかお・やまぐち)』ではなく、『高尾山・口(たかおさん・ぐち)』である。
 悪しからず。
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“新アンドロイドマスター” 「初音ミクの激唱」

2015-06-25 11:22:11 | アンドロイドマスターシリーズ
[6月15日23:45.天候:雨 埼玉県志木市某所・十条達夫の隠れ家 初音ミク]

「さすがに夜も遅いので、明日キミを迎えに来るそうじゃ。それまで、ゆっくりしていなさい。もしかしたら、途中でまた不具合が出るやもしれんからの。少しでも変調があれば、言ってくれ」
「はい!ありがとうございます!」
 そういったやり取りをして、ミクは1人、研究室のような所に残された。
 バッテリーは完全に水に浸かってダメになってしまい、常にコンセントに繋がれている状態だ。
 耐久力に関しては、人間より頑丈というだけで、投げつけられた手榴弾を弾き返すという芸当をやってのけるマルチタイプとは違うのだ。
 家族持ちであった十条伝助と違い、弟の達夫の方は独居であるという。
 その為か、久しぶりの話し相手を得て嬉しそうだった。
 ミクは自分の生い立ちと、今やっている仕事の話をしたし、達夫からは自分のことを聞いた。
 南里やウィリーと同じく旧ソ連行きを伝助から打診されたが、どうにも共産主義が好きになれない達夫はそれを断ったこと。
 それを機に兄との関係がギクシャクし始めたこと。
 兄に違わず、類稀なる才能を持ちながらも、兄に負い目を感じて、大々的に自分の研究成果を発表できなかったこと。
 その兄も壊れてきたせいか、弟の才能を欲しながらも、命を狙っていること。
 実際にアメリカの研究所にいた頃、マルチタイプやバージョン4.0の軍団を送り込まれて、九死に一生を得たこと。
 敷島達が見つけた8号機はアルエットという名前で、達夫の作品だが、伝助に強奪され行方不明になっていたこと。
 しかし、とある者の手引きにより、まもなく戻って来ることを期待していることなどだった。
「ワシもボーカロイドの研究に携わっておれば、もっと違う研究者人生を歩めたかもしれんの」
 と、言っていたのが“印象”に残っている。

[6月16日06:00.天候:雨 埼玉県志木市某所・十条の隠れ家 敷島孝夫、アリス・フォレスト、シンディ、初音ミク、十条達夫]

「申し訳ありません。こんな朝早くから……」
 敷島は深刻な顔をして十条達夫に頭を下げた。
「何の何の。いつもこの時間、散歩に出歩いてるものでな。……さすが雨の日は、家でおとなしくしておるがな」
「本当に、あのドクター十条にそっくり!」
 アリスが目を丸くした。
 無論、初音ミクの状態をチェックし、その場で直せれば直す為の同行である。
 早速、それを始めた。
 損失した部品を取り付け直す。
 伝助と違うのは、伝助が常に丸渕の老眼鏡を掛けているのに対し、達夫は目が良いのか、普段は眼鏡を掛けていないことである。
 眼鏡を外すと精悍な顔付きで、若かりし頃はイケメンの部類に入っていたことがうかがえる。
「これじゃ、ロイド達が間違って発砲しかけるのも分かるわ」
「十条……伝助の爺さんからは、あなたのことは一切聞いていませんでしたが……」
「不仲の弟のことなど、進んで話などせんじゃろう。なあ?3号機のシンディよ」
「……ど、どうも。おはようございます……」
 シンディは何故か、ばつの悪そうな顔をしていた。
「アメリカにいた頃から“元気なお嬢さん”じゃったが、今は少し丸くなったのかな?」
「……もしかして、アメリカにいた達夫博士を襲撃したマルチタイプって……」
 ミクは昨夜、達夫から聞いた話を思い出した。
「ええ、まあ、その……です……ね……。ウィリアム博士の命令で、派手にやらせて頂きました……。ご無事で何よりです……。その……申し訳ありませんでした」
「かつての仲間の弟を殺させるとは、何てジジィだ!」
 敷島はもう既に堕獄している仇敵に対して拳を作った。
「お前のメモリーの中に、そんなのあったか!?」
「『アメリカの研究所にいたドクター十条を襲撃した』ってのは、十条伝助博士ではなく、そちらの十条達夫博士のことだから」
「なっにーっ!?」
「7号機のレイチェルの尽力が無かったら、大変なことになってたわい」
「……今、何と仰いました?」
「ほっほっ。7号機のレイチェルは、『復元』されておるよ。可能な限り、メモリーも復元されておる。とはいえ、あれは兄の力によるものじゃ。じゃが、せっかく復元したマルチタイプを再びテロに使わせるのには反対でな。8号機のアルエットを強奪しおった仕返しに、『オーナー登録』はワシにしてやったわい」
「他にも色々とお話を伺いたいですなぁ……」
「それなら、そこにいるボーカロイドの初音ミクのメモリーを使わせて頂いたよ。ワシから提供できる情報は、その中に入っておる」
「おおっ!……そうでした!うちのミクを助けて頂いて、ありがとうございました。御礼が遅れて申し訳無い」
「何の何の。ワシもボーカロイドを直接見れて、ラッキーじゃったよ」
「後で修理代の方は事務所に請求して頂ければ、なるべく早くお支払い致します」
「わしの方こそ、ボーカロイドを見せてもらった対価を支払わねばならんがのぅ……」
「いえいえ!早急に修理して頂いた方が高いと思うので!博士の言い値で構いませんので、後で御請求の方を……」

[同日08:00.天候:曇 国道463号線・浦和所沢バイパス(通称『うらとこバイパス』または『うらとこ街道』)浦和方面 敷島孝夫、アリス・シキシマ、初音ミク、シンディ]

 朝のラッシュで賑わうバイパスを走るステーションワゴン。
 昨夜未明からまた降った雨は上がったが、路面は濡れていた。
「あのドクター十条に弟がいたなんてね……」
 助手席に座るアリスが意外そうな顔で、ハンドルを握る敷島に振った。
「ああ。だけども、味方になってくれそうだ」
 逆に十条達夫は、アリスのことは知らなかったようである。
 8号機のアルエットとやらを回収した後は、隠れ家を移るとのこと。
 隠れ家といっても、ミクが収容された時点で公然の秘密状態と化していたので、隠れ家というよりただの別宅といった感じだという。
 それは近日中に引き払い、もっと山奥へ避難するように移住するという。
「良かったな、シンディ。お前にも妹ができて。しかも2人」
 敷島はリアシートに座るシンディに、ルームミラー越しに言った。
「えっ?……ええ。そうね。楽しみだわ……ははは……」
 シンディはビクッと体を震わせて、何故か顔を引きつらせた。
「?」
「平賀先生にも情報提供してあげよう」
「それはあなたに任せるわ」
「まー、まずは事務所に帰ってからだな」
「いや、まず研究所に戻ってくれない?」
「えっ?」
「あの家でだいぶ直したみたいだけど、あくまでも応急処置。本格的な検査や修理は、設備の整った研究所でやった方がいいと思う」
「おいおい。じゃ、ミクの復帰は……?」
「今週一杯まで延期ね」
「ええーっ!?」
「ええーっ!?」
 敷島とミクが同時に叫んだ。
「だまらっしゃい!あれだけの損傷で再稼働できるだけありがたいと思いなさい!ヘタすりゃ完全に壊れてたところなんだから!」
「マジかよ……」
「マジですか……」
 車内で3人が盛り上がっている中、シンディだけがおとなしくしていた。
 まるで、恐怖に怯えるかのような……。
(レイチェルが……動いている……?まずい……。あのコだけは……動かしちゃダメ……!)
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“新アンドロイドマスター” 「初音ミクの消失」

2015-06-24 19:34:11 | アンドロイドマスターシリーズ
[6月15日21:00.天候:晴 デイライト・コーポレーション埼玉研究所 敷島孝夫、アリス、シンディ]

 雨が上がり、何とか雲間から月が覗くまでに天候の回復したさいたま市郊外。
 しかし油断はできず、ほんの僅かな梅雨晴れの後はまた大気の状態が不安定になるという。
 梅雨といったら、しとしとと降る雨が長く続くというイメージなのだが、雷雨だの突風だのと随分と様変わりしてしまった。
 井辺はミクへの監督不行き届きを敷島に謝った。
「井辺君が悪いわけじゃない。まさか、研究所の敷地内から消えるとは思わないだろうからね」
 と、敷島は答えたが、もう少しボーカロイド達の個性というか、性格を把握して欲しかったと思うのが人情だった。
 だからリンとレンは所内を走り回るので、この姉弟に関しては所内をうろつくことを禁止しているくらいだ。
 その井辺は、事務所の方に待機させることにした。
「屋上のこの辺にミクはいた。ヘッドセットが落ちていた位置からの推測だけどね。ここで落雷を受けたミクは、屋上から転落した?」
 敷島の言葉にシンディが頷いた。
「屋上の手すりが少し曲がっているでしょ?落雷でふらついたミクは、ここから落ちたんじゃないかな?」
 屋上の柵に、1ヶ所だけ開閉できる所がある。
 屋上の縁まで行けるための物だが、今日はドレンパン(排水口)の清掃のため、普段は施錠されている屋上出入口のドアが開錠されていたのと同じように、そこも清掃の為に開けられていた。
「この下はどうなってるんだ?」
 敷島が覗き込むと、その下は通用口の上だった。
 通用口の前には何台か車を止められるスペースがある。
「通用口は入ってすぐに管理室があるんだぞ?いくら何でも落ちてきたら、警備員かセキュリティロボットが気づくだろう?」
「セキュリティロボット達は雷注意報発令のせいで全機屋内退避だったから、そいつらが気がつくことはないね。あとは警備員さんが、どうして気が付かなかったかだけど……」
 そこへアリスがインカムで無線を飛ばしてきた。
 アリスは管理室で、カメラ映像のチェックをしていた。
{「ねえ!落雷の直後、業者が出てるわ!聞いたら、布団屋さんだって!」}
「布団屋だぁ?」
「た、確かに、今日は埼玉リネンサプライさんが出入りしていました」
 と、同行の警備員が言った。
「医務室や我々の仮眠ベッドで使うシーツ交換の業者です。あと、布団も交換して行きました」
{「ミクが屋上から落ちて、布団の上に落ちたら分かんないでしょ?」}
「あのな!布団を剥き出して運搬する業者がどこにいる!?特に今日は雨だったんだぞ!」
「あ、あの……」
 また、警備員が申し出る。
「埼玉リネンサプライさんは、使用済みのリネンに関しては車の屋根の上に積んでるんです」
「えっ!?」
「実は夕方、この研究所を出た車が県道の橋の上で事故に遭いまして、屋根の上に積んだ使用済みリネンが川に落ちたそうなんですよ」
「ええーっ?!」
 敷島は急いで手持ちのスマホを取り出した。
 それでニュースサイトを見ると、確かにその事故があった。
 しかも、ワゴン車(リネンサプライ業者の車)から人が投げ出されて川に落ちたのが目撃されたという。
 だがその車には元から運転手が1人しか乗っておらず、その運転手は運転席に留まっていて(重傷の為に車から降りられなかった)、救急隊に救助されて病院に搬送されている。
 では、たまたま歩道を歩いていた歩行者が巻き込まれたものではないかというと、目撃者が言うには、少なくとも周囲には自分しか歩行者がおらず、車から人が落ちたのが見えたのだと証言している。
「……つまり、屋上から落ちたミクは、たまたま車の上に落ちて、誰も知らないうちにその車が出発、途中で事故に遭って、川に落ちたぁ?」
 シンディはそう推理した。
 最後には信じられないという顔になっていたが。
「マルチタイプなら重みで車が潰れるだろうからそれで気づくだろうが、人間並みの体重まで軽量化したから、そこまでド派手に落ちなかったのか……。って、こうしちゃおれん!川を捜索だ!」
「アラホラサッサー!」
「まずは事故現場に行くぞ!急げ!治水橋だ!」

[??? ??? ??? 初音ミク]

『初音ミク、起動します』
 ミクが“目を覚ました”時、場所や時間は不明だった。
 何しろ、まだそういった情報が読み込めていないからだ。
「うむ。起動には成功したようじゃな」
「じゃあ、ドクター。私、帰るね」
「うむ。兄さんによろしく伝えておいてくれ」
「伝えはするけど……。どんな反応するか分かるでしょう?私的には、早いとこ仲直りしてもらいたいんだけどね」
「あいにくとそれは、できぬ相談じゃよ。それと、アルエットはまだかの?」
「あの雷雨で今日は中止みたい」
「そうか……。ま、自然には逆らえんの……。また来てくれな、レイチェル?」
「足しげく通うと、さすがの私もドクターに疑われるからねぇ……」
 レイチェルはそう言うと、外に出て行った。
「ふう……」
「あ、あの……!」
 ミクが恐る恐る声を掛けた。
「おお、ソフトウェアの起動まで完了したかね?」
 振り向いたその老人は、誰かに似ていた。
 ミクが思わずその老人をスキャンする。
 すると適合性の1番高いのが十条伝助と出た。
「十条……博士?」
「そのように見えるかね?……まあ、ムリも無いが。確かにあの伝助と同じ名字を名乗り、両親は同じじゃからな」
「えっ……?」
「ワシの名は十条達夫。十条伝助の弟じゃよ。といっても、2つしか違わないがの。ほっほっ……。双子ではないから、それほどまでに似ているわけではないが、向こうのロイド達からは『スキャン時に紛らわしいので、早いとこ仲直りしてほしい』と言われておる」
「確かに適合性95パーセントでは、認識を間違えてしまうかもしれません」
「じゃが、ワシは兄貴の考えには賛同できんよ。兄さんと……その仲間達は、怖がっているだけじゃ」
「怖がっている?」
「さて、体の具合はいかがかな?ちょっとその辺、歩いてみてくれ。まだ具合の悪い所があったら、直しておこうの」
「は、はい」
 ミクは寝台の上から床に降りた。
(悪い人じゃないみたい……)
 数歩歩いてみて、ふと気づく。
「あの!ここはどこですか!?わたし、どうしてここに!?」
「ここは埼玉県南部の町、志木市じゃよ。キミは荒川の上流から流れて来たというが、一体何があったのじゃ?」
「ええっ!?」
「GPSの履歴を見せてもらったが、さいたま市にいて、そこから川越に向かう途中、荒川に落ちて流れて来たようじゃが……。まさか、兄貴の手の者が襲ってきたのか?」
「ご、ごめんなさい。わたしも、何が何だか……。あ、あの!事務所に連絡を取って頂いてもよろしいですか!?」
「事務所、事務所とな……」
「わたし、敷島エージェンシーっていう芸能プロダクションに所属してるんです!今月一杯ずっとお仕事が入ってるので、早く戻らないと……!」
「ほお……。ボーカロイドをタレントとして使う芸能事務所が現れおったか。どうやら、やっと本来の用途に戻れたようじゃな。南里先生も喜んでおることじゃろう」
「南里博士ご存知なんですか?」
「ワシは大学時代の後輩じゃよ。もっとも、良き友人として付き合っていたのは兄貴の方で、ワシは根暗な弟君くらいにしか思われていなかったと思うがな。さ、具合が良いのなら、すぐに引き取りに来てもらおう。兄貴の手の者が来ないうちにな」
「十条達夫……博士は大丈夫なんですか?」
「兄貴はワシの協力を欲しておる。その間、危害を加えて来ることはないじゃろう。キミのメモリーを見せてくれ。事務所の連絡先が入っているじゃろう?」
「は、はい!」
 ミクはやっと安心した顔になった。
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新“アンドロイドマスター” 「初音ミクの捜索」

2015-06-24 16:38:42 | アンドロイドマスターシリーズ
[6月15日17:30.天候:雷雨 埼玉県さいたま市西区 デイライト・コーポレーション 井辺翔太&アリス・シキシマ]

「屋上には誰もいないようですが……」
「だけど、屋上に出るミクの映像が残っているわ。それで、中に戻った様子が無い」
 時折、突風と共に強い雨が叩き付け、雷も鳴る中、井辺は屋上に出た。
「初音さん!初音さん!いますか!?いたら返事してください!」
 屋上は複雑な構造になっているわけではない。
 空調の室外機があったりしたが、そこに隠れているとかいうことは無かった。
「! あれ!」
 その時、アリスが何か見つけた。
 井辺が拾い上げると、それは赤く光るもの。
 ミクのツインテールに着いている髪留めだった。
「お、奥様、これって……」
「屋上にもカメラを設置しろって言わなきゃダメね。……てか、どうやってミクを浚って行ったの!?」
「上空から……ですかね?」
「そしたら、外で監視しているセキュリティ達が気づくでしょうよ。それに、こんな雷の中、飛行してたら、落雷するに決まってるじゃない」
「ですよね……?」
 事務所にあるミクの遠隔監視システムによると、屋上で歌を歌っていたところまでは分かっている。
 だが、歌唱が『強制終了』となり、『重大損傷』となって、『強制シャットダウン』となっているとのこと。
 これは、歌っている最中に何か重大なダメージを受けたことを意味する。
「歌っている最中に攻撃された?」
「せめて、GPSでも復旧してくれれば……」

[同日同時刻 東京都墨田区 敷島エージェンシー 敷島孝夫]

「ああ、こっちのシステムで、遠隔による再起動を試みているところだ。……いや、全く反応が無い」
 敷島は事務所に戻ると、アリスからの電話を受けていた。
 電話をしながら、敷島はもう1度、ミクの再起動を行った。
 だが、何度も出るのは、
『応答がありません。システムに異常が発生している恐れがあります。本体を確認してください』
 という不毛なもの。
「……遠隔の端末の方は何とも無いよ。さっきKAITOで試したら、ちゃんと再起動したから。本当に研究所にいないのか?……その研究所、落雷があったんだよな?実は落雷したのは、屋上にいたミクなんじゃないのか?ミクがダメージを受けた時間、さいたま市西区の雷注意報が警報に変わってる。……そう。いや、そこは研究所の監視カメラが分からないか?その研究所、外も監視しているよな?カメラで。つまり、落雷があったのも映っているはずだ。その時間と、ミクの『重大損傷』発生の時間を照合してみてくれ。もしピッタリあったとしたら、ミクは敵にやられたのではなく、落雷を受けた可能性が大きい。……もっとも、それでどうしてミクがいなくなったのかまでは分からないけどな」
 バラバラになったわけではあるまい。
 もしそうなら、残骸が屋上に転がっているはずだ。
 ミクがそこにいたという形跡は、右側に着けていた赤いヘッドセットの残留しか無い。
「……そうだ。俺はシンディを向かわせる。……雷注意報が解除されたらな。マルチタイプでも、さすがに雷の直撃はキツいよ。ましてや、ボーカロイドとなれば……。あー、もうっ!ミクのスケジュールがぁーっ!」
{「Of course(訳:うるさい)!そんなのアンタの仕事でしょ!」}
「落雷を受けたミクの修理はできるか?」
{「天才のアタシを疑うの!?」}
「全力で見つけるから、お前も全力で修理よろしく!」
 電話を切る敷島。
「せめて、SOS信号でも発信してくれていればなぁ……」

 敷島が頭を抱えている最中、テレビでは事故のニュースを伝えていた。
 治水橋(さいたま市と川越市を結ぶ県道の橋。但し、県道をそのまま走ると川越市ではなく、ふじみ野市に入る)で大型トレーラーとワゴン車の事故があったという。
 大雨と強風で煽られ、トレーラーのコンテナが反対車線に横転。
 対向してきたワゴン車が避けるため、歩道に乗り上げ、橋の欄干に激突。
 屋根の上にあった積み荷が川に落ちたという。

〔「……尚、目撃者の話では、ワゴン車の荷台から人が振り落されたとのことで、警察では事故の原因を調べると共に……」〕

 映像に映ったワゴン車は川越ナンバーの、デイライト・コーポレーションから出発したリネンサプライ業者の車によく似ていた。

[同日19:00.場所不明 ???]

 増水した川の河川敷に立つ1人の女性。
 やっと雨が上がったが、それまでずっと傘を差さなかったのか、ずぶぬれである。
 しかし、それを全く気にする様子も無く、右手を右腰にやった状態で川の方を眺めていた。
 視線だけでは川自体を見ているのか、その対岸を見ているのか分からない。
 焦げ茶色の髪をシンプルに後ろで束ねているだけだが、体付きはモデルのような体型だ。
 但し、剥き出しになった右の二の腕には、ローマ数字で『7』という文字がペイントしてあった。
(……ちっ。まさかここまで天気が荒れるなんてね……。これじゃ、予定が狂って当たり前か……。せっかく8号機と合流しようと思ってたのに……)
 女性は恨めしそうに上空を眺めた。
(しょうがない。今日はまた今度ってことで、引き上げるか……。ん?)
 その時、女性は上流から何かが流れて来るのが見えた。
 それは人!
「!?」 
 女性は……いや、女性型のアンドロイド(ガイノイド)はその流れて来た人をスキャンした。
 思わず、人間の死体が流れて来たのかと思ったが、スキャンの結果は意外なものだった。
「初音ミク!?何でボーカロイドが!?」
 右の二の腕に7とペイントされたガイノイドは、右手をライフルに変形させた。
 そして、照準をミクに向ける。
「ちっ、流れが速い!」
 なかなか照準が合わない。
 と、そこへ。
{「やめい、レイチェル!」}
「ドクター!?」
{「破壊してはならぬ!」}
「ですが、奴は……」
{「救助するのじゃ。そして、ワシの所へ連れて参れ。レイチェル、今のお前のオーナーはこのワシぞ!」}
「……かしこまりました」
 レイチェルと呼ばれた女性は頷くと、今度は左手に仕込まれた有線ロケットパンチを応用して、ミクを掴んで引き寄せた。
「何だってこんなことに?敷島エージェンシー、自壊した?……なワケないか。お前達!」
 レイチェルは後ろに控えるバージョン4.0達を睨みつけた。
「また勝手なことを!?」
 しかし、複数控えている4.0達はブルブルブルと頭部を左右に振って、全力否定した。
「まあ、いい。引き上げるわよ」
 ミクを抱えて川から離れるレイチェル一行。

 ミクが悪の手に堕ちようとしているのか……。
コメント (2)
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