農聖・二宮尊徳を記念したお祭りが、15・16日に小田原市尊徳記念館を主会場としてあった。尊徳生家(写真)は1741年頃、祖父銀右衛門がが分家した時に建てられたもので、江戸時代中期のこの地方の典型的な中流農家住宅です。尊徳16歳で一家離散した時、この家も売られ、ほかの場所に移築されましたが、昭和35年に誕生地に当時の姿で復元されました。
売られた敷地は、明治時代になってから御木本幸吉氏(御木本真珠店創業者)によって買い戻され、寄贈されました。家屋の方は、復元に際して渡辺家から譲り請けたものです。
主要な柱や梁は当時のままです。8畳の奥座敷の手前に、板張りの座敷。それに続く囲炉裏を囲んで、食事や談笑をした光景を想像して見ました。夏は涼しくて良いでしょうが、冬は隙間風が入り、ロマンチックなものでも無かったしょうね。 小田原梅干
売られた敷地は、明治時代になってから御木本幸吉氏(御木本真珠店創業者)によって買い戻され、寄贈されました。家屋の方は、復元に際して渡辺家から譲り請けたものです。
主要な柱や梁は当時のままです。8畳の奥座敷の手前に、板張りの座敷。それに続く囲炉裏を囲んで、食事や談笑をした光景を想像して見ました。夏は涼しくて良いでしょうが、冬は隙間風が入り、ロマンチックなものでも無かったしょうね。 小田原梅干