村上海賊の娘 上巻 | |
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村上海賊の娘 下巻 | |
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今年の本屋大賞受賞作である『村上海賊の娘』上下巻を読み終えた。この作品は、『のぼうの城』で小説家デビューした和田竜の渾身の長編歴史小説だ。内容は、1576年(天正4年)の第一次木津川口の戦いでの村上水軍の当主・村上武吉の娘・景(きょう、20歳)を描いている。
当初、ヒロインの景は、海賊働きに明け暮れ、地元では嫁の貰い手のない悍婦で醜女だった…。と書かれていた。悍婦ってどんな意味なんだろうと調べてみたら、じゃじゃ馬とか気の荒い女と説明があった。確かに、上巻では悍婦で醜女の景が、はちゃめちゃな行動を起こしていく様子が面白おかしく読み進んでいけた。嫁の貰い手がないというのに、本人は眉目秀麗の男が大好きで、いい男がいるという話に釣られて勝手に泉州まで出向いてしまうなんていう小狡くて自己中心的なキャラクターがとても魅力的である。
景は、本願寺に参戦に向かう信徒を送り届ける途中、後に死闘を繰り広げることになる泉州の海賊達と出会い、交流を深める。泉州では、美女の基準が瀬戸内とは全く違う。景は背が高くて、細身、顔の彫りが深く、目も大きい事から、外国人を見慣れた泉州の男達にとってみれば、絶世の美女であったのだ。多くの男たちからもてはやされ、大いに気を良くし、のちに宿命の敵となる眞鍋七五三兵衛から求婚されてしまう。悍婦で醜女のはずだった女が、実は絶世の美女だったなんて設定は、どんでん返しである。やはり、ヒロインは美女でなければ面白くない。
求婚されたものの、眞鍋七五三兵衛たちの敵対する本願寺の信徒を単身救出に向かうような青臭い行動を起こして、七五三兵衛の不興を買ってしまう。自分の家を守るために命を懸けている男たちに比べ、自分がいかに甘かったという事に気付いた景は、海賊働きや戦に出ることもやめ故郷に急遽帰ってしまう。この辺りまで読んでいくと、村上海賊の娘はこんなものだったのかと、いささか拍子はずれに終わってしまうところだった。
だが、そこはやはり海賊の娘だ。それだけで終わらなかった。一千隻の毛利・村上水軍連合軍が、本願寺の目と鼻の先まで補給物資を運んでいながら、戦端を開かずに本願寺の信徒を見殺しにして帰還しようとしていることを知った景は、『義』にかられ再び戦場に舞い戻っていく。下巻は、織田方の泉州の海賊と毛利・村上連合軍の海上合戦シーンがメインである。本来は残酷な合戦のシーンではあるが、海賊らしく荒々しいが潔い戦いぶりや、敵味方なく勇者を讃えるような描写もありワクワクドキドキしながら、ページをめくる手が進んでしまう。
当時最強の海賊と呼ばれた村上海賊の秘密兵器の登場や、海賊達の禁じ手と言われる『鬼手』まで使われてしまうという合戦のシーンは、夜の更けるのも忘れて一気読みだった。そして、景の宿命の敵となった真鍋七五三兵衛との死闘は、特に圧巻である。とにかく七五三兵衛という男は、とてつもなく大きく強い男だ。まるでターミネーターのようにやられても起き上って迫ってくるあたりは、映画を見ているかのような既視感があった。
和田竜という作家は、シナリオライターだったということもあって、長い合戦シーンも映画を見ているかのようにいろんな視点から描かれていて飽きることがない。また、景の父親村上武吉は、村上海賊の当主で、瀬戸内では海賊の中の海賊と恐れられた男ではあるが、実は娘には甘くて、毛利への協力も実は娘の輿入れの為だけであったというのは、人間臭くて面白い解釈だ。また、景にいつも苛められていた気弱な弟の景親が、戦の中でだんだん成長していく過程も面白い。
他にも、毛利家の警護衆の長である美男の児玉就英や、七五三兵衛の父親「眞鍋道夢斎」のような個性的なキャラクターも数多く登場し、それぞれが生き生きと描かれている。作者は、膨大な資料をかき集め史実に基づく人物たちを、うまく脚色してスケールの大きい合戦小説に仕上げたようだ。すでに、映画化のオファーが殺到しているらしく、映画化は間違いないだろう。本屋大賞になっただけあって、間違いなく面白かった。