写真は二宮金次郎(のち尊徳)像です。歩きながら読書する像は小学校で見た覚えのある方も多いのでは無いでしょうか?小学校時代のノートを引用しますと、
二宮金次郎(二宮尊徳) 農民の英雄
1787年 小田原市栢山で生まれた。
16歳 両親が死んだ。酒匂川の洪水で田をなくなした。弟はしんるいへ行った。
19歳 日やとい人夫(すこしづつ貯金)
25歳 地主(33俵の小作米)
税金のかからない荒地→田→小作にかす。→金貸し(利そくをとる)
A. 服部家の仕法 金貸し金次郎
B. 桜町(栃木県)仕法
1856年 金次郎死ぬ。
尊徳=勤労、孝行、節約
分度
・ねんねんさんさい報徳わすれずべからず。
・来年の衣食は今年のかんなんにあり。
(解説)服部家の仕法 金貸し金次郎はちょっと可哀そう。後年、全ての私財を農村復興の為に投じたので。分度(天分を測度して自己の実力を知り、それに応じて生活の限度を定めること。)以上の取立てをすると、農村は疲弊するとした。即ち「税金をまけろ。」と言った。当時としては磔獄門であった。老中が小田原藩主・大久保忠真で二宮の良き理解者であった。
小田原梅干
二宮金次郎(二宮尊徳) 農民の英雄
1787年 小田原市栢山で生まれた。
16歳 両親が死んだ。酒匂川の洪水で田をなくなした。弟はしんるいへ行った。
19歳 日やとい人夫(すこしづつ貯金)
25歳 地主(33俵の小作米)
税金のかからない荒地→田→小作にかす。→金貸し(利そくをとる)
A. 服部家の仕法 金貸し金次郎
B. 桜町(栃木県)仕法
1856年 金次郎死ぬ。
尊徳=勤労、孝行、節約
分度
・ねんねんさんさい報徳わすれずべからず。
・来年の衣食は今年のかんなんにあり。
(解説)服部家の仕法 金貸し金次郎はちょっと可哀そう。後年、全ての私財を農村復興の為に投じたので。分度(天分を測度して自己の実力を知り、それに応じて生活の限度を定めること。)以上の取立てをすると、農村は疲弊するとした。即ち「税金をまけろ。」と言った。当時としては磔獄門であった。老中が小田原藩主・大久保忠真で二宮の良き理解者であった。
小田原梅干