[6月5日10:00.天候:曇 敷島エージェンシー 井辺翔太、結月ゆかり、Lily、未夢]
「……以上が、CDデビューまでの大まかな流れです」
井辺は談話コーナーで新人ボーカロイド達に、データを入力した。
人間のアイドルなら手帳などにメモさせるところだろうが、データ入力で済むところが何とも機械らしい。
「最後に、宿題を」
「えっ、宿題ですか!?」
目を丸くするゆかり。
「皆さんにとって、大事な宿題です。皆さんのユニット名を考えておいてください」
「ユニット名!?」
「確かに大事な宿題ね」
Lilyも右手を顎にやって考え込んだ。
頭には赤いカチューシャを付けている。
前髪が乱れやすい髪型、髪質の為、昨日井辺が買い与えたものだ。
一応、このユニットのリーダーがLilyだからである。
設定年齢的には未夢が年長だが、ボーカロイドへの用途変更を行って間も無いし、ゆかりは本当に新造したて。
そこで、それまでボーカロイド劇場で活動していた経験を生かして、ということでLilyがユニット・リーダーに選定された。
「CDデビューまでに考えて頂きたいので、時間的には余裕があります。じっくり考えてください」
その時、未夢が右手を挙げた。
「どういう名前が良いとか、条件はありますか?」
「やはり、ファンの皆さんに覚えてもらいやすい名前が良いかと。既に他のアイドルユニットや、商標登録されていない名前なら何でも」
「それと、もう1つ」
Lilyも手を挙げた。
「どうして、私達3人ユニットなの?」
「と、言いますと?」
「私は劇場でソロ活動していた。これからデビューするに当たっても、それで十分やっていける自信がある。また、他の先輩方と組むのではなく、新人だけで組ませる理由って何?」
すると未夢が、
「Lilyちゃん、私達とじゃ嫌?」
「そういうことじゃなくて、もっと色々と選択肢があったはず。そういった選択肢をはねて、私達3人ユニットにした理由は?」
「総合的に考えて、です」
「……それじゃよく分かんないんだけど?」
「バランスとかタイミングとか、そういうことです」
「つまり未夢はダンスで、私が歌、ゆかりは……あえて特徴無しの所?」
「私、特徴無いですか!?」
「ボイスロイドとしての機能もあるだろうけど、それだけじゃねぇ……」
「あら?それって、綺麗な声ってことじゃない。それも十分な特長よ?」
「だけど、あくまで歌のデビューだから……」
「だから、声も大事じゃない」
「とにかく、皆さんでユニゾンして頂ければ分かります。取りあえずは、ユニット名を考えてください」
[同日11:00.東京都心大学工学部電子工学科 平賀太一&エミリー]
「……以上で、『マルチタイプの構造と将来性について』の特別講義を終了致します。皆さん、ありがとうございました」
マイクを片手に講義を行った平賀。
エミリーは自分で開けた背中を閉じた。
そして、学生達に向かって深々とお辞儀した。
講師控室に戻って、改めてエミリーの開けた体を元に戻す。
「ご苦労さんな、エミリー」
「いいえ。お役に・立てて・何より・です」
エミリーは微笑を浮かべて答えた。
性格がクールに設定されているため、大きく笑うことはない。
「ドクター平賀。シンディは?」
「今頃、敷島さんと霞ケ関のどこかの庁舎にいるだろう。芸能事務所の社長なんだか、どこかのエージェントなんだか分からんよ」
もっとも、平賀はその正体を知っている。
どちらも正解。
ボカロ専門の芸能事務所の社長で、その技術を国内外に売り込むエージェントでもある。
哀しいかな、役所関係で欲しがられる技術はボカロよりもマルチタイプだったりする。
平賀は技術開発を、敷島はその販路を開拓するといえば良いだろうか。
これがまたお互いに平行線。
敷島はボーカロイドを売りたいのに、需要はむしろマルチタイプ。
平賀はマルチタイプの技術は持ち合わせているが、ボーカロイドには殆ど手を出していない。
「テロリストは?」
「うん?」
「テロリストの・捜査に・私達は・使わないのですか?」
「警察が泣きついてくるまで、声は掛かりそうにないな」
「そう・ですか」
[同日同時刻 東京都千代田区霞ヶ関 敷島孝夫&シンディ]
とある合同庁舎の中から出て来る敷島とシンディ。
「ちきしょうめ!頭の固い官僚達だ!」
敷島の苛立つ様子は遠くからでも分かる。
「アタシを買いたがってたわねぇ……」
シンディはあくまで敷島の秘書兼ボディガードとして同行しているだけなのだが、官僚達は敷島よりもむしろシンディの方に注目していた。
「50億でどうか、ですって。そんなにアタシ、高いんだ?」
「戦車や戦闘機が何機買える?まあ、それくらいの戦闘力を持ち合わせてはいるけどなぁ……」
敷島はタクシーを拾おうと手を挙げるが、こういう時に限って、なかなか空車がいない。
「ボーカロイドの値段、もう少し吹っ掛けてもいいのかな?」
「あのコ達の相場は5億くらい?アタシと一緒に並べたら、安く見えて買ってくれるかもね?」
「スーパーの惣菜コーナーじゃねぇんだからよ……」
やっと空車のタクシーが止まった。
緑色が目立つ東京無線の車に乗り込む。
「都心大学までお願いします」
「はい」
タクシーが走り出す。
しばらくしてから、敷島は自分のケータイ電話を取り出した。
「……あ、もしもし。平賀先生ですか?今、お電話大丈夫ですかね?……ああ、どうも。霞ケ関回り、終わりましたんで、今からそちらに向かいます。……いや、ダメっスね。キャリア組は頭が固くて。まだ理系の大学の先生の方が頭が柔らかいです……なーんちゃってw 特別講義、午後の部もあるんですよね?今度はシンディ貸しましょうか?どうせ同型機で、基本の内部構造は同じだし。……あははははは(笑)!いいですよー、レンタル料なんて。うちのアリスなら請求してくるでしょうがね、私はそんなアコギな商売しませんって!」
調子良く喋る敷島。
(これが、10年来の信頼というヤツかしら)
横に座るシンディは、窓の外を見ながらそんなことを思った。
「……以上が、CDデビューまでの大まかな流れです」
井辺は談話コーナーで新人ボーカロイド達に、データを入力した。
人間のアイドルなら手帳などにメモさせるところだろうが、データ入力で済むところが何とも機械らしい。
「最後に、宿題を」
「えっ、宿題ですか!?」
目を丸くするゆかり。
「皆さんにとって、大事な宿題です。皆さんのユニット名を考えておいてください」
「ユニット名!?」
「確かに大事な宿題ね」
Lilyも右手を顎にやって考え込んだ。
頭には赤いカチューシャを付けている。
前髪が乱れやすい髪型、髪質の為、昨日井辺が買い与えたものだ。
一応、このユニットのリーダーがLilyだからである。
設定年齢的には未夢が年長だが、ボーカロイドへの用途変更を行って間も無いし、ゆかりは本当に新造したて。
そこで、それまでボーカロイド劇場で活動していた経験を生かして、ということでLilyがユニット・リーダーに選定された。
「CDデビューまでに考えて頂きたいので、時間的には余裕があります。じっくり考えてください」
その時、未夢が右手を挙げた。
「どういう名前が良いとか、条件はありますか?」
「やはり、ファンの皆さんに覚えてもらいやすい名前が良いかと。既に他のアイドルユニットや、商標登録されていない名前なら何でも」
「それと、もう1つ」
Lilyも手を挙げた。
「どうして、私達3人ユニットなの?」
「と、言いますと?」
「私は劇場でソロ活動していた。これからデビューするに当たっても、それで十分やっていける自信がある。また、他の先輩方と組むのではなく、新人だけで組ませる理由って何?」
すると未夢が、
「Lilyちゃん、私達とじゃ嫌?」
「そういうことじゃなくて、もっと色々と選択肢があったはず。そういった選択肢をはねて、私達3人ユニットにした理由は?」
「総合的に考えて、です」
「……それじゃよく分かんないんだけど?」
「バランスとかタイミングとか、そういうことです」
「つまり未夢はダンスで、私が歌、ゆかりは……あえて特徴無しの所?」
「私、特徴無いですか!?」
「ボイスロイドとしての機能もあるだろうけど、それだけじゃねぇ……」
「あら?それって、綺麗な声ってことじゃない。それも十分な特長よ?」
「だけど、あくまで歌のデビューだから……」
「だから、声も大事じゃない」
「とにかく、皆さんでユニゾンして頂ければ分かります。取りあえずは、ユニット名を考えてください」
[同日11:00.東京都心大学工学部電子工学科 平賀太一&エミリー]
「……以上で、『マルチタイプの構造と将来性について』の特別講義を終了致します。皆さん、ありがとうございました」
マイクを片手に講義を行った平賀。
エミリーは自分で開けた背中を閉じた。
そして、学生達に向かって深々とお辞儀した。
講師控室に戻って、改めてエミリーの開けた体を元に戻す。
「ご苦労さんな、エミリー」
「いいえ。お役に・立てて・何より・です」
エミリーは微笑を浮かべて答えた。
性格がクールに設定されているため、大きく笑うことはない。
「ドクター平賀。シンディは?」
「今頃、敷島さんと霞ケ関のどこかの庁舎にいるだろう。芸能事務所の社長なんだか、どこかのエージェントなんだか分からんよ」
もっとも、平賀はその正体を知っている。
どちらも正解。
ボカロ専門の芸能事務所の社長で、その技術を国内外に売り込むエージェントでもある。
哀しいかな、役所関係で欲しがられる技術はボカロよりもマルチタイプだったりする。
平賀は技術開発を、敷島はその販路を開拓するといえば良いだろうか。
これがまたお互いに平行線。
敷島はボーカロイドを売りたいのに、需要はむしろマルチタイプ。
平賀はマルチタイプの技術は持ち合わせているが、ボーカロイドには殆ど手を出していない。
「テロリストは?」
「うん?」
「テロリストの・捜査に・私達は・使わないのですか?」
「警察が泣きついてくるまで、声は掛かりそうにないな」
「そう・ですか」
[同日同時刻 東京都千代田区霞ヶ関 敷島孝夫&シンディ]
とある合同庁舎の中から出て来る敷島とシンディ。
「ちきしょうめ!頭の固い官僚達だ!」
敷島の苛立つ様子は遠くからでも分かる。
「アタシを買いたがってたわねぇ……」
シンディはあくまで敷島の秘書兼ボディガードとして同行しているだけなのだが、官僚達は敷島よりもむしろシンディの方に注目していた。
「50億でどうか、ですって。そんなにアタシ、高いんだ?」
「戦車や戦闘機が何機買える?まあ、それくらいの戦闘力を持ち合わせてはいるけどなぁ……」
敷島はタクシーを拾おうと手を挙げるが、こういう時に限って、なかなか空車がいない。
「ボーカロイドの値段、もう少し吹っ掛けてもいいのかな?」
「あのコ達の相場は5億くらい?アタシと一緒に並べたら、安く見えて買ってくれるかもね?」
「スーパーの惣菜コーナーじゃねぇんだからよ……」
やっと空車のタクシーが止まった。
緑色が目立つ東京無線の車に乗り込む。
「都心大学までお願いします」
「はい」
タクシーが走り出す。
しばらくしてから、敷島は自分のケータイ電話を取り出した。
「……あ、もしもし。平賀先生ですか?今、お電話大丈夫ですかね?……ああ、どうも。霞ケ関回り、終わりましたんで、今からそちらに向かいます。……いや、ダメっスね。キャリア組は頭が固くて。まだ理系の大学の先生の方が頭が柔らかいです……なーんちゃってw 特別講義、午後の部もあるんですよね?今度はシンディ貸しましょうか?どうせ同型機で、基本の内部構造は同じだし。……あははははは(笑)!いいですよー、レンタル料なんて。うちのアリスなら請求してくるでしょうがね、私はそんなアコギな商売しませんって!」
調子良く喋る敷島。
(これが、10年来の信頼というヤツかしら)
横に座るシンディは、窓の外を見ながらそんなことを思った。