[6月20日10:55.神奈川県相模原市緑区・十条達夫宅 敷島孝夫、初音ミク、シンディ、リカルド・ブラウン、十条達夫]
「この家って……」
見た目はオシャレな洋風の佇まい。
しかし、シンディのメモリーにはデータがあった。
タクシーを降りて、改めてスキャンしてみる。
「やっぱり。ここ、昔、ドクター・ウィリーが一時的な隠れ家にしていた家だ」
「何だって!?こんな所に潜んでたのか!エミリーとかもよく電波を飛ばしていたんだぞ?」
「こういう所じゃ、電波も届かないだろうねぇ……」
「シンディもいたのか?」
「ほんの少しだけね。でも、ドクター十条達夫のことは知らない」
「うん?」
タクシー料金の支払いで最後に助手席から降りたリカルドが、
「どうぞ。中で十条博士がお待ちです」
と、敷島達を促した。
「その呼び方だと、伝助の爺さんの方をイメージしちゃうなぁ……」
敷島が嫌そうな顔をした。
「下の名前で呼んでくれないか?」
「あいにくですが、それはできません」
「えっ?」
「なに?それはドクター十条達夫の命令?」
敷島の希望拒否に、シンディも眉を潜めた。
「私は執事ですので、マスターたる十条博士に対し、『達夫』と呼ぶわけには参りません」
「ええーっ!?」
「この社長、そこまで気安く呼べとも言ってないと思うけど?この天然執事が!」
「い、いや、まあ、確かに言葉が足りなかったような……?」
とにかく中に入る。
「いらっしゃーい。我が家へ」
「こんにちはー!」
初音ミクが元気よく挨拶した。
「こんにちは。ミクの修理代をお持ちしました」
「わざわざ御足労頂き、真に恐れ入る。さ、上がってくれ」
リカルドは敷島とミクのスリッパを用意した。
「……ちょっと、アタシのは?」
「床が抜ける恐れがございますので、シンディ様はご遠慮ください」
「マジで!?」
シンディの自重は200キロである。
「……アタシは外の警備でもしてる」
「すまんのォ、ボロ家で……」
「シンディを軽量化することはできないものでしょうか?平賀博士はエミリーを150キロまで軽量化することに成功しましたが……」
「それは新しいボディを一から作ったからじゃろう?今使用しているボディで軽量化は難しいよ。新たに軽量化したボディを作る方が早い」
「なるほど。うちのマンションや事務所なら平気なんだけどなぁ……」
敷島が住んでいる大宮のマンションは1階の部屋、東京のマンスリーマンションも1階。
事務所は5階だが、鉄筋コンクリート造りのビルで、用途が事務所なので、床もそれくらいの重さに耐えられるから大丈夫だ。
しかし達夫のこの家は木造2階建てで、築年数も相当行っていると思われ、シンディの重さに耐えられるか微妙だという。
応接間に通された敷島とミク。
リカルドがお茶を入れに行っている。
「これがミクの修理代です」
「では、確かに受け取ったという証書を残そう」
「達夫博士に直して頂いたら、何だか少し体が軽くなったような気がします」
と、ミクが言った。
「えっ?」
「そうかね?ワシは応急処置をしただけじゃから、本格的に修理をしたのは、ウィリアム氏の孫娘じゃと思うが……」
「アリスのヤツ、変な改造したんじゃないだろうな?」
敷島は不審な顔をして、ミクの体を見回した。
「しかし、3号機のシンディは異常無く動いているようじゃな?」
「ええ。あれが本来の“性格”ですね?」
「うむ。マルチタイプ7姉弟の中で、1番のムードメーカーじゃと聞いている。が、ウィリアム氏が専有してから、狂った殺人機械に成り果ててしまったようじゃが……」
「本来の用途に戻ってくれて良かったですよ」
「キミも、あやつに殺され掛けたようじゃが、壊す気は無いのか?」
達夫はミクを見ながら聞いた。
東京決戦のことは、ミクのメモリーを見たのだろう。
「色々と便利ですし、平賀先生の所の学会も、『世界に2機しかない貴重なアンドロイド』という見解ですから」
「平賀、平賀君か。なるほどなるほど。少年のうちからその才能を発揮した天才、南里先生からロボット工学の何たるかを全て教わった後継者と聞いているよ」
「ええ。平賀先生は天才です。正義感も強いし、頼りになります。先生は技術開発、私は営業に専念することで、ボーカロイド専門の芸能事務所を運営できているのです」
「わたしも平賀博士から、何回も整備を受けました。腕とか動かなくなっても、元通りです」
「ほっほ……。それはまあ、基本中の基本じゃが……」
「話は変わりますが、7号機のレイチェルが“復元”されたということですが、他のマルチタイプも?」
「そう思うかね?答えはイエスともノーとも言えんな」
「と、言いますと?」
「間違い無く、兄の目的はそれじゃ。マルチタイプ1機の力がどんなものか、敷島さんもよくご存知じゃろう?それを何機も個人が保有してみることを想像してみるが良い。手に余るのは間違いない」
「まさか、世界征服なんて考えていないでしょうな?それじゃ、ウィリーと変わらない!」
「恐らく、それは無い。ただ、兄は知的好奇心は強い。それの一環で、全てのマルチタイプを“復元”したがるかもしれんの」
「えっ!?所属しているKR団がいい顔しますかね?あのテロ組織は、ロボット工学の更なる躍進に猛反対なわけでしょう?あそこのサイトを見ましたが、『行き過ぎた機械化は人間の劣化を招く』とか、『ロボットは人間の奴隷であるくらいがちょうど良い』とか、『ロボットが人間に取って代わるようなことは絶対にあってはならない』とか、そういう思想の連中ですね。それがマルチタイプの増産に賛同するかな?」
「もし敷島さんが兄の立場で、組織の連中を賛同させるにはどのようにしたら良いと思いますかな?」
「やっぱ、プレゼンですかねぇ……。マルチタイプの増産が、いかに組織の為になるかを焦点にして……。製作費や維持費は大変だけど、売れば巨万の富になるということを強調して……ブツブツ……」
「うむうむ。敷島さんは会社経営者じゃから、そのように考えるじゃろう。あの兄にしてこの弟ありと思われるかもしれんが、ワシだったら、内部クーデターを起こすがな」
「ええっ!?」
「恐らく兄がKR団とやらに付いたのも、兄の知的好奇心を満たす為の資金提供をしてくれるからに過ぎんのじゃろう。つまり、ふとしたことで利害が衝突するようになったら……。まあ、その『復元』した7号機のレイチェルでも使って、内部クーデターを起こすのは必然じゃと思う。オーナー登録はワシじゃが、ユーザー登録は兄のままじゃ。オーナー命令で、8号機のアルエットを連れて来て欲しいと送っているのじゃが、なしのつぶてじゃ」
「ユーザーの言う事を聞かないなんてなぁ……」
「ま、レイチェルも苦しいとは思うがな」
と、その時、敷島のスマホが鳴った。
普通の外線ではなく、シンディからの“ロイド通信”アプリからだった。
「ああ、何だ?どうした?」
{「ミクを避難させて!レイチェルが……!」}
「なにっ!?」
その時、家のすぐ近くに爆弾が着弾するような音が響いた。
ついにマルチタイプ同士のガチンコ対決か!?
「この家って……」
見た目はオシャレな洋風の佇まい。
しかし、シンディのメモリーにはデータがあった。
タクシーを降りて、改めてスキャンしてみる。
「やっぱり。ここ、昔、ドクター・ウィリーが一時的な隠れ家にしていた家だ」
「何だって!?こんな所に潜んでたのか!エミリーとかもよく電波を飛ばしていたんだぞ?」
「こういう所じゃ、電波も届かないだろうねぇ……」
「シンディもいたのか?」
「ほんの少しだけね。でも、ドクター十条達夫のことは知らない」
「うん?」
タクシー料金の支払いで最後に助手席から降りたリカルドが、
「どうぞ。中で十条博士がお待ちです」
と、敷島達を促した。
「その呼び方だと、伝助の爺さんの方をイメージしちゃうなぁ……」
敷島が嫌そうな顔をした。
「下の名前で呼んでくれないか?」
「あいにくですが、それはできません」
「えっ?」
「なに?それはドクター十条達夫の命令?」
敷島の希望拒否に、シンディも眉を潜めた。
「私は執事ですので、マスターたる十条博士に対し、『達夫』と呼ぶわけには参りません」
「ええーっ!?」
「この社長、そこまで気安く呼べとも言ってないと思うけど?この天然執事が!」
「い、いや、まあ、確かに言葉が足りなかったような……?」
とにかく中に入る。
「いらっしゃーい。我が家へ」
「こんにちはー!」
初音ミクが元気よく挨拶した。
「こんにちは。ミクの修理代をお持ちしました」
「わざわざ御足労頂き、真に恐れ入る。さ、上がってくれ」
リカルドは敷島とミクのスリッパを用意した。
「……ちょっと、アタシのは?」
「床が抜ける恐れがございますので、シンディ様はご遠慮ください」
「マジで!?」
シンディの自重は200キロである。
「……アタシは外の警備でもしてる」
「すまんのォ、ボロ家で……」
「シンディを軽量化することはできないものでしょうか?平賀博士はエミリーを150キロまで軽量化することに成功しましたが……」
「それは新しいボディを一から作ったからじゃろう?今使用しているボディで軽量化は難しいよ。新たに軽量化したボディを作る方が早い」
「なるほど。うちのマンションや事務所なら平気なんだけどなぁ……」
敷島が住んでいる大宮のマンションは1階の部屋、東京のマンスリーマンションも1階。
事務所は5階だが、鉄筋コンクリート造りのビルで、用途が事務所なので、床もそれくらいの重さに耐えられるから大丈夫だ。
しかし達夫のこの家は木造2階建てで、築年数も相当行っていると思われ、シンディの重さに耐えられるか微妙だという。
応接間に通された敷島とミク。
リカルドがお茶を入れに行っている。
「これがミクの修理代です」
「では、確かに受け取ったという証書を残そう」
「達夫博士に直して頂いたら、何だか少し体が軽くなったような気がします」
と、ミクが言った。
「えっ?」
「そうかね?ワシは応急処置をしただけじゃから、本格的に修理をしたのは、ウィリアム氏の孫娘じゃと思うが……」
「アリスのヤツ、変な改造したんじゃないだろうな?」
敷島は不審な顔をして、ミクの体を見回した。
「しかし、3号機のシンディは異常無く動いているようじゃな?」
「ええ。あれが本来の“性格”ですね?」
「うむ。マルチタイプ7姉弟の中で、1番のムードメーカーじゃと聞いている。が、ウィリアム氏が専有してから、狂った殺人機械に成り果ててしまったようじゃが……」
「本来の用途に戻ってくれて良かったですよ」
「キミも、あやつに殺され掛けたようじゃが、壊す気は無いのか?」
達夫はミクを見ながら聞いた。
東京決戦のことは、ミクのメモリーを見たのだろう。
「色々と便利ですし、平賀先生の所の学会も、『世界に2機しかない貴重なアンドロイド』という見解ですから」
「平賀、平賀君か。なるほどなるほど。少年のうちからその才能を発揮した天才、南里先生からロボット工学の何たるかを全て教わった後継者と聞いているよ」
「ええ。平賀先生は天才です。正義感も強いし、頼りになります。先生は技術開発、私は営業に専念することで、ボーカロイド専門の芸能事務所を運営できているのです」
「わたしも平賀博士から、何回も整備を受けました。腕とか動かなくなっても、元通りです」
「ほっほ……。それはまあ、基本中の基本じゃが……」
「話は変わりますが、7号機のレイチェルが“復元”されたということですが、他のマルチタイプも?」
「そう思うかね?答えはイエスともノーとも言えんな」
「と、言いますと?」
「間違い無く、兄の目的はそれじゃ。マルチタイプ1機の力がどんなものか、敷島さんもよくご存知じゃろう?それを何機も個人が保有してみることを想像してみるが良い。手に余るのは間違いない」
「まさか、世界征服なんて考えていないでしょうな?それじゃ、ウィリーと変わらない!」
「恐らく、それは無い。ただ、兄は知的好奇心は強い。それの一環で、全てのマルチタイプを“復元”したがるかもしれんの」
「えっ!?所属しているKR団がいい顔しますかね?あのテロ組織は、ロボット工学の更なる躍進に猛反対なわけでしょう?あそこのサイトを見ましたが、『行き過ぎた機械化は人間の劣化を招く』とか、『ロボットは人間の奴隷であるくらいがちょうど良い』とか、『ロボットが人間に取って代わるようなことは絶対にあってはならない』とか、そういう思想の連中ですね。それがマルチタイプの増産に賛同するかな?」
「もし敷島さんが兄の立場で、組織の連中を賛同させるにはどのようにしたら良いと思いますかな?」
「やっぱ、プレゼンですかねぇ……。マルチタイプの増産が、いかに組織の為になるかを焦点にして……。製作費や維持費は大変だけど、売れば巨万の富になるということを強調して……ブツブツ……」
「うむうむ。敷島さんは会社経営者じゃから、そのように考えるじゃろう。あの兄にしてこの弟ありと思われるかもしれんが、ワシだったら、内部クーデターを起こすがな」
「ええっ!?」
「恐らく兄がKR団とやらに付いたのも、兄の知的好奇心を満たす為の資金提供をしてくれるからに過ぎんのじゃろう。つまり、ふとしたことで利害が衝突するようになったら……。まあ、その『復元』した7号機のレイチェルでも使って、内部クーデターを起こすのは必然じゃと思う。オーナー登録はワシじゃが、ユーザー登録は兄のままじゃ。オーナー命令で、8号機のアルエットを連れて来て欲しいと送っているのじゃが、なしのつぶてじゃ」
「ユーザーの言う事を聞かないなんてなぁ……」
「ま、レイチェルも苦しいとは思うがな」
と、その時、敷島のスマホが鳴った。
普通の外線ではなく、シンディからの“ロイド通信”アプリからだった。
「ああ、何だ?どうした?」
{「ミクを避難させて!レイチェルが……!」}
「なにっ!?」
その時、家のすぐ近くに爆弾が着弾するような音が響いた。
ついにマルチタイプ同士のガチンコ対決か!?