[1月15日07:00.天候:晴 アルカディア西部辺境オークタウンの宿屋 稲生勇太&アレクサンドラ(サーシャ)]
稲生は外を飛ぶ鳥の鳴き声に目が覚めた。
「足が筋肉痛だよ……」
稲生は足を引きずりながらベッドを出た。
顔を洗う為に部屋から出ると、サーシャが夜着のワンピースから鎧の下に着る白いスポーツブラと黒いビキニショーツ姿でいた。
ギョッとした稲生を、サーシャはあっけらかんとして、
「よお。よく眠れたかい?」
「は、はあ……。あ、あの、その恰好……いいんですか?」
「ん?何が?」
「あ、いえ。別に……」
「確かに汗臭かったからね、昨日風呂に入った時についでに洗ったんだけど、まだ臭う?」
「いえ、それは大丈夫ですけど……」
「あなたも早く顔洗って着替えな。早いとこ、朝食べに行こう」
「は、はい……」
人間界では1月であるが、常春の国で、年間を通して気温が20度台のアルカディア王国では全く寒くない。
魔界というと極寒の地か灼熱地獄、或いは常に暗闇に閉ざされた場所というイメージだが、そんなイメージを払拭した所に王国はある。
魔界共和党では『この魔界を幻想郷に』というのがスローガンである。
なので、まるで陸上競技の選手のような恰好になっているサーシャも、全く寒くはないのだ。
「ん?何か、足引きずってるけど……」
「ちょ、ちょっと筋肉痛で……」
「はあ!?1日歩いただけで?」
「そ、そうなんです……」
「何だい、魔道師さんってそんなに体力無いのかい?」
「はあ、すいません……」
「ていうか、魔法で治せないの?」
「……あ」
稲生は魔道書の中に、小さな傷はたちどころに治せる魔法があったことを思い出した。
「ちょっとやってみます」
「私は先に下で朝食食べてるからね、早く来なよ」
「はい」
稲生が魔道書を読みながら唱えたCクラスの回復魔法は、筋肉痛を治すには十分であった。
何とか普通に歩けるようになった稲生は、すぐ酒場となっている食堂へ向かった。
夕方から夜に掛けては酒場だが、朝から夕方に掛けては食堂になっているらしい。
「朝からチキンですか」
「この辺りはオークがいっぱいいるからね、豚肉と猪肉は御法度だって」
「な、なるほど……」
「ま、人間がサルを食べないのと同じだな」
「そ、そうですね。(いや、確か中国にはサルの脳味噌を食べる習慣があるぞ。……とは、とても言えない)」
尚、オークといっても、町中に住む部類はちゃんと王国の法律を守っているため、稲生達に襲って来ることはない。
襲って来るのは町を出た所の、要は盗賊や山賊みたいな稼業をしている、ならず者達だ。
この辺りはローラム鳥という名の魔界に生息する鳥が多く存在しており、豚肉系を食べれない住民達はこの鳥を捕まえて肉食しているらしい。
白いタイプは概しておとなしく、人を襲うこともない割には繁殖力が強いため、普通に食べる分を捕まえても数が減ることはないとのこと。
で、これがまたアホウドリの如く、簡単に捕まえられるらしい。
「ま、イノーもこういうのを食べて体力つけなよ。人間界じゃ、ロクなものを食べてなかったのかい?」
「いえ、そんなこともないですけど……。日本人は元々小柄な人種なんです」
「そうか。そういえば安倍首相も、レナフィール大佐やルーシー陛下と並ぶと低いな」
「そうですね。で、今日は何をするんですか?」
「情報集めだ。見習のあなたに解ける結界かどうか分からないだろ?」
「そうですね」
「もし既に一人前の魔道師がいたら、その人に頼むという手もある」
「おー!」
ついでにイリーナ達と連絡が取れるよう、依頼もできる。
「そういうわけだ。早いとこ食べよう」
「はい!」
[同日10:00.天候:晴 オークタウン中心部 稲生&サーシャ]
「ふむふむ……。それでは夜に行くといいわけですか」
稲生はメモを取りながら、聞き込みをしていた。
「あー、なるほど。夜には結界が弱くなるかもしれないと……。それは有り得ますねぇ……。ところで、何かお悩みでもあります?もし良かったら僕のお寺に……あ、いや、何でもないです!」
時々、ここが魔界であることを忘れる稲生であった。
(危ない危ない。街頭折伏する所だった……!)
「大丈夫か、イノー?」
「あ、サーシャさん」
「サーシャでいいよ。どうやら私とあなた、歳同じみたいだし」
23歳か。
「魔法使うのはいいけど、暴走はさせてないでくれよ」
「だ、大丈夫です」
サーシャはいつもの鎧を着込んでいた。
「で、何か情報あった?」
「例の魔法の結界が張られたダンジョンってのは、洋館……大きな屋敷だそうです」
「それで?」
「昔、バァル大帝だった頃の貴族が住んでいたそうなんですが、没落して今は無人の屋敷のはずだと……」
そこまで言った時、サーシャの眉毛とこめかみがピクッと動いた。
「サーシャさん?」
「いいよ。続けて」
「昼は誰が見ても分かる結界が張られてるそうなんですが、夜は張ってあるんだか無いんだか分からないくらいに薄くなってると」
「そういうことってあるの?」
「実はよほどの熟練した魔道師でなければ、24時間結界を張り続けることは難しいです」
「そうなんだ」
「僕も練習したことがありますが、5分がせいぜいで……」
「それに対して、屋敷の前の結界は夜でも張られてるんだ。凄いね」
「でも、力は常に一定とは限りません。魔道師だって寝る時は寝ますので、寝ながら魔法を掛けられるのは僕の先生くらいで……」
「なるほど。じゃ、夜に行くといいんだね?」
「そういうことになります。でも一応、どんな種類の結界が張ってあるか見てみたいのですが……」
「そうだな。先に下見でもしておくか。外から見るだけならタダだろ」
「はい」
[同日11:00.オークタウン郊外・謎の洋館前 稲生&サーシャ]
「これは……」
外から見るに、明らかに廃屋にしか見えない洋館がそこに建っていた。
雰囲気はマリアの屋敷と似ているが、ちゃんと住んでいて管理もされているそれとは明らかに空気が大きく異なっている。
マリアの屋敷も確かに慣れていないと不気味な所はあるが、住んで都にできる余地はある。
で、いま目の前にある洋館にあっては、その余地が全く見受けられない。
明らかに化け物しか住んでいないという感じだ。
それから正門前には、地面に描く魔法陣がこちら側に向けて、青白い光を放って浮かんでいた。
もちろん、迂闊に触ろうものなら、命の保証はない。
「これ、周りの柵を乗り越えるっていう手は使えないのかい?」
「多分、無理だと思います」
稲生は宿屋から持ち出したマグカップをポイっと屋敷の敷地内に向けて投げた。
すると、魔法陣型の結界がそれを感知し、青白いレーザービームを放って、マグカップを焼き払った。
「旧ソ連軍並みの厳戒態勢ですねぇ……」
「なるほど。今、無闇に入ろうとするのは危険だというのは分かった。で、あなたにはこの結界が解けそうかい?」
「いや、ちょっとムリっぽいですね。その、夜にどれだけ弱くなるかにもよります」
「分かった。じゃ、夜にまた来よう」
「都合良くこの結界を張った魔道師さんに会えれば、モア・ベターなんですけどね」
「私1人じゃ、警告無しに攻撃されそうだ。でも、同じ魔道師のあなたがいれば、少しは話を聞いてくれそうかい?」
「だといいんですけどねぇ……」
2人は踵を返して、取りあえずまた先ほどの宿屋に入ることにした。
一応、門の前には何やら貼り紙がしてあったのだが、稲生達は大きく表示された『危険!立ち入り禁止!』『関係者以外の立ち入りを固く禁ず!』『無断で立ち入る者、死あるのみ!』しか目に入っていなかった。
しかし、小さく表示された所には、何故だか『工事のお知らせ』とか書いてあったのだが。
稲生は外を飛ぶ鳥の鳴き声に目が覚めた。
「足が筋肉痛だよ……」
稲生は足を引きずりながらベッドを出た。
顔を洗う為に部屋から出ると、サーシャが夜着のワンピースから鎧の下に着る白いスポーツブラと黒いビキニショーツ姿でいた。
ギョッとした稲生を、サーシャはあっけらかんとして、
「よお。よく眠れたかい?」
「は、はあ……。あ、あの、その恰好……いいんですか?」
「ん?何が?」
「あ、いえ。別に……」
「確かに汗臭かったからね、昨日風呂に入った時についでに洗ったんだけど、まだ臭う?」
「いえ、それは大丈夫ですけど……」
「あなたも早く顔洗って着替えな。早いとこ、朝食べに行こう」
「は、はい……」
人間界では1月であるが、常春の国で、年間を通して気温が20度台のアルカディア王国では全く寒くない。
魔界というと極寒の地か灼熱地獄、或いは常に暗闇に閉ざされた場所というイメージだが、そんなイメージを払拭した所に王国はある。
魔界共和党では『この魔界を幻想郷に』というのがスローガンである。
なので、まるで陸上競技の選手のような恰好になっているサーシャも、全く寒くはないのだ。
「ん?何か、足引きずってるけど……」
「ちょ、ちょっと筋肉痛で……」
「はあ!?1日歩いただけで?」
「そ、そうなんです……」
「何だい、魔道師さんってそんなに体力無いのかい?」
「はあ、すいません……」
「ていうか、魔法で治せないの?」
「……あ」
稲生は魔道書の中に、小さな傷はたちどころに治せる魔法があったことを思い出した。
「ちょっとやってみます」
「私は先に下で朝食食べてるからね、早く来なよ」
「はい」
稲生が魔道書を読みながら唱えたCクラスの回復魔法は、筋肉痛を治すには十分であった。
何とか普通に歩けるようになった稲生は、すぐ酒場となっている食堂へ向かった。
夕方から夜に掛けては酒場だが、朝から夕方に掛けては食堂になっているらしい。
「朝からチキンですか」
「この辺りはオークがいっぱいいるからね、豚肉と猪肉は御法度だって」
「な、なるほど……」
「ま、人間がサルを食べないのと同じだな」
「そ、そうですね。(いや、確か中国にはサルの脳味噌を食べる習慣があるぞ。……とは、とても言えない)」
尚、オークといっても、町中に住む部類はちゃんと王国の法律を守っているため、稲生達に襲って来ることはない。
襲って来るのは町を出た所の、要は盗賊や山賊みたいな稼業をしている、ならず者達だ。
この辺りはローラム鳥という名の魔界に生息する鳥が多く存在しており、豚肉系を食べれない住民達はこの鳥を捕まえて肉食しているらしい。
白いタイプは概しておとなしく、人を襲うこともない割には繁殖力が強いため、普通に食べる分を捕まえても数が減ることはないとのこと。
で、これがまたアホウドリの如く、簡単に捕まえられるらしい。
「ま、イノーもこういうのを食べて体力つけなよ。人間界じゃ、ロクなものを食べてなかったのかい?」
「いえ、そんなこともないですけど……。日本人は元々小柄な人種なんです」
「そうか。そういえば安倍首相も、レナフィール大佐やルーシー陛下と並ぶと低いな」
「そうですね。で、今日は何をするんですか?」
「情報集めだ。見習のあなたに解ける結界かどうか分からないだろ?」
「そうですね」
「もし既に一人前の魔道師がいたら、その人に頼むという手もある」
「おー!」
ついでにイリーナ達と連絡が取れるよう、依頼もできる。
「そういうわけだ。早いとこ食べよう」
「はい!」
[同日10:00.天候:晴 オークタウン中心部 稲生&サーシャ]
「ふむふむ……。それでは夜に行くといいわけですか」
稲生はメモを取りながら、聞き込みをしていた。
「あー、なるほど。夜には結界が弱くなるかもしれないと……。それは有り得ますねぇ……。ところで、何かお悩みでもあります?もし良かったら僕のお寺に……あ、いや、何でもないです!」
時々、ここが魔界であることを忘れる稲生であった。
(危ない危ない。街頭折伏する所だった……!)
「大丈夫か、イノー?」
「あ、サーシャさん」
「サーシャでいいよ。どうやら私とあなた、歳同じみたいだし」
23歳か。
「魔法使うのはいいけど、暴走はさせてないでくれよ」
「だ、大丈夫です」
サーシャはいつもの鎧を着込んでいた。
「で、何か情報あった?」
「例の魔法の結界が張られたダンジョンってのは、洋館……大きな屋敷だそうです」
「それで?」
「昔、バァル大帝だった頃の貴族が住んでいたそうなんですが、没落して今は無人の屋敷のはずだと……」
そこまで言った時、サーシャの眉毛とこめかみがピクッと動いた。
「サーシャさん?」
「いいよ。続けて」
「昼は誰が見ても分かる結界が張られてるそうなんですが、夜は張ってあるんだか無いんだか分からないくらいに薄くなってると」
「そういうことってあるの?」
「実はよほどの熟練した魔道師でなければ、24時間結界を張り続けることは難しいです」
「そうなんだ」
「僕も練習したことがありますが、5分がせいぜいで……」
「それに対して、屋敷の前の結界は夜でも張られてるんだ。凄いね」
「でも、力は常に一定とは限りません。魔道師だって寝る時は寝ますので、寝ながら魔法を掛けられるのは僕の先生くらいで……」
「なるほど。じゃ、夜に行くといいんだね?」
「そういうことになります。でも一応、どんな種類の結界が張ってあるか見てみたいのですが……」
「そうだな。先に下見でもしておくか。外から見るだけならタダだろ」
「はい」
[同日11:00.オークタウン郊外・謎の洋館前 稲生&サーシャ]
「これは……」
外から見るに、明らかに廃屋にしか見えない洋館がそこに建っていた。
雰囲気はマリアの屋敷と似ているが、ちゃんと住んでいて管理もされているそれとは明らかに空気が大きく異なっている。
マリアの屋敷も確かに慣れていないと不気味な所はあるが、住んで都にできる余地はある。
で、いま目の前にある洋館にあっては、その余地が全く見受けられない。
明らかに化け物しか住んでいないという感じだ。
それから正門前には、地面に描く魔法陣がこちら側に向けて、青白い光を放って浮かんでいた。
もちろん、迂闊に触ろうものなら、命の保証はない。
「これ、周りの柵を乗り越えるっていう手は使えないのかい?」
「多分、無理だと思います」
稲生は宿屋から持ち出したマグカップをポイっと屋敷の敷地内に向けて投げた。
すると、魔法陣型の結界がそれを感知し、青白いレーザービームを放って、マグカップを焼き払った。
「旧ソ連軍並みの厳戒態勢ですねぇ……」
「なるほど。今、無闇に入ろうとするのは危険だというのは分かった。で、あなたにはこの結界が解けそうかい?」
「いや、ちょっとムリっぽいですね。その、夜にどれだけ弱くなるかにもよります」
「分かった。じゃ、夜にまた来よう」
「都合良くこの結界を張った魔道師さんに会えれば、モア・ベターなんですけどね」
「私1人じゃ、警告無しに攻撃されそうだ。でも、同じ魔道師のあなたがいれば、少しは話を聞いてくれそうかい?」
「だといいんですけどねぇ……」
2人は踵を返して、取りあえずまた先ほどの宿屋に入ることにした。
一応、門の前には何やら貼り紙がしてあったのだが、稲生達は大きく表示された『危険!立ち入り禁止!』『関係者以外の立ち入りを固く禁ず!』『無断で立ち入る者、死あるのみ!』しか目に入っていなかった。
しかし、小さく表示された所には、何故だか『工事のお知らせ』とか書いてあったのだが。